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森と向こうの扉  作者: 03


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6/33

立ち入り禁止区域

森の奥へ回り込んだ迅たちは、雪を踏みしめながら西側へと進んでいた。

正面入口は警察が張っている。

だから裏から入った。

だが――

「……あれは」

圭が小さく呟いた。

前方、管理用の細い道。

そこに二人の人影。

迅はすぐにしゃがみ、三人もそれに続く。

木の幹越しに様子を窺う。

ひとりは佐伯先生。

もうひとりは、長身で黒いコートを着た男。

白石健太の父。

白石 隆司。

大学でアイヌ文化や口承伝承を研究している民俗学者だと聞いたことがある。

今、その手には古びた紙束が握られていた。

二人の前には立ち入り禁止のロープ。

「立入禁止」と書かれた看板。

その先は、森の中でも特に深い区域だった。

「先生、私は確信しています」

隆司の声は低く、しかし迷いがない。

「明治期の採集文献に、今回と酷似した事例があるんです」

佐伯先生は首を振る。

「だからって、この区域に入る理由にはなりません」

「子どもが忽然と消えた。目撃者なし。物音なし」

隆司は紙を広げる。

「この記録も同じです。“子、群衆の中にて忽然と姿を失う。山の神の通り道にて起こる”」

迅の胸がざわつく。

教室で消えた健太。

「そしてここ」

隆司は森の奥を指す。

「この立ち入り禁止区域は、かつて小さなコタンの境界線上にあった場所です」

「境界?」

「人の世と山の領域の境。アイヌの伝承では、境界は“神が最も近い場所”とされる」

佐伯先生は声を荒げる。

「だからといって危険区域に入っていい理由にはなりません!」

確かに、その先は急斜面になっている。

落石の危険があると聞いたことがある。

隆司は一瞬、黙る。

そして静かに言った。

「私は迷信を信じているわけではない」

森を見つめる目は、研究者のそれだった。

「だが文献が示す“類似点”が三つある」

指を折る。

「一つ。集団環境下での突然消失。

二つ。事件前後に“森を見た”という証言。

三つ。消失から三日以内に境界に異変が起きる」

「異変?」

「鳥が鳴かない。小動物が消える。音が吸われる」

四人は同時に森を見た。

確かに――

静かすぎる。

風の音すら弱い。

「だから私は確認する必要がある」

隆司はロープへ手を伸ばす。

その瞬間。

佐伯先生が強く掴んだ。

「やめてください!あなたに何かあったらどうするんです!」

「息子が消えているんです」

その言葉は、重かった。

怒鳴り声ではない。

静かな、父親の声だった。

迅は唇を噛む。

美咲が小さく震える。

翔太が囁く。

「……立ち入り禁止区域」

圭の目が光る。

「たぶん、核心」

先生と隆司はなおも言い合っている。

「警察に任せましょう!」

「警察は“事件”として処理する。私は“兆し”を見ている」

「危険です!」

「承知の上です」

だが先生は譲らない。

両腕でロープの前に立ち塞がる。

そのやり取りは、次第にヒートアップしていった。

迅が小声で言う。

「今ならいける」

翔太が地形を見る。

「ロープの右側、雪が浅い」

圭が頷く。

「先生の死角」

美咲が息を整える。

迅は合図を出す。

三、二、一。

四人は音を立てないよう、雪を踏み締めながら横へ滑る。

言い争いに集中している二人は気づかない。

ロープの端。

杭の間のわずかな隙間。

迅が体をねじ込む。

翔太が続く。

圭は足跡を重ねるように慎重に。

最後に美咲。

ロープの内側へ。

そこは、空気が違った。

冷たい。

重い。

音が、さらに消える。

背後ではまだ言い合いが続いている。

だがその声は、まるで遠くなった。

迅は振り返らない。

「行くぞ」

四人は立ち入り禁止区域の奥へ足を踏み入れた。

雪がきしむ。

森が、深くなる。

まるで何かに――

見られているように。

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