Chain16 結ばれた愛情のかけらも無いセックス契約は
友情のという名のキスの果てに……
「どうしたの? さっきから唇ばかり触って」
鏡の前で俺は無意識の内に自分の唇を触ったまま立っている事を、ベッドに寝ている彼女から指摘されて我に返って気付いた。
「な〜に? もしかして熱いキスでもしたの?」
「ん? それってヤキモチ?」
笑いながらベッドに潜ると、彼女もまた笑って“ま〜ね”と答える。
「だって、意識を飛ばしちゃうくらい印象に残るキスだったみたいだし?」
彼女の首筋にキスを降らせながら、俺は頭の中でその“印象に残るキス”を思い返していた。
そのキスの相手はもちろん……君。
先日のキスはお互い深い意味は無いって事で、そのまま別れたけれど何故か俺の中ではそう上手くは片付ける事が出来ていなかった。
こうして他の女を抱いていても、頭の中で考えている事はまったく別の事。それでもそれを悟られないようにと、俺は同じベッドの中にいる彼女を喜ばせるよう努める。
「それじゃあ、バイバイ」
彼女と情事を済ませた俺は、相変わらず余韻を楽しむ事無く彼女の家を後にした。今夜は誰も家に居ないから、真っ直ぐ帰るのも何だか虚しい気がしてくるが未成年だしこれからどこかへ行ける訳でも無い。それに、一応はモデルだからそういう事も控えないとね……。
何も考えず歩いていたらあっと言う間に自宅の前まで着いていたが、誰も居ないはずの家の中には灯りが灯っていた。
「母さん? それとも、兄貴か?」
そう呟きながらも玄関の扉を開けて、リビングに行くとそこに居たのは母さんでも兄貴でもなくてソファに座っていた君だった。
「夏海……?」
「おかえり〜。こんな遅くまで種付け作業お疲れ様です」
ココアを飲みながらそう言う君は、空になったマグカップをキッチンへと置きに行った。それにしても、“種付け作業”って……。まだハッキリと“セックス”と言ってくれた方がマシなのですがね。
「どうした? 今日は暁生さん達もいるから、ここに来る事は無いだろ?」
苦笑いしながら着替えると、君はキッチンから戻って再びソファに座って俺の方を見る。その瞳から俺にも座るよう促されているのを感じると、従うまま君の向かいに座った。
あのキスの事などもう気にもしていないのか、君がこうして俺の家にやって来た事に俺は内心驚きながらも君が何を話すのかをただ待っていた。
まさか、責任取れとか言わないだろうな……。君の事だからそんな心配は要らないとは思うけれど、既に四回もしてしまったキス。何か用事があるとすれば、この事しか思いつかない。
「やめておきなよ。モデルの仕事もしているし、それに受験にも支障が出るよ?」
「はっ?」
そんな小言を言うためにわざわざこうして此処にやって来たという訳? 今まではそんな事微塵も言わなかったのに、何故急にそんな事を言うようになったのか。
「別に受験にも仕事にも支障は出ていないから、夏海に心配される事は無いと思うけれど?」
くだらない用件だと見限った俺は、ソファから立ち上がってキッチンに行き冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して再び戻る。そんな俺に対して、君はこちらを見る事無くただ俯いていたのでつい意地悪な事を思いついてしまう。
「俺も嫌いじゃないし、求めてこられたら応えちゃうじゃない? それとも、君が俺の欲求でも満たしてくれるの?」
仕事や受験に支障が出ないか心配してくれるなら、君が代わりになってくれればいい……なんて、つい思いついた意地悪をそのまま口にした。君の事だから、カッとなってまた怒るのか? それとも、やっと見限ってはこのまま此処から出て行ってくれるのか? そんな答えを待っていた時だった。
「……いいよ」
――――
「……な、何?」
思いがけない君の一言に一時の沈黙を置いた後、改めて俺は聞き間違いではないかと言う意味で聞き返した。
「いいよって言ったの」
「は、はっ! 面白いね、何言ってるか分かってるの?」
少し馬鹿にした様に言うが、それでも君から否定の意の言葉は返ってこなかった。むしろ真剣な顔をして俺の方を見ては頷いている。
「冗談に決まっているだろ? 本気に捉えなくていいよ」
呆れながらそう言うと、飲んでいたミネラルウォーターを持って立ち上がった。ここまで言ったら諦めて自分の家に帰ってくれるだろうと、俺はリビングを後にしようとした。
「怖いの?」
ふと漏らした君の言葉に、俺はその場で立ち止まり振り返ると君は立ち上がって俺の方を見ていた。そして、君はそのまま俺の方へ歩み寄っては目の前で立ち止まる。
「怖いの? 私とそんな関係を持つのは怖い?」
怖くなんか無い、ただ面倒になるのはゴメンだ。親同士が友達である君とそんな関係になるなんて、これ以上面倒な事は無い。
「夏海、初めてでしょ? そう言うのは好きな人とした方がいいよ?」
「ふふ。琉依が言っても説得力ないね」
確かに、説得力に欠けた俺のこの発言は君の前では何の力にもならなかった。そんな俺に君はじわりじわりと寄ってくる。
「お互い、快楽を与え合う関係。好きな時に好きなだけ出来る関係になりましょ?」
たかがキスをしただけで、君にそこまで言わせるようになるとは思いもしなかった俺はただ君の前で立ち尽くしていた。そんな君は俺の方を見上げては笑みを見せる。
「どう? 悪い話じゃないでしょ?」
「そうだね。その関係に必要なのは欲望を満たす体、そして不必要なのは……」
どこで覚えたのか、妖しい笑みを見せる君に俺は根負けしてそう投げ出すと、君は俺の背に腕を回しながら顔を近づけてきて囁いた。
「愛情に決まっているでしょ?」
そんな君の返答に、俺は笑みを見せてはキスをする。そして離れた時の君の表情は、以前のような困惑ではなく挑発的なものに変わっていた。
そう、愛情はいらない。例えそれが、かつては大切にしてきた幼馴染みである君でもね。君が求めてくるなら、俺はいくらでも応えてあげる。
「最高の夜にしてあげる」
今夜は二人きり……お互いの欲望を満たすにはもってこいだった。忘れられないくらい、君に快楽を与えよう。
愛情のかけらも無い、俺と君のセックス契約はこうして結ばれた……
こんばんは、山口です。
今回は話の内容が濃いので、背景も黒にしてみました。そして、更新の時間も考えて夜中にしました……。この二人が関係を持ったきっかけは、夏海からだったと言う訳ですがなかなかの大胆さを見せています。