午前五時の検問
午前四時五十五分。
円山公園入口。
空はまだ暗く、街灯の光が雪を照らしている。
迅はリュックを背負い直した。
「寒っ……」
吐く息が白い。
翔太は腕時計を見る。
「あと五分で予定時刻」
圭は地面を見つめる。
「昨日より人の足跡多い」
「除雪じゃね?」
「違う。ブーツと革靴」
嫌な予感。
そこへ美咲が到着する。
「……ごめん」
赤い眼鏡が曇っている。
四人が揃う。
森の入り口は目の前。
その瞬間。
「ちょっといいかな?」
背後から声。
振り返る。
パトカー。
迅の心臓が跳ねる。
◆ 包囲
警察官が二人。
若いのと、年配の。
「こんな時間に、どこへ?」
翔太が答える。
「散歩です」
「装備重そうだね?」
圭のリュックを見ている。
逃げられない。
「最近この辺、不審者情報あってね」
若い警官が言う。
「荷物、見せてもらってもいい?」
断れば怪しい。
迅の頭が高速回転する。
(バット出たら終わる)
(熊スプレー出たら終わる)
翔太が一瞬だけ迅を見る。
何か考えている。
そして。
「その前に質問いいですか?」
警官が眉を上げる。
「なに?」
「不審者って、森の中ですか?」
「まぁ主に公園周辺だね」
翔太は静かに言う。
「それなら、入口で止めている今が一番安全ですね」
警官が少し戸惑う。
「は?」
「森に入らないなら問題ない、ということですよね?」
論点をずらす。
“入る”と言わない。
迅がすぐ乗る。
「俺たち、森入らないっす」
圭が小さく頷く。
「入口の売店前で待ち合わせ」
美咲が付け加える。
「日の出見に来ただけです」
警官は四人を見る。
疑いはある。
「じゃあ荷物」
ここが山。
迅は笑う。
「野球の朝練です」
バットを自分から出す。
堂々と。
「円山球場使うんで」
実際、近くにある。
警官はバットを見る。
「この時間?」
「朝練、六時から」
翔太が即座に補強。
「早く来すぎました」
自然だ。
完全な嘘じゃない。
警官は圭のリュックを見る。
「それは?」
圭は一瞬止まり――
そして腹を括る。
「自由研究です」
双眼鏡を出す。
「円山の野鳥観察」
本当だ。
「熊スプレーは?」
年配の警官が指す。
圭の喉が鳴る。
迅が割って入る。
「北海道なんで!」
勢い。
「親に持たされました! 使いません!」
一瞬の沈黙。
警官同士が目配せする。
“子どもが大袈裟に準備してるだけ”
そう見えるかどうか。
年配の警官がため息をつく。
「森には入るなよ」
「はい!」
四人同時。
「六時になったら球場へ行け」
「はい!」
パトカーはその場に残ったままだが、
少し位置を変えた。
入口正面から、道路側へ。
監視はしている。
だが――死角ができた。
迅が小声で言う。
「詰んでね?」
翔太は周囲を見る。
「正面は無理だ」
圭が言う。
「西側の遊歩道、除雪入ってない」
「柵あるぞ」
「古い。低い」
美咲が小さく言う。
「私、先に行ける」
迅が即座に首を振る。
「ダメ」
翔太が冷静に判断する。
「警察は“入口”を見ている」
圭が続ける。
「森全体じゃない」
迅がニヤッと笑う。
「回り込むか」
四人は売店方向へ歩く。
“球場に向かうふり”。
パトカーの視線を背に感じながら。
角を曲がる。
建物の陰。
翔太が小さく言う。
「今」
四人は一斉に走る。
除雪されていない脇道へ。
雪が深い。
足が取られる。
息が荒い。
圭が先頭。
「こっち!」
低い木製柵。
古い。
雪で半分埋まっている。
迅が押す。
ギシ、と鳴る。
一瞬、全員が凍る。
遠くでエンジン音。
止まらない。
圭が体を滑り込ませる。
迅、翔太、美咲。
最後に柵を戻す。
雪を払い、足跡を軽く崩す。
心臓がうるさい。
数秒。
サイレンは鳴らない。
「……抜けた」
森の中は静かだった。
入口はもう見えない。
翔太が言う。
「今からは、本当に自己責任だ」
迅は笑う。
「最初からな」
美咲は振り返らない。
守ってくれる大人はいない。
四人だけ。
白い森が、目の前に広がっている。
そして。
足跡がひとつ。
自分たちのものではない。
森の奥へ、続いている。




