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第21話 私のかけがえのない存在~プロポーズと受け取っていいの?~

 5月になり暖かくなってきた日差しの強い今日。


 新入生が入部して陸上部は盛り上がりを見せていたが、私はその陸上部を去ることにした。



 理由はいくつかあるが、一番は足の具合が良くないことが大きい。


 透との一件以降、全力で走る事ができずタイムも伸びていない……自分が無理したせいでもあるし誰を責めるわけでもないが、悔しくないと言ったら嘘になるだろう。


 このまま陸上部にいてもいいものなのか、タイムより走る事が好きでこの部活にいる子もいるのだから所属したままでいいのではないか……色々考えた結果、私は"退部"の道を選んだ。



 この決断に後悔はない、むしろ陸上に全てを捧げてきた時間を別の事に費やせる。

 気持ちは今の空模様同等、晴れやかな気分だった。



 ◇


 しかし何をすればいいのかわからない。

 朝も透と走って、放課後も部活で走って、休日も暇さえあれば走って。


 思い返せば走ってばっかりでこんなんじゃ足に負担がかかるのは目に見えていた。



 ふとスマホを見ると、正月に生徒会の人達と神社に行った時撮った写真の待ち受けが画面に表示される。


 そこには透と私がくっついて満面の笑みでバカみたいなポーズを決めており、自分で撮ったのにクスッと笑みがこぼれる。


 ───────


 そういえば中学の頃から透の事好きだったんだっけ……最初は熱血バカで人の意見も聞かないし、バカだし、走る事以外何も興味なくて、暑苦しいしバカで……


 でもいつからだろう、そんな彼といる事が楽しくなって、それから幸せになって。


 何も言わずいなくなった時に好意を持っていた事に気が付いて、もう離れたくないから手紙を出して付き合うようになって。



 走る以外私には何も無いと思ってたけど、彼という大きな存在がいる。


 そう思うとそんな大切な人に言葉じゃなく何か形で残したい……でも私は不器用だしプレゼントなんて1人では作れない。


 手先が器用で口が硬そうな人、それにアイツを知ってそうな人物を頭の中の"友人帳"から検索した。



 ◇


「今日は声掛けてくれてありがとう、予定空いてて暇してたから助かったわ。彼に喜んでもらえるような物、一緒に作っていこうね」


 土曜日で学校が休みの日、数回話した程度だったが連絡先も交換していた水谷 ミキさんに連絡してプレゼントを一緒に作ってもらう事に。


 彼女なら生徒会で透と一緒だし、色々手先も器用そうだからと相談したら快く了承してくれた。



 彼女の家にあがらせてもらい、オシャレなテーブルの前に座って彼女と作戦会議をして、透がクッキーが好きだと言っていたのを思い出して、それを一緒に作ることにした。


 彼女は私服の上からピンクのエプロンを身につけているのだが、手際が良くプロみたいで少し見入ってしまう。


「これエプロンね、木下さんに似合うかなって思って昨日用意してたの」


「私のために!? なんか申し訳ないな……青か、私青好きなんだよね! ……ごめん、どう着るの?」


 台所にたった経験などない私にエプロンを手際よく着けてくれて、その姿を見ると彼女は「似合ってる、可愛いよ」と笑みを浮かべてそう言うので照れてしまう。



「木下さんはクッキー作った事ある?」


「全然! 料理とかも小さい時に父さんに喜んでもらおうと思って炒飯作ろうと思ったら、なんかドロドロの"なにか"が完成してしまってそれっきり……」


「ふふっ、可愛らしいエピソードね。お菓子作りって難しいイメージあるけどそんな事ないの、分量が決まってるからそれに沿って作っていけば結構簡単にできるのよ」


 そう言うと冷蔵庫から材料をキッチンに出し、あらかじめ室温に戻すため取り出していたバターの状態をチェックし軽く頷き「始めよっか」と声を掛けてくれた。


 ───────


 レシピ本を見ながら作成しているのだが、思っていたよりも難しくなく調理できるので少し楽しくなってくる。


 全ての材料を混ぜ、手でまとめた後はラップをして冷蔵庫で約一時間冷やす。

 その間彼女とリビングのソファに腰掛け話をして時間を潰すことになった。


「木下さんは鷲尾君の事いつから好きなの?」


