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第24話(三学期~決別編最終回) 過去から来る者(後編)

 浴室に湧くカビのように、頭にこびり付いて離れない記憶……奴の存在はカビ、いやそんな生易しいものではない。



 幼少期は楽しい事などひとつもなかった。


 あるのは母からの暴力に怯え、母を恨んだ人達から逃げるためコソコソと生活、住んでいる場所がバレたら母だけ一時的にどこかへ逃げて私は押し入れに隠れ、やがては見つかりまた暴力を……


 忘れたくても一人になるとフラッシュバックしてしまう……その度に苦痛で死にたくなった時も一度や二度ではない。



 しかしある時冴えない男に私の本性を見られてしまい、最初はどうしようもない奴で、利用するだけ利用したら適当な理由をつけて捨ててやろう……そう思っていたが、そいつは努力家で何をしてもついてくるし、私の過去を知っても臆せず歩み寄ってきた。



 それにソイツだけではない。



 裏の顔を知ってもついてくる変態や、最近彼女が出来て浮かれてる熱血バカ、卒業してしまったが今も交流を続けている女装の人、そしてどうしようもない奴の生意気な妹……気が付けば大切な存在が増えていき、次第に過去を思い出す機会も少なくなり、今では一人でいても不安ではなくなった。




 そんな風な日々を送っていたある日、奴は家に来た。


 どうやって住所を知ったのかは知らないが、不用意に玄関を開け、奴の顔を見た時確信する。



 こいつは私達とは"違う世界の人間"なんだ、と……



 パッと見は肩ほどまで伸びた黒髪も、少しは傷んでいるが気にする程度でもなく小綺麗にしているが、目つきが鋭く、身にまとうオーラと言うべきか……危険な奴と思える存在感があり、何かの映画で見たピエロのような化粧をした悪役が、次に何をするかわからない緊張感、それと目の前の奴は同じに思えた。



 私を睨むようにジッと見て一言「ツラを貸せ」としゃがれた声で命令され、昔なら怯えて素直に従っていただろうが今は違う。


「なんの用でしょう、祖母を呼んでくるのでしばらく……」


 家の中に戻ろうとした瞬間、爪が伸びてカサカサした手で腕を掴まれる。


「どこ行くんだよ、逃げる気か?」


 その言葉が私の何かにスイッチを入れた気がした。


「……逃げる? ばあちゃんに出かけるって行ってくるだけだよ、だからちょっと待ってろ」



 こいつとはいつか話をつけたいと思っていた所だった。私の過去にいすわり、時に毒のような記憶を散布し苦しめてきた元凶……ここで逃げずにケリをつけるべきだ。


 おばあちゃんへは「用事ができたので遅くならない内に帰る」と伝え、表で待っていた母の所へ行き、2人だけになれるような場所へ移動することに。




 場所は移り、自宅近くの公園へ。


 ここはあまり広くなく、ブランコや鉄棒などのメジャーな遊具があるだけで、人通りもまばらな場所にあるため、人がいる事が珍しい程の場所だ。



 しかし何かあれば歩いてすぐの所に交番があるので、いざという時はそこに駆け込もう……心の中でそう決めており、この人が何をしてもいいような考えをしていたのだった。


 塗装が少し剥がれた木製のベンチにほぼ同時に腰掛ける。奴は隣にいる私に目線を向けず、正面にある遊具をジッと見つめており、その横顔は妙に落ち着いていて逆に不安感を煽り立てる。


「わざわざ家まで来てなんの用?」


 声が恐怖で震えないよう一呼吸おいてから、落ち着いてはっきりとした口調で彼女へ質問をすると「自分の子に会う理由がいちいちいるのか?」と返答してきた。



 身勝手に育て生きてきた奴に"自分の子"など言われると腹が立ち、今にでも手が出そうだったが、グッと握りこぶしを作って我慢し、ムショでの暮らしを聞くことに。


「捕まってから"向こう"の生活はどうだった?」


「……地獄……いや、私にとっては天国だった……」


 力無く、そして呟くように語る彼女はどこか弱々しく見えた。


「天国? どういうこと?」


「……私は人生を好き放題やって生きてきた。そのツケが回り、男達に追われ自由や安息の地などないに等しかった」


 なるほど、誰からも追われる事がなく安心して生活できるから刑務所の中が"天国"なのかと察する。



 しかし最初に言った"地獄"とは何だったのか……規律に縛られた獄中生活の事を言っているのか、あるいは別の……


「しかし、お前に会えない事が……私には辛かった……」



 色々思考していると思わぬ言葉を耳にして、私の事を心配していたのか?という喜びよりもむしろ逆、怒りの感情が湧いてくる。


「何よそれ……どういう意味……?」


「私は今までお前に迷惑ばかりかけてきた。時に暴力を振るい、時に私に恨みを持つ者に手を出され……そして離れて実感した、お前の大切さを……本当に申し訳なかった……」


 彼女はまだこちらを見てくれず、正面を向いて涙を流している。



 なぜ、なぜ今更謝罪など……謝るくらいなら最初から愛してくれれば良かったのに、守ってもくれなかったくせに離れた途端、大事にしたかったなど言われても、被害を受け長年苦しんできた方はそんな言葉一つで許せるわけがない!



