第2話 舎弟誕生!~おい、腹減ったからパン買ってこい!~
埼玉県鴻巣第一高等学校は普通科のみ存在し、全生徒が約1000人在籍している、県内の学力が高い学校トップ3に入る高校である。
僕がこの高校に入学出来たのもたまたまで、推薦入学と言う受験をせずに面接と通っていた学校側の評価で入学させるか決めるもので、中学の先生からもなぜか評価されていたのでダメ元で利用してみたら見事合格となったのだ。
入学した時はこんな凄い高校に入れるなんて嬉しい!と思っていたが、いざ入学すると学力の高さやレベルが違く、今はみんなに置いていかれないよう必死に勉強をしている。
そんな学園生活の中で僕が一目惚れした人に呼び出されている。
昨日、あの姿を見る前までなら呼び出されて嬉しさ方面の緊張があっただろうが、今は何をされるのかわからないと言う恐怖方面の緊張しかない。
【生徒会長室】と書かれてある扉をノックし自分の名前を名乗ると、中から「どうぞ」と優しい声色で入室を促される。
引き戸を開き部屋に入ると、中は木目で出来たオシャレなデスクと革製の高そうな黒い椅子があるだけだ。彼女は満面の笑みでその椅子に座って何か書き物をしていたのか、左手で紙を押さえて右手にボールペンを持ったままこちらを見てくる。
鍵を閉めるように言われ鍵を閉めた時、彼女から左手でこっちに近付いてこいと合図された。
「約束通り、昨日の事は誰にも話してねぇな?」
先程の笑顔から一変し、眉間に皺を寄せ睨んでくる。
僕が頷くと一言、よし。と言うと右手に持っていたペンを置いて立ち上がると、デスクの上にあった鴻巣第一新聞をこちらに手渡してきた。
鴻巣第一新聞とは、新聞部が月3回程度発行している校内向けの新聞だ。
内容としては主に各部活で注目されている選手のインタビューや学校で話題になった事の調査、号外として文化祭や体育祭を特集し、1階の掲示板に月曜日張り出している。
学校側からの指示なのか、堅苦しい文体に華のないレイアウトは見る人ほとんどが、この校内向けのやつ人気が無さそうと感想が出るだろうが、この新聞は生徒達に大ウケし人気になっている。
なぜか、それはA4サイズ4枚ほどで作成された新聞の最後のページは、さまざまな校内でのランキングを掲載するものとなっているのだが、そのランキングは生徒達が投票し結果が出るのだ。
例えば、僕が入学して最初にあったのは
【今年の一年生で注目している生徒は?】
で、生徒達は校内新聞の端に印刷されているQRコードを読み込み、専用のサイトから誰がいいか選んで投稿する。
ちなみに結果は、中学時代も変わらず完璧な美少女と言われていた月島さんがダントツで1位だった。
なぜこれを渡されたか不思議に思っていると、月島さんがデスクの後ろにある窓の外を見ながら説明してくれた。
「鴻巣第一新聞の校内ランキングで私が入学してから1度たりとも私以外が1位を取ったことがない。まあ、そりゃパーフェクトな私以外絶対に1位取る事はないだろうが、問題は次の話題に関してだ。
次のランキングは貢がれ度…つまりどれくらい他人から奢られたかをランキングにするみたいだ。
集計方法は、校内にある購買に売ってあるものを他のやつから貢がれた場合、もらった方は証拠となるレシートか貰ったものをカメラで撮り添付しサイトから申告する。
今は火曜、土日は学校は休みで、その休み中に新聞部のヤツらが集計し月曜日には掲示板に結果を貼るから、実質今週の金曜日までが勝負だ」
そこまで言うと彼女は無表情の顔をこちらに向けて言い放った。
「てなわけで…おい、腹減ったからパン買ってこい!」…と
なんで僕がそんな事をしなければならないのだ。
そんな思いが表情に出てしまっていたのか、僕の顔を見た彼女は制服にしまっていたスマホを取り出し、音声を録音出来るアプリを起動し「買ってこなければ…」と小さく言い録音ボタンを押した。
「いやっ、何するの良雄君!?痛い!やめて!!乱暴しないで…きゃっ、そんなところ…いやあぁぁぁぁぁ!!!」
録音終了ボタンを押し、迫真の演技を披露した彼女は意地悪く笑っている。
「買ってこなきゃ良雄君に酷いことされたと吹聴し、これをばら撒く。それが嫌ならさっさと買ってこい!」
気が付くと生徒会長室の近くにある購買に猛ダッシュしメロンパンとコーヒー牛乳、カスタードのない滑らかなプリンを買って彼女に献上していた。
そんな日が金曜日まで続き、購買の人からは、いつもありがとうございます。と声を掛けられるぐらい買い物をしていた。
金額にして1万近く使っただろうか…
僕の財布から渋沢栄一がいなくなり、北里柴三郎も去っていきそうになっていた。
僕の苦労も知らず、彼女は貢がれて体重が少し増えたと同じ生徒会のメンバーに言っていたそうで、もう関わりたくないと心のそこから思うのであった。
彼女が優雅に登校してきた。
月曜日になり、掲示板に校内新聞が貼られており、その場には多くの生徒が集まっており、貢がれランキングが月島さんだった事、そしてその金額が5万を超えていた事を話題にしていた。
そこに何食わぬ顔で通りかかる彼女は笑顔で、皆の前で「これも皆さんのおかけです、ありがとうございました」と一礼し拍手と歓声が沸き起こっていたのを、僕は遠くの方から唖然とした表情で見ていた。
その日の放課後に生徒会長からお呼びがかかり、再び生徒会長室へきていた。
偉そうに座る彼女は登校用のバッグから茶封筒を取り出すと僕にほらっ、と渡してきた。
その茶封筒には【鼈 良雄様】と綺麗な文字で書かれており、中身は僕が貢がれランキングに協力したレシートとその額ピッタリの金額が入っていた。
彼女の目的はあくまでランキング1位であり、奢られることではなかったのだと感じていると、次も頼むと聞こえた。
…聞き間違ったと思ったが、そうではなかった。
「今回は正直お前のおかげもあったかもしれねぇ、2位の相川とは1万ぐらいの差だったしな。
お前みたいなやつでもすこーーーーーしは役に立つ…だからこれからもよろしくな、スッポン!」
スッポン…?
意味がわからず戸惑っていると補足説明をしてくれた。
「あぁ、お前の苗字って【鼈】だろ?これスッポンって読む事も出来るからお前は今日からスッポンな!」
「ス…スッポン」
膝から崩れ落ちまた唖然としてしまう僕を見て無邪気な笑顔で見ている彼女。
その顔は綺麗で少し意地悪く子供のような表情で、それを見た僕は少しだけ…ほんの少し、雀の涙ほどだが無くしていた彼女への好意が蘇っていた。