「瑞希でいいよ水谷さん。中学の時からだよ」


「それじゃ私もミキでいいよ。私には良さがわからないけど、瑞希ちゃんはどれくらい彼の事好きなの?」


「うーん……正月の時アイツ結婚もどうとか言ってたでしょ?私も同じ事思ってたくらい好き……って言えば伝わるかな?」


「ふーん、大好きなんだね。羨ましい」



 ミキを見ていると大人しそうな見た目だが、どこか不思議な魅力があり、話していても冗談交じりでノリもよく、モテそうなのに彼氏はいないのかと疑問に思ってしまう。


「ミキって彼氏とか好きな人とかいないの?」


「彼氏はいないけど好きな人はいるよ、月島会長」


「えっ!?会長って女性だよね!」


「そう、好きというより憧れに近いのかな。でも私は彼女の一番になれない……そんな想いが私を押し潰しそうになった時もあったけど今は違うの」


「何かあったの?」


「うん、会長を見てて気が付いたの。彼女の一番になりたいんじゃなくて、彼女"が"一番になってくれれば私は嬉しいんだって。彼女が幸せなら私はどうなってもいい、たとえ誰と付き合おうがどんな道を選ぼうとも……そう思ってる」


 "好き"と一言で言っても色々な形があるのか。


 私みたいに好きな人の一番になりたいと想う気持ちもあれば、好きな人が幸せなら自分はどうなっても構わないと思える気持ち……でも私は不器用だから後者は選べない。好きなら一直線、彼の一番に……


 そんな想いをクッキーの形に込めた、ハート型に。



 ──────────────


 ───────


 その後綺麗にラッピングしてもらい、その足で彼の家へ急いだ。


 今は万全の状態ではなく、あまり無理しちゃいけないのに自然と足が走る事をやめない。



 そして彼の家の前に到着し、息も整わないままチャイムを押す。


 すぐに扉が開き、ラフな格好をした彼が姿を現した。


「瑞希じゃん、どうしたんだ息切らして」


「えっとね……クッキー作ったから……食べてもらいたくて……」


「まじかよ!? まあ、とりあえずあがれよ」



 ◇


 案内され2階にある彼の部屋へ。


 部屋に入るのは初めてで、陸上部時代に貰ったトロフィーやブランド物のシューズが飾ってあり、男の子の部屋って感じがして私は好きだった。



 下から飲み物を持ってきてくれたので一緒にいただいて、彼は私が渡したラッピングを丁寧にはがすと、ハート形のクッキーを口に入れ咀嚼している。


「お、めっちゃうまいじゃん!才能あるぜ瑞希!」


「ミキと一緒に作ったからうまくできただけだよ。でもお口にあったようでなにより」


「気になってんだけどこれハートばっかりだな。型これしかなかったのか?」


「それは私の気持ち、好きって事」


「ふーん、俺もお前のこと好きだから嬉しいや!」


 透の好きなところはいくつもあるけど、特に好きなのは私にストレートに愛を伝えてくれる所。


 この言葉だけで私は充実感で満たされてしまう。



 ◇


 しばらくして、クッキーを食べ終わり満足そうな彼に陸上部を辞めた事を伝えると、目を丸くし驚いていたので、足の具合が良くなく、続けてもいいタイムが出ない事、そして今まで走り続けてきたから少し止まって色々な事をしたいからと理由を説明すると、全ては納得はしていないが大体は納得した、そんな表情を浮かべていた。


「それで自由になった時間、バイトとかしたり、透といたい。朝のランニングもしない予定だけど、一緒に登校したい。私には走る事しか能がないけど、それでも私と……」


 俯き加減で話していたが、ふと顔を見上げると透が近くにいて、ギュッと抱きしめて頭をなでてくれていた。


「透……?」


「バカだなお前、いいに決まってんじゃん。そんな事頼まれなくても俺がお前の所行って全部やる予定だったよ。俺はお前とずっと一緒にいたい、高校生活だけじゃなく、社会人になってもずっとだ」


「……それってプロポーズと受け取っていいの?」


「ああ、いいぜ。俺バカだけど就職してお前の事幸せにするから、だからどこにも行かないでくれ」



 私は彼の言葉に静かに頷き、抱きしめ返した。

 彼の香りがする……できればずっとこのままでいたい……ずっと……

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