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魔王は貧乏職なのでお断りします

 その日私は、縄でぐるぐる巻きにされつつ父に申し入れた。

「陛下、私は臣下として次期魔王を支えたく存じます!」

 親子といっても、六人兄妹の末っ子。

 たいそう恐ろしい顔で王座にいる父は今代の魔王。

 頭の上には大きな三本の角、全長二メートル半、赤い瞳に黒い肌。銀色の髪は後ろで束ねているが、腰まである長髪。

 最近白髪が気になるらしいが、どれが白髪かわからん。

「・・・」

 父は目をすがめて私を見やった。

 無駄にでかい体のくせに、身に着けているのは赤いコートの上に、白いフリフリエプロン。まくられた袖から見える前腕部にはいつ切れてもおかしくなさそうな血管がこれでもかと浮いている。肩も上腕二頭筋も大きすぎて服はいつも特注だ。

「して、娘よ」

 フリフリのくせに重苦しい声を出した父は、腕の中のブラッグドッグの赤ちゃん三匹をあやしている。成長しても食べられないのに、なぜか気に入っているらしい。

「本音は?」

 気の弱いやつなら、今にも泣きだして謝って命ごいをするだろうが、これでも二十年見てきた顔だ。怖いとは思わない。

「私、ちゃんとお給料を頂きたいんです。魔王の給料低いじゃないですか! なんで官僚の方が良い生活してるんですか!」

 そう、我が国は百二十年前の戦争に負けたせいで、魔王はお飾り、完全給料制である。

 そもそも、人間と違うのは寿命がちょっと長いこと、ちょっと魔法が強いこと、ちょっと見た目が怖いこと(時々角があったり、四足歩行だったり)だけである。

 多くの魔族は気性がおおらかで、細かいことは気にしない。ドワーフだろうがエルフだろうが、魔界に来たらみんな友達精神でやってきたのだ。

 それを今から百二十年前の、人間界の勇者とやらが勝手に魔王を悪と決めつけ、突然攻撃してきたのだ。

 当時の魔王は自分にも他人にも興味がなく、なんかへんなの来たなって感じで迎え入れちゃったらしい。

 で、なんか怖いのが剣を振り回すなってドン引きして負けた。

 そう、不戦敗である。

 人間たちは勝手に魔界の法律を決めて、魔王は給料制、人間を襲わないこと、勝手に魔界から出ないこと、年に一度人間会議に出席して魔界のことを報告することを約束させ、当時魔界で一番人気の歌姫(私のばあちゃん)と、魔王城にあった宝石の数々をかっさらって言った。

