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不労所得で生きていきたいお姫様の話

 物心ついたときから、周りの大人たちはため息ばかりだった。

 やれ物価が高いとか、

 やれ食費がかかるとか、

 やれ何番目の王子がまた壁を壊したとか、

 人間界の王が夕食のメニューまで口を出してくるとか、

 それはもう、愚痴ばかりだった。

 そんなことばかり聞かされて、素直に育つはずもなく。

 六歳になった私、魔王の唯一の娘たる、ナターシャ・エスカルラータは一回目の家出を決意した。

 一歳になった私を置いて出ていった母の日記と、母の書棚にあった完全家出マニュアルを熟読し、いかに効率よく相手を屠るか、いかに効率よく逃走するか、つかまった時の対処法や、食べられる野草などを頭に叩き込んだ。

 せっせと逃げ出すための食料を盗み出し、夜中になるのを見計らって城から逃走。

 大人たちが誘拐の心配をしないように、きちんと手紙も残した。

『はいけい ちちうえ ちょっとたびにでます さがさないでください』

 ちなみに、魔族ご用達の軍馬にまたがろうとしたところで衛兵にご用となった。

 二回目の家では七歳の時、今度は衛兵の巡回時間を把握したうえで逃走。城下町に出たところで御庭番にご用となった。

 三回目はさすがに時間を空けて十歳。闘争資金をせっせと手伝いで貯めて、地図で国内の地形を頭に入れ、夜中部屋を抜け出そうとしたところで御庭番にご用となった。どうやら動きがおかしいと見張られていたらしい。

 ちっ。

 四回目は十五歳の時、もう耐えられないと昼間に堂々と城を抜け出した。城下町で良い男がいるなと思ったら目が合い、にっこり笑いあった次の瞬間、御庭番の一人だと気づいて逃走したがあえなくご用となった。

 そして今回、

「姫様、いい加減あきらめしょう。もう陛下の後は姫様しかいないのですよ」

「んなわけないでしょ! おば様には息子が四人もいるじゃない! 娘だって六人もいるわ。そっちからまわしなさいよ!」

「でも全員に断られたらしいですよ? ねえ、もう諦めましょ?」

 四回目の逃走のさいにご用となった相手が、まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように猫なで声で言う。

 魔族の平均は二百五十歳程度。

 この男は蜂蜜色の髪と瞳を持つ優男風の魔族で、名をトレス。御庭番で三番目に強いらしい。

父とは違うしなやかな細身だが、その動きは獣よりも早い。見た目に騙されるが、父よりも年上なのだ。

「いいえ、まだ世代交代には早いわ。ここはどこぞの魔族をだまくらかして、体よく身代わりにするべきよ! 私は魔王なんてなりたくないの、お金持ちになりたいの!」

「・・・子どもの数を減らせばいいのでは?」

「それもそうね。でも、いちいち夕食のお肉のメニューとか、ワインとかに文句を言われるのは嫌なのよ!」

 トレスがそっと視線をそらした。否定できないのだ。

「私は、将来お金持ちになって、見目のよい男たちを侍らせて、おなか一杯好きなものを食べて、不労所得で生きていきたいのよ!」

「わー・・・」

 トレスがドン引きしたような顔で見てきたので、キッと睨み返してやる。

「トレス、いい加減手伝ってちょうだい。あんたがいたら私はきっと逃げられるわ!」

「姫様に逃げられたら、僕は奥さんに怒られちゃいますよ。だって次の魔王はどう考えたって姫様しかいないじゃないですか」

「いやよ、私に貧乏になれっていうの!?」

「・・・というか、人間たちはそろそろこの国をどうにかしたいんでしょうね。でも人間の身体じゃあ、この国の魔素に耐えられないから、しかたなく生かしているつもりでしょう」

