表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/185

Chain31 その隙間に入り込んだ感情を



 どうか俺に再び隙間を作らせないで……





 沖縄での撮影も無事に終了して、俺たちは今日の夕方にここを発つ事になった。


 荷物もまとめた俺は、それらをロビーにいるアレクに預けて再びエレベーターに乗って十階のボタンを押す。

 ホテルを出るのはもうすぐの事だけれど、それでも最後にもう一度だけ会いたかったから。あの日以来会っていない、彼女に会いたかったから。


 「琉依クン……」


 ノックをして間もなく、綾子サンがラフな格好のままドアを開けてきた。そんな彼女に俺は笑顔を見せると、綾子サンは中へと通してくれた。

 「ここへ来るなんて、どうした……」

 ドアを閉めてそう言いながらこちらを振り向く綾子サンを、俺は強く抱き締めた。言葉を遮られた綾子サンは、驚きはしていたがそれでもすぐに俺の背に手を回してきた。

 「どうしたの? 今日、帰るんでしょう? また、帰りたくないとか駄々をこねているの?」

 まるで子供をあやすかのように俺の頭を撫でる綾子サンは、そう言うとやんわりと俺の腕から離れた。

 「俺、分からないんだ。自分の気持ちが、俺は……」

 「ありがとう、琉依クン。素敵な時を過ごさせてくれて、本当にありがとう」

 俺の言葉を今度は綾子サンが遮るかのようにそう伝えてくるが、その言葉はまるで最後の言葉のように聞こえてくる。“もう、一生会うことの無い”そんな意味を込めて……

 「どうして、そんな事言うの? 俺たち、もう会えないの?」

 きっかけならいくらでもある。連絡先さえ知る事が出来たら、俺はいつでも貴女に会いに行けるし声も聞くことが出来る。だから……


 「まだ固まっていない俺の気持ちを壊さないでよ……」


 そう言って綾子サンを抱き締めると、今度は綾子サンもされるがままだった。俺はそんな綾子サンを更に強く抱き締めた。

 まだこの気持ちが“恋”なのかは分からない。だって、あの幼き時から誰も愛する事は無かったから。何が“恋”で、何が違うのかさえそう簡単に判断する事も出来なかった。

 だから、この気持ちに整理がつくまで俺の気持ちを壊さないで……。


 「琉依クン、これは恋じゃないのよ?」


 そんな俺の気持ちを簡単に打ち壊す綾子サンの一言。俺たち同じくらいお互いの事を知らないくせに、どうしてそんな簡単に決める事が出来るの? 綾子サンは大人で、俺よりもたくさんの経験を重ねてきたから?

 「どうして……」

 「知らない土地で出会ったから、そんな幻想を抱いてしまう物なのよ。それはまた帰ったら痛感するわ……」

 それは、あなたの長い経験の中でもあった事なの? もしそうだとしても、そんな事を俺にまで強要しないで。まだ、咲ききっていない俺の想いを……

 「それでも俺は、今すぐにでも貴女にキスしたいしこの手で抱きたい。壊れてしまうくらい、貴女を抱き締めたいよ」

 このまま帰らずにもっと貴女の傍にいて、もっと貴女の事を知ってそれで自分が抱えている感情が本当に恋心なのかを知りたい。

 「琉依クン、あなたは大人びているだけなのよ。自分の知らない世界に憧れていて、それが年上の人間に重ねてしまっているだけ」

 あくまでも俺を受け入れようとしない貴女。この間ここで過ごしたあの一夜は、そんな俺への……同情?


 「ありがとう。帰っても、モデル活動頑張ってね」


 そう言って綾子サンは俺を完全に自分から突き放すと、テラスへと歩いていった。俺に残されたのは、そんな綾子サンが去った後に残る貴女の香りだけ。

 「連絡先とか……聞いても仕方が無いよね」

 「ええ。教える気は無いわ……」

 僅かな頼みも、綾子サンはこちらを向く事無くあっさりと拒否の姿勢で答える。俺は俯き情けなさから来たのか、少し笑みを見せると再び顔を上げてテラスへと足を向けた。

 「る……琉依クン?」

 気配に気付いた綾子サンは一歩後ずさりを見せたが、すぐに俺は綾子サンの腕を掴み引き寄せるとそのまま唇を塞いだ。


 きっと……これが最後のキスになるかもしれないから……


 お互いの唇が離れた後、綾子サンは少し俯いて困惑したような表情を見せている。俺はそんな事お構い無しに、再び腕を掴んで無理矢理こちらを向くように仕向けると

 「もし、もしどこかで再び会う事があったら……そして、その時の俺の気持ちが固まっていたら俺はどんなことしても貴女を放さないから」

 そんな俺の言葉を綾子サンは更に困惑した表情を見せていたが、すぐに口を開くと

 「……二度と会わないわ……」

 本当にそう思うなら、どうしてこちらを見て言わないのか。それでも俺は未だに困惑している綾子サンの腕を自由にすると、そのままドアの方へと歩き出した。

 そして、ドアをゆっくり開けて一度立ち止まると


 「綾子サンも……考えておいてね」


 綾子サンの返事を待つ事無く、俺は部屋を後にした。

 下へ降りるエレベーターの中で、俺はきちんと整理されていない自分の気持ちを一つ一つ並べていった。

 中学の頃に付き合った桜や、それから関係を持った数多の女性。そして、俺の欲望を満たすだけの存在である君に対して抱く事の無かった感情=愛情。

 綾子サンに抱いている感情が果たしてそうなのか、それとも彼女の言うとおりただの憧れなのか……。


 “二度と会わないわ……”


 そんな俺の心に突き刺さる綾子サンの最後の一言。もう、そんな事も考える必要は無いのかも知れない……。

 見知らぬ土地で出会った男女が、たった一夜を過ごしただけ……そう思えばそれで終わりになる。


 それで……終わりなんだ……




 こんばんは、山口です。

 沖縄編はこれで終わりです。次回から再び元の高校生活へと戻ります。琉依の初めて抱くこの感情が果たして“恋”なのか、これから先を楽しみにして下さると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