 強盗もドン引きの手際の良さである。

「しかたないじゃないか! おとうちゃんだって頑張って働いてるんだ!」

 尚魔王の年収は二千万程度。武器の購入は人間界の王の許可のもと。子供は多くても七人まで。それ以上は罰金を払うことという非常な決まりがある。

 何故七人かというと、魔族は長命だが、実は子供のころはたいそう死にやすい種族で、平均して二十人程度子供を産むのだ。その中で半分でも生き残れば多いほう。

「がんばって、なんで犬っころ増やしてるんですか! エサ代どうするんですか!」

「う、生まれちゃったものは仕方ないだろう!?」

「なんで去勢しないの!?」

「可哀想じゃないか!」

 昔は魔素と呼ばれる毒素が濃かった魔界だが、頻繁に人間界とつながるようになって薄くなったためか、最近は子どもが死ぬ確率が減ってきた。

 二十歳を過ぎるまでは、何があってもおかしくない。それが魔界だ。

 成長もとてもゆっくりなので、私の見た目は人間でいう十四歳程度だろう。

 人間よりずっと時間をかけて魔族は成長する。これでも私は早い方なのだ。しかし、父から見れば私はまだまだ子ども。

 魔界では二十歳をすぎれば、一応一人前の魔族として認められる。

 だから私は将来を見据えて、貧乏にならない魔族であるために今こうして直訴しているのだ。

 たった二千万で子ども六人も育てた父は凄いと思う。なんせ教育費、人件費、衣食住は基本父もちなのだ。

 魔王城の運営費は経費だが、大変厳しい金額らしい。人件費ならぬ魔人費もバカにならないから、みんなひーひー言いながら働いている。

 だから私は小さいころから兄たちのおさがりを着させられ、可愛いドレスなんてほとんど着たことがなかった。

 遊びと言えば、兄たちとチャンバラ。

 時々思い出して勉強。

 食堂に盗み食いに入る手腕はちょっと自慢だ。

「だいたい、お前の兄ちゃんたちも誰一人魔王をついでくれないって、おとうちゃんどうしたらいいんだ!?」

「このさい、養子をとりましょう!」

「もう断られたわ!」

 ちっ。

 しかし当然のことだ。

 なにせ、うちの家計は常に火の車。

 何なら毎晩の夕食のメニューすら人間界にバレバレなのだ。

 ちょっと良いワインを飲めば、こんな高級品じゃなくてもいいんじゃないの? って突っ込まれる。

 見た目は魔王然としている父ですら、胃に穴が開くこと十五回。

 誰だって魔王なんてやりたくない。

「だいたいそのフリフリエプロン、また新調したんですか!? いくらしたんですか!」

「これは人間界からの贈り物だ! 何故か毎回入ってくるし、使わないともったいないではないか!」

 エプロンのリボン部分が短いため、本来なら結ぶはずなのに、この父は両端にボタンを付けて留めるという、ギリギリサイズで着ているのだ。

 体が大きすぎる弊害だろう。

「エプロンなんて食べられないものを寄越すなんて、人間はなんて意地悪なの!」

「お前は少し食べ物から離れなさい、この子犬たちだって、おとうちゃんが立派に育てるんだからな、食べるんじゃないぞ!」

「ブラッグドッグなんて美味しくないもの食べないわよ!」

 あいつらは煮ても焼いても不味いのだ。昔勝手に食べて一週間反省部屋(地下牢)に入れられたことは今でも根に持っている。

「なんてことを!?」

「とにかく、私は一抜けします!」

「もうお前しかいないんだ!」

 三度離婚している長兄がいるじゃないか。父と違って優男風のドSが。

「顔だけいい長男なんて家計が圧迫されるに決まっているだろう! ダメだ!」

 次男はねっからの文官肌で、早々に魔王にならないと辞退して魔王学園で教師をして自立している。絶対に帰ってこない。

「あいつさえいてくれればと思うが、絶対嫌って言われてるんだ!」

 三男はサキュバスのおねーちゃんたちとイチャイチャするのが楽しくて、魔王になってもいいよ。ただし男は全員死んでねって笑顔で言ったもんだから追い出された。

「おとうちゃんも例外じゃないって言われたんだ! おとうちゃんが息子に殺されちゃうだろう!?」

 四男は行方不明中。自分探しの旅に出ると、十歳の誕生日に家出したあと誰もその姿をみていない。

「生きている気配すらないんだよ・・(涙)」

 五男は柔らかな笑みを浮かべて、メスを持って、君の頭の中が見たいんだと言って夜中いろんな使用人を追いかけまわしたため地下牢に軟禁中。

「あいつはいかん、絶対ダメ、魔王城が血の海になること必須すぎる・・おとうちゃん、あいつが一番怖い・・・」

 かくいう私は、ただ一人の娘だが魔王は女でも構わないらしい。むしろ兄弟の中で一番まともだからぜひ魔王になってくれと人間側から要請が出ているらしい。

 絶対嫌だ!

「人間の王だって、お前なら安心して付き合っていけると思うって言ってくれてるんだ!」

「人間なんかの言うことをきいていいんですか!?」

「でも、新しい料理とか、新しい文化とか、やっぱり人間の方が色々あるし」

 単にミーハーなだけである。

「私は嫌です。絶対嫌です。将来はお金持ちになって、見目の良い旦那貰って、毎日贅沢して生きていくんです!」

「魔王になれば魔界の王様だぞ!?」

「人間より貧乏な王様なんて嫌だああああああああ!」

 私は聞き分けが良くなるまで、五男の隣の地下牢に入れられることとなった。

 解せぬ。


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