 それはそうだろう。

 人間だってバカじゃない。何も考えずに乗り込んできた勇者とやらは、結局数年後に魔素中毒になってこの世を去ったらしい。

 私たちでさえ危険なのだから、人間に耐えられるはずがないのに。

「だいたいなんで、人間はいきなり襲ってくるのよ。へんじゃない」

「人間は、自分たちと違うものを許せないんですよ。だから勝手に怖がって、妄想して、僕たちを敵と決めつけて攻撃する。僕たちだってこの国から勝手に出ることすらできないのにね」

 魔素はまるで檻のような役割をしていて、魔界を大きく覆っている。そこから出ても空気の質が違いすぎて、魔族には呼吸が苦しくなる。

 最悪死んでしまうらしい。

 だから人間の世界で勝手な真似はしないはずなのに、姿か恐ろしいという理由で悪者扱いされたのだ。

「姫様。とりあえず来月の報告会に参加してみませんか? 魔王にならないという決断は、それからでもいいでしょう?」

「なんでただ働きしないといけないのよ」

「だって姫様、何も知らないくせに決めつけてるのは姫様も一緒でしょう?」

 うっ、と言葉に詰まったのが運の尽きだった。

 トレスはにっこり笑顔を浮かべて、いい子にしてたら出してあげますよと言って去っていった。

「・・・ナターシャ・・・久しぶりだね。今度は何をやらかしたの?」

「うるさいわよ、兄さん」

「俺が嫌な奴全部殺してあげるよ、一緒にここを出よう」

「そういうの流行らないから」

 あんた地下牢に飽きただけでしょ。

 あ~あ。次はどうやって逃走しようかな。

「でも、実際問題、ナターシャだけじゃあ逃げられないよ? 兄ちゃんをみてごらん、もう何年も閉じ込められてるんだ」

「あんたが壁中に獣の血をばらまいたからでしょ、あれ綺麗にするのに幾らかかったと思ってんのよ。うちは貧乏なのよ!」

 血液はなかなか落ちない上に虫も獣も寄ってくる。あらゆる面で阿鼻叫喚になった日を思い出して頭痛がした。

「ナターシャ・・・わかってないな。貧乏なのは人間がこっちを侵略したせいだ。そのせいでばあちゃんは連れていかれた。結局死んでも帰ってこないじゃないか。それに昔、ナターシャだって血で汚しただろう?」

「昔の話なんてするんじゃないわよ。それに、生きてるか死んでるか、そんな昔の人なんて知らないわよ」

 そういえばなんでばあちゃんは連れていかれたんだろうか?

 じいちゃんはどうして許したのだろう?

「情けないね、ナターシャ。お前はそれでも魔王の娘なの? 怒りはないの?」

「怒りよりも空腹のほうが問題だわ。このまま魔王なんてもんになったら、人間ごときに夕食はおろか、昼食も、朝食も管理されかねないわよ!」

「そうだね・・・人間の国には三時のおやつがあるのは知っているかい?」

 なんですって?

 もう何年も砂糖を使った甘いおかしなんて食べてない!

 時々献上される蜂蜜だって高価なのだ。月に一度しか食べられない貴重品だ。

「人間界にいけば、食べられるの?」

「でも魔族は人間界には行けないよ」

 そうだった。

「人間だけずるい!」

「そうだ、だから皆殺しにしてやろう!」

「皆殺しにしたらお菓子が食べられないじゃない!」

「大丈夫。生肉もおいしいよ!」

 不味いわよ!

 わーん、と泣いていたら、ついに耐えきれなくなったという表情で兵士たちがやってきた。

「あんたら、いい加減に静かにしてくださいよ」

「やだぁ! お菓子食べたいぃぃぃっ!」

「そんな贅沢、許しませんよ人間が」

 また人間!

「もうやだ、人間なんて嫌い、絶対魔王にはならないから」

 ふんっと顔を背けると、兵士たちが顔を見合わせてため息をついた。

「とりあえず、叫ばないでくださいよ」

 私の扱いおかしくない!?


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