Chain2 俺と君との僅かな隙間から
たかが幼稚園児の少し大人びた感情から生まれた君との隙間。それは年を重ねるごとに確実に広がって行っては、君を突き放すようになった。それでも、俺はまだ君を大切に思っていたんだ。
それは八歳になったあの時も……
「なっちゃん、琉依が迎えに来たわよ」
俺と君は幼馴染みという事もあり、そして近所でもあるから小学校へ行くのも二人一緒だったね。中学生の兄貴が一緒に付いていてくれて、俺達は手を繋いで毎日登校していた。
真琴さん(夏海の母親)に呼ばれた君は慌てて走ってきた為、せっかく真琴さんがセットしてくれた髪もクシャクシャになっていた。そして、兄貴と俺の間に並んで、今日も登校する。
「あぁ、ナオトと琉依。今日はおじいちゃんの家に行くから、すぐに帰って来てね」
門を出る時に、真琴さんは慌てて声を掛けてきた。
「うん、母さんから聞いてるから大丈夫〜」
兄貴はそう言うと、真琴さんに手を振っていた。
「兄ちゃん、今日お祖父様の所に行くの?」
道中、君をはさんで兄貴に声を掛ける。
お祖父様は俺や兄貴の祖父ではなくて、夏海の父方のお祖父さんの事だ。昔からよく夏海の父親の暁生さんが、俺たちをお祖父様の家に連れて行ってくれてそこで三人で仲良く遊んだり、お祖父様からお菓子を貰ったり昔の遊びを教えてもらったりしていて、自分の孫である夏海と分け隔てなく接してくれるお祖父様が俺は大好きだった。
「あぁ、そうだよ。今日はねアメリカに行った時の話を聞かせてくれるんだって」
ね〜っと、兄貴は君と笑顔で示し合わせていたっけ。お祖父様に会う事は俺の楽しみの一つだった。
「それじゃあ、また迎えに来るからね」
そう言って兄貴は自分の中学校へと向かう。俺と君は手を繋いで校舎へと入っていった。
「おはよ〜!」
元気な声のする方を振り返ると、手を振りながらこちらへ走ってくる伊織の姿が確認できた。伊織とはこの三年で同じクラスになってできた友達だった(この時はまだカマ口調じゃ無かったのにね)
「おはよ、伊織。今日も朝から稽古だったの?」
「そうそう。寝ぼけていたからさ、稽古中に転んじゃってよ」
腕の擦り傷を見せながら伊織は明るく笑っていた。そして、三人で教室に入ってそれぞれ自分の机にランドセルを置く。それから君は女の友達の方へ行って笑顔を見せながら話し出していた。
「最近夏海の奴、琉依とはあまり一緒に居る事なくなったよな。ケンカでもしてるの?」
「まさか。今日だって一緒に来たの見てたデショ」
君がこうして教室では俺と一緒に居なくなったのは、君が悪い訳ではなく俺が君の事を突き放していたから。
幼稚園のあの頃から、俺の中では君の存在が“恋”の対象ではなくて“同じ年の妹”と変化していき、一緒に居たいという気持ちは変わらないけれど以前ほど常に傍にいないといけないという思いも無くなっていた。
だからこうして学校へ行くのは一緒に行くけれど、いざ教室に着いたら君は自然と俺から離れるようになっていた。
「ところで琉依。今日、学校終わったら遊びに来ないか?」
「あぁ、ごめん。今日はもう先約が入っていてさ、そっちに行かないといけないんだよね」
伊織の誘いも惜しいけれど、今日はお祖父様の家に行かないといけないし手を合わせて謝る。これが他の用事だったらすぐにでも蹴って伊織の家に行くんだけどな……。
それをしないくらい、俺は君のお祖父様が大好きだったんだ。
「おじーちゃーん! 来たよ〜!」
「こんにちは〜!」
真琴さんの車で来る事三十分ほどで着いたのは、海が見える丘の上にあるお祖父様の家。海の傍で育ったお祖父様は、どうしても海の傍で暮らしたいという思いからこうして此処に家を建てたのだ。
こんな見晴らしのいい家に来る事が、俺たちの楽しみの一つだったけどその他にも楽しみはある訳で……
「おじーちゃーん?」
居ないのかな? そう思いながらテラスや裏を見に行こうとしたその時だった。
「とうっ! ダダダダダダダッ、ジャキ−ンッ!」
そんな声と共に上から飛び降りては俺達に向けておもちゃの銃を撃つマネをしてくる。そんなお祖父様に対して、俺たちもまた参戦するのが挨拶代わりってわけ。
「うりゃ〜っ! 今日こそはじじぃを倒すぞ!」
「ほほぉ。琉依め、お前にワシを倒せるかな……って! 今、さらっとワシの事をじじぃと呼びおったな」
この馬鹿タレ! と力を全く込めてない拳で頭を軽く叩いてくるお祖父様。もう結構な歳なんだけれど、それでも精神面ではまだ若いらしく俺達とも対等に遊んでくれるいい人だ。
兄貴はもう中学生だからそんな遊びには加わっては来なかったけれど、それでもこうして俺たちのやり取りを真琴さんと見ては笑っていた。
「さぁ、一旦戦いを中断して中へ入るがいい」
お祖父様は全く息を切らすことも無く、俺たちを中へと通してくれた。この広い家ではお祖父様はただ一人で暮らしていた。お祖母様はもう何年も前に亡くなっていて、お祖父様一人だと寂しいだろうからと真琴さんや暁生さんが一緒に暮らそうと何度も声を掛けたが
“ワシはの、ばあさんと暮らしたこの家で一生を終えたいんじゃ”
そう言ってはこうして一人で暮らしていた。でも、やはり寂しいだろうからと言う訳でこうして時間がある時には真琴さんか暁生さんが君と俺たち兄弟を連れて遊びに行っていた。
「おじーちゃん、もう歳なんだから、二階から飛び降りてくるのだけはやめようよ〜」
お祖父様から出されたジュースを飲みながら君は言うけれど、お祖父様はチッチッと指を一本振りながら
「何を言っとるか! まだまだワシの力は衰えてはおらんぞ」
そういう意味じゃないんだけどなぁ……。全くいくら俺たちを楽しませてくれる為とは言え、もう歳だし一人暮らしなんだから何かあってしまってからじゃ遅いんだぞ! でもまぁ、こんな事言ってもお祖父様が大人しくなる訳じゃないんだけれどね。
明るくて優しいお祖父様、俺は本当に大好きだった……
こんにちは、山口です。
今回、夏海のお祖父様を登場させました。今回のお話でお解かり頂けましたでしょうか、シリーズ第4弾の尚弥編で尚弥と琉依が話し合う場所として琉依が選んだあの家は、夏海のお祖父様の家でした。
このお祖父様はこれから先、琉依にとって重要な人物となって行きます。