Chain18 悲しみの前触れは
一生忘れられない……悲しみにくれたあの日
「琉依〜! アキちゃんから電話〜」
夕飯を食べていると、かかってきた電話に応対していた母さんが俺を大きな声で呼んできた。立ち上がる前にもう一口おかずを頬張ると、ダイニングを出て廊下で待っていた母から受話器を受け取る。て言うか、暁生さんも電話なんかかけないで近所なんだから家に来たらいいのに。
「はい、琉依ダス」
俺の開口一発目に対して、受話器の向こうから暁生さんの笑い声が聞こえる。でも暁生さんの笑い声以外、何も聞こえなかった。いつもなら、君の声や真琴さんの笑い声も聞こえたりするのに……家に居るのじゃないのか?
「琉依、急な話で悪いんだけど明日時間空いているかな?」
本当に急な話だこと。さすがは暁生さん、仕事柄余裕ってものを持ち合わせていないんだな。でもまぁ、これも毎度の事だけれどね。
「明日はね、特におデートの約束もないし暇だよ? 何、また撮影?」
俺の問いに、違う違うと暁生さんが答える。あら、珍しい。暁生さんから電話があるならば、大抵は撮影の話なのに今回は違うのか。
「じーさんがね、琉依に話しておきたい事があるんだと」
お祖父様が? 一体何の話なのか、頭の中で色々考えてみたが見当も付かない。
「うん、わかった。じゃあ、三ツ屋の饅頭買って行きたいから十時頃に来てくれる?」
「あぁ、わかった。あっ、ナオト達には秘密にしておけよ」
「はっ?」
理由を聞こうとする前に、暁生さんは慌しく電話を切った。ツーツーと受話器から聞こえる音と睨めっこしながら、しばらくその場で立ち尽くしてしまった。まぁ、明日になったらわかる事だからいいか。
翌日、三ツ屋で饅頭を買って自宅で待っていると、外から車のクラクションが聞こえてきた。一応母さんに声を掛けてから外に出ると、暁生さんが車の中から手を振っていた……って、あれ?
「ねぇ、ねぇ、夏海は?」
どこを見ても車内には君の姿が見当たらない。居るのは運転席に座っている暁生さんだけ。
「なっちゃんは来ないよ。今日は俺と琉依だけ〜」
何だ、君にも内緒の事なんだ。それにしても、お祖父様は君のお祖父様なのにどうして孫ではない俺に用事があるのだろうか? まぁ、俺もガキの頃から君と同じくらい可愛がってもらってるけど。それでもこうして呼び出しをもらうのは初めてだった。
車を走らせる事三十分ほどで、お祖父様の住んでいる家に着く。
暁生さんはインターホンを合図代わりの押した後、そのまま俺を連れて門を開けて玄関の扉を開けた。そして、そのままいつもお祖父様がいるリビングへと足を進めると、椅子に座って外を眺めているお祖父様の姿が見えた。
「親父、琉依を連れてきたよ」
暁生さんはそう言うと、俺を残してその場を去っていった。お祖父様はこちらを振り返ると、いつもと変わらない笑顔で俺を迎えてくれる。
「琉依か……」
気のせいかちょっと会わない間に痩せたかな? もともとたくましいとはかけ離れた体格だが、ここまでは痩せてなかったような。
そんな事を思いながらお祖父様に持ってきた三ツ屋の饅頭を手渡すと、お祖父様は早速包装紙を破って食べ始めた。まぁこれでも食べて太って下さいよ。
「どうしたの? 夏海置いて俺を呼ぶなんて珍しくね?」
俺の問いにただ笑って饅頭を食っているお祖父様。体型の変化もそうだが、今日はいやに大人しいな。いつもなら豪快に背中を一発や二発は叩くのに。
お祖父様が話し出さないとどうしようも無いのでとりあえず気長に待っていると、饅頭を食べ終わったお祖父様は茶を飲んでフ〜っと一息ついた後、ようやく口を開き始めた。
「のう琉依、お前はこの家が好きか?」
「うん、好きだよ。ここは色んな思い出がいっぱい詰まっているからね」
壁には今までの思い出の証として、いろいろな写真が飾ってあった。幼い頃から現在に至るまでの俺や兄貴、そして君の写真(所々、渉や伊織も写っているけど)が所狭しと貼ってある。
写真だけではない、ここで過ごした思い出は数え切れないくらいあるよ。君は当たり前だが、俺なんかは親戚でも無いのに同じ様に接してくれた温かい人なんだ……君の両親やお祖父様は。
「でも、それがどうしたの?」
そんな事を聞くためにわざわざ呼んだの? そんな事くらいお祖父様なら言わなくても分かっていると思っていたのになぁ。
「お前に、この家を託したいんだ」
「いいねぇ、俺はここ好きだから嬉しいよ。でも、まだ俺中学生だからいつの話になるやら」
家族でもない俺にそんな事言ってくれるなんて、冗談でも嬉しいよ。気持ちだけで十分、そんな話お祖父様もきっとすぐに忘れるに違いない。俺はこうしてたまに遊びに来れるだけでいいから。
けれど、次に出たお祖父様の言葉によってそれは笑いでは済ませなくなってしまう。
「琉依、わしはもう長くないんだよ」
……はっ?
久しぶりに出たと思ったら、こんなことになりました。明るかったお祖父様のお話は、次回も続きます。