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森と向こうの扉  作者: 03


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それぞれの装備

「まず、森に入る前提で考える」

翔太が言った。

場所は拓海の家のリビング。

グランドピアノが置かれた、やけに整った空間。

迅はソファに寝転び、圭は床に図鑑を広げ、美咲は赤い眼鏡を直しながら正座している。

翔太はノートを開き、ペンを走らせる。

迅が笑う。

「作戦会議ってやつ? いいねぇ」

「遊びじゃない」

即答だった。

空気が少しだけ張る。

健太は戻っていない。

それは現実だ。

◆ 高梨迅の装備

迅はリュックの中身をぶちまける。

懐中電灯。

予備電池。

軍手。

カイロ。

バット。

ペットボトルの水。

チョコレート。

なぜか縄跳び。

「縄跳びいる?」

圭が真顔で言う。

「罠に使えるかも」

「マジかよ」

迅は笑うが、目は真剣だ。

「俺は前出る役だろ? だから武器っぽいのは持つ」

バットを握る。

手は、少し汗ばんでいる。

怖くないわけじゃない。

でも止まらない。

それが迅だ。

◆ 相沢翔太の装備

翔太は淡々と並べる。

ヘッドライト。

防水手袋。

簡易救急セット。

方位磁石。

モバイルバッテリー。

ロープ。

ホイッスル。

市の地下水路簡易マップのコピー。

迅が口を開ける。

「用意周到すぎん?」

「迷う前提で考える」

翔太は美咲を見る。

「水に入る必要があれば任せる」

美咲が小さく頷く。

翔太は続ける。

「誰かが怪我した場合、五分以内に処置する」

冷静だ。

感情を抑えている。

怒りも、焦りも、全部奥に押し込めて。

ピアノを弾く指が、わずかに震えていることに迅だけが気づいた。

◆ 宮坂圭の装備

圭は無言でリュックを開く。

双眼鏡。

小型ライト。

簡易無線機(おもちゃ改造)。

昆虫用ピンセット。

折りたたみナイフ(父の許可あり)。

そして――

「……クマ撃退スプレー」

迅が吹く。

「出た!」

圭は真剣だ。

「北海道の森だよ? ヒグマ出る可能性ゼロじゃない」

安全ピン付きの本物。

「妖怪より熊を想定してんのかよ」

「熊は実在する」

圭は続ける。

「あと、足跡見るためにメジャー。種類判別できる」

美咲が少し笑う。

圭は赤くなる。

「い、いや、役立つし……」

躊躇する性格。

でも準備だけは徹底している。

「最悪、撤退判断は俺が言う」

その声は小さいが、本気だった。

◆ 白石美咲の装備

最後に、美咲。

小さなリュックを開く。

水泳用ゴーグル。

防水ポーチ。

タオル。

替えの靴下。

小型ボイスレコーダー。

のど飴。

迅が首を傾げる。

「レコーダー?」

美咲は赤い眼鏡の奥で答える。

「お兄ちゃんの声、また聞こえるかもしれないから」

空気が静まる。

「あと……」

美咲は少し迷い、

小さなホイッスルを出す。

「怖くなったら吹く」

迅が笑う。

「それは俺も欲しい」

「迅はうるさいからいらない」

即座に翔太。

少しだけ空気が緩む。

そのとき。

圭がふと窓を見る。

「……ねぇ」

全員が振り向く。

窓の外は雪。

ただの住宅街。

だが。

雪の上に、細い線がある。

ズ……ッ

まるで、何か重いものを引きずった跡。

家の前から、塀の向こうへ続いている。

「……昨日、あんなのなかった」

圭の声が低い。

迅が立ち上がる。

「見に行く」

「待て」

翔太が止める。

だが。

――コン。

ピアノが鳴った。

誰も触っていない。

低い一音。

ボン……。

全員が凍る。

ゆっくり振り向く。

鍵盤の一つが、ゆっくり沈み込んで戻る。

誰もいない。

部屋は無風。

それでも。

ボン……。

もう一音。

美咲が震える。

「……今の、ド?」

翔太は何も言わない。

顔が、青い。

ボン。

三音目。

それは、童謡の出だしだった。

健太が昔、よく口笛で吹いていた曲。

迅がバットを握る。

「……来てるな」

姿は見えない。

でも確実に。

“向こう”は、こちらの準備を見ている。

雪の札幌。

静かな住宅街。

四人はまだ知らない。

この夜を境に、

後戻りができなくなることを。


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