Chain33 かすかに罪悪感が芽生えた時
君は、俺が求める事に何でも応えてくれたね……
俺たちが島に来て数日――
「やっほ〜い!」
「きゃ〜っ! もっと、もっと〜!」
インストラクターが運転するジェットスキーに乗ってはしゃぐ君と渉。もう昼すぎだと言うのに、一体どれくらい遊べば気が済むのか……。
此処に来て数日が過ぎているし、その間もずっとこうしてマリンスポーツをしてきたのに飽きもせず二人は子供のようにはしゃいでいた。
「琉依も来いよ〜!」
渉の呼びかけも聞こえないフリをしては無視を決め込み、自分の事に集中する。海が見える場所で俺はと言うと、先生にどっさり出された課題の山を片付けていた。
モデルの仕事で休みがちな俺を待っていたのは、留年の危機という高校生になったばかりの俺への死刑通告のようなもの。そんな俺に差し出された救いの手が、これと言う訳でこうして他の人間よりも多い課題を次から次へと片していった。
いくら夏休みとは言っても、仕事もあるからそんなにも休みは無い訳でこうして課題も今みたいに時間のある時に少しでも多く片付けていかないと間に合わないくらいだ。
ロンドンからK2が日本でのショーで一旦帰ってくると言うし、その他にも撮影がある。ジュニアの時とは違って、こんなにも忙しくなるとは思いもしなかったな。
「ルーイー! 遊ばないの〜?」
遠くから聞こえる渉の声に、思わず持っていたペンも折れるくらいの強さで握ってしまう。君はというと、そんな俺の事を気遣ってかそれとも挑発しているのか俺には何も言わずにはしゃぎ倒していた。
「これも仕事と留年の危機を防ぐため〜っと!」
自分に言い聞かせるように俺はそう呟くと、再びペンを走らせていった。しかし、これに加えて更に夏休みの宿題というのが待ち受けていると思うと……はぁ、これって三年間続くのかなぁ。
「いや〜、遊んだ遊んだ」
それだけ遊べば十分でしょ。渉はシャワーを浴びて、冷蔵庫から麦茶を取ると豪快に飲んでは満足していた。君はよほど疲れたのか、シャワーを浴びからそのまま部屋へ休みに行った。
「それにしても、お前のその課題って限られた時間で出来るのか?」
まだ続けていた俺の課題を横から覗き込むと、渉は驚きの表情を見せながら尋ねてきた。
「終わりそうに無いから、こうして持ってきているんでしょうが!」
そう言って渉の額をペンで突付くと、再び課題に取り掛かる。するとかすかに上から君のくしゃみが聞こえて来た。
「ん? どうした?」
上を見る俺に対してそう言う渉には聞こえなかったのだろうか、怪訝そうに俺を見ていた。そんな渉に俺は首を横に振ると、再びペンを走らせる。
「さ〜て! 今度は探検にでも行こうかな〜」
疲れを知らないのか、渉はそう言うと立ち上がってドアの方へと進んでいった。
「管理人のおじさんと行ってくるね〜!」
……また、管理人のおじさんと行くのかい! そして、それに付き合うおじさんもまたタフと言うか、飽きないよなぁ。渉みたいな猿……野生児とは気が合うのか。
「行ってらっしゃ〜い」
出て行く渉の方を見ずに俺は課題に手をつけながら声を掛けた。そして、渉がいなくなって静まり返った中で俺はスラスラとペンを走らせてはいたが、さっき聞こえて来た君のくしゃみが気になって腕を止める。
そして、その場を立ち上がって階段を昇り“なつみ”と書かれたプレートがかけられた半開きのドアの前に立つと、中から再びくしゃみが聞こえて来た。
そして君が起きないよう静かに部屋の中に入ると、ベッドでは鼻をすすりながら眠る君。傍まで近付き、眠っている君の髪に触れるとシャワーを浴びてすぐに眠ったのか髪が濡れていたままだった。
「そりゃ、くしゃみもしますよ」
極細声で呟いた俺は、肌蹴ていた布団を掛けてやる。そんな時に見た君の寝顔はとても可愛らしく、幼い頃から変わらないものだった。
濡れた髪を乾かさずに寝てしまう君の悪い癖に少し思い出し笑いをしては再び髪に触れる。寝顔はこんなにも純粋……でも、実際の君を汚してしまったのは俺。
そう思っていた俺にかすめたのは僅かな罪悪感。かすかに痛む胸がそれを証明する。
君のぬくもりが俺を癒し、君の髪や指先や体が俺を快楽へと導く。それなのに、どうして……
どうして俺は君の存在を愛しいと思うことが出来ないのだろうか……
こんにちは、山口です。
これで夏休み編も終わりです。次回からは今度こそ舞台は高校に戻ります。