均衡の式
白石隆司の研究室。
夜。
札幌の街灯が窓越しににじむ。
机の上には、例の新出文献の写真。
「山の眷属は秤なり
一人戻れば 一人渡る」
迅は低く言う。
「“役目は終わった”って、あいつ言ったよな」
圭が頷く。
「健太が“何かの役割”を果たしたってことだ」
翔太が拳を握る。
「役割って何だよ」
隆司がゆっくり言う。
「均衡だ」
紙を一枚めくる。
別の資料。
アイヌの古い口承。
「山は常に数を合わせる
渡る者は呼ばれて渡る」
迅が反応する。
「呼ばれて?」
隆司は指でなぞる。
「“選ばれる”のではない。“呼ばれる”」
圭が考える。
「呼ぶ主体がいる」
翔太が言う。
「山?」
隆司は小さく首を振る。
「もっと具体的な“存在”だ」
沈黙。
迅が言う。
「あの烏天狗」
圭が続ける。
「管理者」
隆司は資料を閉じる。
「もし彼が秤の管理者なら、“誰を渡すか”を決めている」
翔太が顔を上げる。
「じゃあ勝手に選んでるのかよ」
圭が否定する。
「いや、たぶん違う」
迅が振り向く。
「何が」
圭は静かに言う。
「健太は教室で消えた。でも“いきなり”じゃない」
三人の記憶。
あの日。
健太は何度も窓の外を見ていた。
森の方角を。
迅が言う。
「…見られてた?」
隆司が低く言う。
「山の伝承では、“名を知られた者”は呼ばれる」
空気が止まる。
翔太が眉をひそめる。
「でも、あいつの名前なんて普通のだぞ」
隆司は静かに首を振る。
「人の名ではない」
圭の目が鋭くなる。
「存在の名」
迅が息を飲む。
「天狗の?」
隆司は頷く。
「古い信仰では、本当の名は魂の核だ。
それを知る者は、力を持つ」
翔太が言う。
「じゃあ逆もある?」
迅が続ける。
「こっちが“あいつの名”を知れば」
隆司の目が光る。
「均衡を動かせる可能性がある」
ここで初めて。
“名”が戦略になる。
誰も烏天狗に言われたわけじゃない。
文献と構造から導き出した。
隆司は新出文献の拡大画像を見せる。
最後の行。
削られた部分。
圭が言う。
「意図的だ」
隆司が頷く。
「呼ばれないために削った」
迅が低く言う。
「昔の人は知ってた」
翔太が呟く。
「名を呼ぶと縛れる」
隆司は静かに補足する。
「正確には、“干渉できる”」
圭がまとめる。
「今の状況はこうだ」
・管理者が均衡を取っている
・健太は一時的に渡された
・役目が終わり戻された
・代わりに美咲が渡った
迅が言う。
「均衡を壊すには?」
隆司は答える。
「管理者の本質に触れること」
翔太が拳を握る。
「つまり」
圭が静かに言う。
「真名を特定する」
隆司は地図を広げる。
森の立ち入り禁止区域の奥。
「旧祠がある。明治以前のものだ」
迅が顔を上げる。
「調べたことあるのか」
「外観だけだ。中は崩落の危険があった」
圭が冷静に言う。
「削られた文献は後世の写本。
原型は祠にある可能性」
翔太が決意する。
「行くしかねぇ」
迅は頷く。
「名を探す」




