第23話 過去から来る者(前編)
ここ最近は雨が続いている。
それほど勢いのあるものではないが、校庭はぬかるみ、体育祭も今年は中止になりそうだった。
そのせいか、生徒会室で各々仕事をしているが、口数が少なく皆の表情も暗い。
特に桜子の笑った顔を最近は見ていない。
人前ではいつもの"表桜子"状態で誰にでも優しく接し、表情も柔らかい印象を与える彼女だが、最後に笑った顔を見たのは2週間前になるだろうか……
◇
今日の仕事も終わり、火音と共に帰ろうとした時桜子に声をかけられ会長室へ来るよう指示され、少し嫌な予感がしながらも彼女と共に入室、椅子に座ると深刻そうな顔をしていた。
「良雄、前話した母の事覚えてるか?」
「もちろん、忘れるわけないよ。そのお母さんがどうかしたの?」
「ああ、アイツが刑期を終えてシャバに出てきてるらしい」
驚きが隠せなかった……桜子のお母さんは自分のおばあちゃんを殺害し刑務所に入っていたはず。
それが確か彼女が小学4年生の時だから、約7年ほどで出てきた計算になる。
「そんな! 理由が理由なだけに短すぎるよ!」
「私も同意見だがヤツは何か困難にぶち当たった時には悪知恵が働く。そうやって生きてきた人間だ、殺害した理由は金が欲しかったからだが、それまでの生い立ちや私もダシに使って同情を引いたのだろう」
「それで判決で出た懲役が短くなったの?」
「だろうな。殺人罪での懲役は最低でも5年、初犯でムショでの生活も私同様、猫をかぶって生活して模範囚だったのだろう……今はこの埼玉のどこかにいるらしい」
淡々と語る彼女はどこか虚ろな目をして厳しい表情を浮かべていた。
最近暗かったのはお母さんが釈放された事、そして不安な気持ちがあったからなんだと納得できた。
───────
「……これから桜子はどうするの?」
「おばあちゃんはどこにいるか知っているらしいがな。正直町でばったり……なんて想像しなくもないが、怖いし不安なのは確かだ。アイツは出会ってきた中でも別世界に生きている人間だ、私達とは違う……」
「僕になにか力になれる事ないかな?僕なんかじゃ非力で何も出来ないかもしれないけど、それでも君の力になりたいんだ」
自然と言葉が出てくる。
彼女に何かあったら僕は……そう思うと何もしないなんて選択肢はなかった。
その言葉を聞くと彼女は鼻で笑ったように見え、一言「傍にいてほしい」と言う。
「自分で言って何なんだけど僕でいいのかな?」
「お前じゃなきゃダメだ。登下校は家を知られたくないから皆と時間をずらしているが、この問題が解決するまで一緒に、下校の時だけでもいい……途中まででもいいから傍にいてほしい。こんな事頼めるのは私の過去を知っているお前だけなんだ」
こんな事言われて断る人がいるだろうか。
その提案に頷いて、下校だけでなく登校も一緒にすると約束すると、感謝の言葉と共に笑みが零れていたのを見て、この人にはやはり笑顔が似合うと感じた。
◇
翌日から早起きし、自宅から最寄りの駅に行き、電車に乗り彼女の自宅へ。
それから途中まで一緒に登校、学校が近くなったら他の生徒もいるので噂にならないよう解散。
放課後は生徒会の仕事を片付けた後、彼女の自宅までついて行くようにする日々が続き、火音は一緒に登下校出来ないことに文句を言っていたが、事情が事情だけに何とか説得し、気が付けばこの生活を1ヶ月は継続していた。
◇
そんなある日の事、家まで送っていた時に桜子は急に手を繋いできたので様子を見ると、不安そうな表情を浮かべ俯きながら歩いていた。
「大丈夫? 怖い?」
「それもあるけど……毎日のように電車も使って家まで来て登下校一緒にしてくれて申し訳なく思ってて……私、お前の邪魔になってないか、迷惑じゃないか?」
「……桜子、そんな事二度と言うなよ」
語気を強めるように言うと、彼女は珍しく驚いた様子で立ち止まってしまう。
「良雄……?」
「迷惑とか邪魔とか思うわけないだろ! そんな事思ってたら毎日のようにこんな事しないよ! ……大切だから、守りたいと思うから一緒にいるんだろ。またそんな事言ったら次は……そうだな、何しよう……」
途中までは良かったが、何か次言ったら罰を与えようと色々考えたが、全て返り討ちにあいそうなので言えずに戸惑っていると、繋いだ手を離され抱きしめられた。
その手はギュッと握られていて、力強く、そして長い時間抱きしめられたと思う。
「……ありがとう良雄、委員長やおばあちゃんも優しくしてくれたけど、男性にこんな大切に想われた事なかったかも……ずっと一緒にいて……」
「……桜子……悪いんだけどずっとは無理、電車代結構かかるんだよね。家からここまではあんまりしないけど毎日だとねー……」
そんなムードを壊すような発言が彼女の右ボディを誘発した……「ぐっ!」と言う声と共にお腹を抑えると、頬をつけられ無理やり立たされる。
「いいか! 私が一緒にいろと言うんだから黙って一緒にいればいいんだよ! このー!」
「痛いっ! 痛いからやめてよー!」
怒っているのに彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、罰を受けている僕も笑顔になってしまう。
こんな日がいつまでも続けばいい……そんな事を思っていると、彼女の家の近くに女性のような人影が見えた気がしたが、すぐどこかへ消えてしまった。
───────
その時は気のせいか、と彼女を家まで送り帰路に着いたが、数日後桜子からきたメッセージを見て驚愕した。
【母と会った】というメッセージだった……
(最終回へ続く)




