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Chain32 忘れさせてくれるのは君という駒



 見知らぬ土地で出会った男女の一夜は、もう忘れてしまった方がいいのかもしれない。






 沖縄での撮影から帰ってきた俺たちはすぐに夏休みへと突入した。そして、ナオトの勧めもあって俺と君、そして渉の三人でK2が所有する島へと遊びに行く事にした。


 「いや〜、受験があったから去年は来れなかったけどやっぱり夏休みはここで過ごさないとねぇ!」

 島に上陸して渉はそう言うと、そのまま別荘の方へと我先に歩いていった。そんな渉から離れて俺と君が続く。

 「今年もいい天気のまま過ごせるといいね」

 君の隣りを歩く俺がそう言うと、君はこちらを見て笑顔で頷いていた。


 沖縄で俺と綾子サンが一緒に居るところを君に見られた時からしばらくは何となく気まずかった俺と君だったけれど、それから時を経ていく毎にお互いが気まずくなる理由は無いと感じ始めてからはこうしていつも通りに接するようになっていた。

 ああいった出来事で気まずくなるのは、大抵は恋人同士がするものなんだ。俺と君には全く関係の無い事。それは俺だけではなく、君もまたそう感じてくれていたわけだ。

 「お〜いっ! 早く開けてくれよ!」

 先に入り口に着いた渉が大きな声で叫んだ事で我に返った俺は、はいはいと聞こえないくらいの声で言うと入り口まで急いだ。


 夏休みになると必ず此処に来る俺は、小学生の頃は伊織、そして中学生の頃からは渉も誘って来るようになっていた。今年は伊織も誘ったのだが、どうやらご両親からのマークが厳しくて来れないと断られた。

 梓チャンもまた勉強が忙しいと断られたし……。そう言う訳で、今回は俺と君と渉の三人で楽しむ事となった。

 「渉も、彼女とか連れてきても良かったのに〜」

 「バっ、バカ言ってんじゃねぇよ! 彼女なんかいる訳ねぇだろ!」

 別荘に入ってからソファに座って冷房の直接当たるところで言った俺の言葉に、渉は急に顔を真っ赤にさせて慌てて否定する。

 あっ……こりゃ誰か“イイ人”がいるんだな……片想いで。図星なのか、渉は冷房が効いているのに汗を流して動揺しているし。

 「お、俺なんかより、夏海も彼氏とか居るんじゃねぇの?」

 話を逸らせようと渉は矛先を君へと向ける。


 “今、とても手のかかる子を抱えているから好きな人を作れる状態じゃない”


 ふと、沖縄でシオンが言っていた言葉が脳裏を過ぎった。

 「居たら、あんた達とこうして来たりしないで二人で過ごしているわよ!」

 渉の方を鋭く睨みながら君はそう言う。

 ねぇ、君は本当に俺が居るから恋人も作れない状態なの? 俺とあんな関係を持っているから、それで作れないの?

 それならいっその事君を自由にしてやればいい……心の中で僅かにそう思うけれど、それでも俺はなかなかそれをする事が出来ないんだ。

 沖縄で出会った綾子サンの事は今でもちゃんと考えている。見知らぬ土地で過ごしたひと時は、俺に見せた夢幻のものだったのかそれとも俺を身を焦がす恋に導かせる出来事だったのか……。

 そうやって頭の中では綾子サンの事を考えているのに、それでも俺は君との快楽を惜しいと思っていた。恋人を作ってしまえばいいなんて思う自分と、君のぬくもりをまだ惜しいと思う自分……それが何度も何度も俺の心を巡っていた。


 本当の俺は……どう思っている?


 「渉は?」

 シャワーを浴びて戻ってくると、そこには渉の姿は無く君がテレビを観ていた。

 「管理人のおじさん夫婦と遊びに行っちゃったよ」

 お菓子を食べながらそう言う君は、観ていた番組が面白くなかったのかリモコンでチャンネルを変えていた。

 「あっそ。それならしばらくは帰ってこないね」

 まだ滴が垂れている髪をタオルで拭くと、そう言って君の隣りに座った。

 「他にもソファあるから違うとこに座ったらいいのに……」

 「冷房が効いてるからイイでしょ?」

 暑いと、嫌がる君をよそに俺は君が食べていたお菓子に手を伸ばして食べ始める。その間、俺たちの間には会話は無く、ただテレビの騒音だけが響いていた。


 「沖縄で会った人、綺麗だったね……」

 突然口を開いたかと思えば、綾子サンの話か。あれからそんな事一切言わなかったのに、急にどうしたのか……。

 「付き合うの?」

 気になる? 俺と綾子サンの関係が君にとって、気になる事なの?

 「そんなの夏海が気にする事じゃないよ。それに俺、彼女に会いたくても会えないし」

 こちらを見る君の方に視線を向ける事無く、俺は淡々と答えた。沖縄での最後の日、綾子サンは俺に一切のチャンスを与えてはくれなかった。連絡先も教えてくれない、俺が知っているのは彼女の名前……と言っても苗字も知らないが。どこに住んでいるのか、好きなものも知らない。職業が白衣の天使だから、看護士という事だけ。

 そんな事しか知らないのに、どうして会えようと思えるか。もう俺の中では、彼女の事は思い出へと変わりつつあるのに……。

 そして、その思い出を消してくれるのが君なんだよ? 俺が求めたら君は受け入れてくれるから、君との快楽で俺はあのひと時をリセット出来るかも知れないから。


 愛情は無い……君はそんな俺の……駒に過ぎない。


 「愛情なんかいらないよね? 俺達にあっていいのは、快楽だけだよね」

 君の髪に触れてそう尋ねると、テレビからこちらに視線を移した君は黙って頷いていた。それでいいんだ、君は何も聞かずに俺の事を受け入れてくれればいい……


 自分勝手な俺を、君は何も言わず受け入れてくれたのは……何故?




 こんばんは、山口です。

 この作品を読んで下さり、ありがとうございます! 渉が言われていた“片想いの女の子”と言うのは、もちろんあの方です。これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

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