 憤りで気が狂いそうになる……それなのにこの感情は何なのだろう……ひいばあちゃんを殺害し、トラウマを植え付けた元凶が目の前にいるのに、心の底から憎めなくなっている。



 玄関を開けて再会した時は昔のまま、牙をむき出しにし、鋭い爪を持った猛獣のような印象だったのに、今目の前にいる女性は弱々しく、押せば倒れるような……そんなか弱い印象で、刑務所での暮らしがそうさせたのだろうか、はたまた私の事を想ってか……


「今更そんな謝罪聞きたくもなかった……あんたは……あんたは私にとって、いてはいけない存在! それなのにそんな事言われたら……許さないこっちが悪みたいじゃないか! なんで、なんで私の前に出てきて……そんな事言うんだよ……"母さん"……」


「こんな私でも母さんと呼んでくれるのか。ありがとう……」


 こちらを向き、手を震わせながら私の頬に触れようとしてきたので、その手を払い除けると、母は少し驚いた表情をした後、俯きまた涙を流していた。



「私はあんたが憎い、たとえあんたが心を入れ替えたとしても、過去に行ってきた事は許せない……でも、あんたは私を産んでくれた"母親"なんだ。その事実は変わらない……どんな経緯であれ、私の産みの母はあんた。それでいいだろ、もう……」


 その言葉を聞いて彼女は「ありがとう、ありがとう……」と何度も涙を流しながら頭を下げ、感謝の言葉を連呼し続けている。



 なんであれもう過去とは決別できた気がした。



 恨む相手はいなくなったわけではないが、恨み続けるのはやめよう。私には大切な人達がいるから、その人達の為に生きていこう。


「さよなら、"母さん"。もう会うことはないだろうけど……お元気で……」


「……ああ、桜子……お前もな……」



 それが私と母が交わした最後の言葉であった……




 公園からしばらく歩き、交番を少し過ぎたあたりの所に、最近できた綺麗な公園があるのだが、まだ綺麗で汚れていないベンチに良雄が座っていたので、声を掛けると立ち上がって安堵の表情を見せていた。


「いやあ、びっくりしたよ! 急に【母に会った】なんてメッセージ来たから」


「悪い悪い、何かあってもいいように交番近くで母と話すようにして、もし交番に誰もいなかったら不安だったからお前に声掛けたんだけど、ちゃんと待っててくれてありがとうな」


 そう声を掛けると「暇だったから全然大丈夫だよ!」なんて胸を張って言うものだから吹き出しそうになる。



 なんだか張り詰めた糸が切れて、抑えていた感情が溢れ出す……良雄の所へ駆け寄り抱きしめると、最初は戸惑っていたようだが、察してくれたのか頭を撫でてくれた。


 そんな優しい行動をとられ嗚咽するほど号泣してしまい、そんな私を良雄は強くギュッと抱きしめてくれた。


「良雄……怖かった……ひいばあちゃんみたいに……ひっぐっ……殺されるかと……思っだ……うぅ……」


「よしよし、よく頑張ったね」


「うん……もっと褒めて……ぐすっ……」




 いつまでこうしていたのだろう……おばあちゃんには遅くならない内に帰ると言ったのに、辺りは暗くなり、電灯に火が灯っていなければ何も見えないような程だ。


 その頃には涙も気持ちも落ち着いて、良雄に家の玄関前まで送ってもらい、彼が「じゃあまた……」と帰ろうとしたので、袖の部分を掴んで引き止めた。


「どうしたの桜子、何か用?」


「あの……その……えっと……目、瞑って欲しいんだけど……ほら! 目潰しの練習!」


「えぇ、嫌なんだけど……」


「いいから早く目瞑れよ!本当に潰すぞ!」



 彼が渋々目を閉じて直立不動で待ってくれている……


 いつもは照れたり恥ずかしがったりして、なかなか素直に言動に表せないのだが、今の晴れやかな気分であれば正直になれるかもしれない。



 ありがとう良雄、私の……



「まだ……まだ!?」と目を閉じて恐怖している良雄の肩を掴んで軽く唇を重ねる。


 彼はビクッ! と体が反応しており、(ビクッてなってる……ふふっ、面白い……)と内心笑いを堪えながら、そのままじっと唇を重ねていると、彼も何が起きたのか理解し、そのまま受け入れて私を抱きしめる。



「今日は本当にありがとう……お前という存在がいたから母とも向き合えたんだ。前にも言ったがこれからも一緒に、どこにも行かないで私の傍にいてくれ……」


 唇を離し彼の胸の中に収まると、優しく抱きしめてくれて、小さく「わかった」と囁くような声で応えてくれた。



 次は同じ大学へ行けるかの試練が待っている。

 でもこいつなら大丈夫、私が見込んだ男なら必ず……


(三学期~決別編[完])

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