花苗と繭子の日常
6月20日。私たちは登校した。隷華女学院中等部1年生で同じA組。選択授業でB組の子と親しくなった。市村郁美は徳島生まれ。父親の安彦が警察官で転勤族なので幼い頃から不本意な転校を繰り返してきた。だが家族仲は悪くなく、母親の玲奈は女流作家。そのせいか郁美に突出したスペックはないが、独自の世界観の持ち主。だが私たちは彼女をムリに誘わなかった。すでに純聖騎士団の人数は足りている。市村母娘が加入すれば私たちは助かるし、エージェント活動だってできるかもしれない。だが仮に郁美たちが参戦すれば彼女たちはエージェント活動ができなくなる。となれば私たちだけ活動に従事するわけにもいかない。「国分太一みたいなヤツはいらない」とハンナは言ったし、ジャニーズ自体がオワコンだと思う。異世界ではあんな記者会見はあり得ないし[誰も悪くないし誰も責任を取らない因循姑息なテレビ業界]は不気味な印象しか残さなかった。これから私たちは忙しくなるし、郁美たちの面倒を見られるかすらわからない。事務員にラインしたら「焦らなくていい」とのこと。私たちは4月にクラス内で友だち作りをせず、出遅れた感が否めない。だがそれは幼稚部からの女子校生活に飽きたからであり、私たちは何かきっかけを求めていた。だが2年前のリタイヤ以来、私たちに青春はなかった。あのひと夏以外私たちは女の子扱いされてこなかった。身長が145センチにまで伸び、バストサイズが80にまで膨らんでもなお私たちは虚しかった。私はザック。繭子はマテウスを忘れたことはなく、彼らが初めての人なのだ。かと言ってバロンに処女を奪われはせず、でも捧げるならばザックたちしかあり得なかった。母親似の私たちはそこそこ容姿に自信はあるが、確信はない。でも12歳の夏は特別な夏になりそうな予感がした。「小難しいことは全部お母さんたちに丸投げしよ?」「そうね」綺麗な動機を娘たちに求めた母親。娘は娘で小難しいことを母親にポーンと丸投げしてしまう。何のことはない。血はやっぱり争えなかった。もちろんまだ幼い私たちに参戦の先なんてわからないが、初めてじゃないし、今度はきっとうまくいくわ。なぜか私たちはそんな気がしていた。すでに郁美がいるし、市村母娘は9月には参戦しているかもしれない。理由は単純。夏服はミニの丈が短すぎるからだが、秋服なら着られる子も必ず出てくるはず。私たちは秋服の露出度の低さに期待した。「まぁムリな子はオールシーズンムリだからね」「でも郁美ならいけそうな気がするわ」私たちは急激な暑さでボーッとしたが、週末には少し気温が下がるそうだ。私たちがムリに誘わなかったのは名古屋の猛暑が気まぐれだから。私たちは昼休みに話し合いを重ねたが、市村母娘は9月以降で充分だと結論づけた。すでに安彦は昇進し、しばらく転勤はなさそう。まずは郁美との関係をより親密にしていけたらいい。私たちはアンチ法華だからアイツラとの差別化を図らないといけないし、ましてや国分太一みたいになったらシャレにならない。[悪い意味での差別化]がテレビ業界の闇の深さなのだろう。タテ社会を志向しない異世界はリアルと全く違うし、そもそもジャニーズみたいな超ブラック会社がない。[ゴミカスアイドルがいないとダメな番組]を作らないから山口達也や国分太一みたいなゴミカスがいない。帰宅した私たちはハンナの事務所で白のセーラーと赤のミニに着替えた。「確かに短いね」「慣れるかな?」事務員も私たちと同じ白のセーラーを着ていたが、紺のミニ。丈も私たちよりもちろん長め。つまり旧夏服。私たちは新しい夏服に慣れないといけないが、ハンナに交代でつき、空いた者が掃除や整理整頓に従事した。2年経っても事務員は変わらず、いまだにローソン100通いを続けていた。最近マックスバリュに行くようになるもセルフレジが面倒くさい。「アレは確かに面倒ね」「現金が使えるの今日気づいたわ」「もっと行けばいいのに」「セルフレジが面倒なのよ」まぁわかるけどね。ビルとマックが来れば私たちはカカシのレッスンを無料で受けられる。彼らは名古屋に常駐する男性エージェントで20歳の幼馴染。実はハンナの幼馴染でもある。彼女も同い年。カカシのレッスンはマジカルキックのフォーム固めやバランスをよくするため左右両足を均等に鍛えていく。マジカルキックは上からのキックであり、私たちの生命線。すると運送屋さんが来た。「見慣れない制服だね」「異世界の制服よ」「異世界!?」「そうよ」彼はキツネにつままれたような顔をして帰ったが、私たちはすかさず[時の間]に行き、魔王さまの肖像画の前で片ひざをついた。私はラモスさま。繭子はロペスさまに完全なる従属を誓うが、儀礼的なものに過ぎない。私たちは彼らの前で片ひざをついたまま近況報告を始めた。私たちは性感帯や生理のサイクルまで赤裸々に吐露した。