外伝1.ストーカーと変態の邂逅
500PV記念です。
お兄ちゃんは最近いい事があったようで、学校であった出来事や休日に友人とどこに行ってきた、など私やママに話す事が多くなった。
きっかけは先日の雨が強く降った日で、パパの出張騒ぎで家族皆バタバタしている最中の出来事。傘もささず外に出たので私は心配になり、傘を持って後を追いかけたが途中で見失ってしまった。
諦めたくはなかったが、ママからこんな土砂降りの時に外に出てないで早く家に戻ってこい!とメッセージが来たので、渋々帰宅しお兄ちゃんの帰りを待って、夜7時程にやっと帰宅してきたので玄関まで私は出迎えた。
「お兄ちゃんおかえり! 傘もささないで出ていったから心配したんだよ?」
そう言いかけた時、私はある事に気がついた。お兄ちゃんから"あの女"の香りがする……
私達が使用している安物とは違う、例えるなら"白梅香"の香りにも似たあの野蛮で腹黒な女と同じ香り。
それに雨の中走っていたのに、着ている服は綺麗に乾いているし、服からも柔軟剤の香り、これも家で使用している物と違う匂いがする。
これらの現象から導き出される結論はひとつ……
雨の中出かけたのはあの女に会うため、雨に濡れた為そこで風呂に入り服も洗濯してもらった……その間お兄ちゃんは裸で、あの女はそれを見てお兄ちゃんと、お兄ちゃんと……
怒りや憎しみ、今まで生きてきた中でこれほどそれらを感じたことがあっただろうか。
その感情を表に出さずに、どこへ行ったのか聞いてもはっきりとは答えないからまず間違いない、これはあの女と何とは言わないが何かあったのだ。
こうしてはいられない、今回起きた件は私の監視の目が甘かった事も関係しているから、より一層お兄ちゃんを守る監視の目を強めなければ……
◇
そして場所は移り秋葉原、私は今隠しカメラなどのグッズを販売している店の前にいる。
以前はネットでこの店舗から購入していたが、私が留守の時に荷物をママが開けようとした事があり、その時は間一髪間に合ったのだが、中を知られれば使用用途を問われるのは必須。これを"正義"の為に使用していると言ってもママは信じてはくれないだろう。
ならば直接店に行こうと考えてここまで来たが、店の場所が路地裏にあり店内照明も暗く、女性一人では入りにくい雰囲気があり中々入店できずにいるのだ。
折角ここまで来たが別の店を当たるかと諦めかけたその時、店の中に見覚えのある顔がいた。
あの女性は確か私のスマホフォルダ【お兄ちゃん観察ファイルNo.251】、下校時を観察しようと撮影した時に写っていた女性だ。
確か名前は水谷 ミキ、私の一個上でお兄ちゃんと同じ生徒会に入っている女性で、大人しそうな印象を持っていたが何故こんな店に彼女が……いや、それを考えるのは後だ、彼女に声を掛け一緒にいてもらえれば幾分かはましになるだろう。
そう決心し入口の自動ドアから店の中へ、そして一目散へ彼女の元へ向かった。
◇
「あ、あの間違ってたらすいません、お兄ちゃん……鼈 良雄のお友達の方ですか?」
店に入る勇気よりも、特に付き合いもない人に声を掛ける方がよっぽど勇気が必要だった事に今更気が付いたが、もう後には戻れなかった。
「そうですけど、そのお兄ちゃんって……あ! もしかして良雄さんの妹さん? 話しは聞いていたけど可愛い人ね」
『可愛い人ね、可愛い人ね、可愛い人ね……』
心の中で何度もリピートされるこの発言、間違いない……この人はいい人だ!
褒められた事が嬉しかったり、お兄ちゃんが私の事をそんな風に紹介してくれているなんて……としばらく法悦に浸っているような表情をしていたが、本来の目的を果たさなければ、とカメラや録音器具が必要な適当な理由を説明し、一緒に店の中を見て貰えないかと相談した所、彼女も今回が初めて店に来たようで一人だと心細かったと言ってくれて私のお願いを快く承諾してくれた。
◇
今回必要なのはカメラで、前にくるみ割り人形に仕込んだカメラは初期不良があったらしく長持ちしなかったので、今回はデジタル時計の中にカメラが内蔵されてある物を購入しようと実物を見に来たのだが、値段は2万円と少々高く、少し日和ってしまったがこれを購入。
ミキさんはボールペン型のカメラを購入し店を出たのだが、今回ゆっくり品物を吟味出来たのは彼女のお陰でもあるし、近くの喫茶店でご馳走したいと言うと彼女は笑顔で頷いてくれた。
──────────────
───────
喫茶店は少々混んでいたおり、少々肌寒かったがテラス席を取り私はホットのココアを選び、ミキさんはアイスティーを飲んでいた。
「今日はありがとうございました。ミキさんはあの店来るの初めてって言ってましたけど、防犯とか自衛の為ですか?」
私がそう言うと彼女はさっきまでの笑顔とは違う、どちらかと言うと不敵な笑みを浮かべ答えてくれた。
「ううん、私好きと言うか尊敬してる人がいるんだけど、臆病だから自分がどうしたい、とかその人に言えないからこんな手段しかとれなくて……」
そう言うとミキさんは手にしていたスマホの画面を私に見せてくれたがそこに写っていたのはあの女だった。
しかも学年が違うのに授業中の月島の写真や着替え途中の写真、極めつけは自宅で寛いでいる彼女を明らかに外から撮影したものなど様々だった。
「写真撮るの大変だったんだ……授業中のは具合悪くなったって授業抜け出して他の人に見つからないように撮って、会長の自宅はもちろん知ってたんだけど、普段見せないような自宅で寛ぐ会長を撮りたくてカーテンを開けるのを外で待っててようやく撮ったの。これ一番いい表情してるでしょ? 他には……」
「ちょっ、ちょっと! 色々言いたいことありますけどこれってれっきとしたストーカーじゃないですか!」
「うん、ダメなの?」
悪びれもせずキョトンとしたような表情で回答するミキさんを見ていると、大人しめなイメージだったのが恐怖に変わっていったが、それと同時にこの写真良く撮れていると感心してしまう。写真に写っているヤツは嫌いだが……
「火音ちゃんも同じようなものでしょ? その時計自分の防衛とかで使うものじゃないくらいわかるわ、相手を何時でも見られるよう観察したいんでしょ?相手はわからないけど……良かったら私が"監視"してて一番緊張と興奮をした事、教えてあげましょうか?」
ニコリとしているが目が笑っていない……この人は間違いなく"ストーカー"であり"変態"なのだが、他の人にはない尊敬している人を近くで守って行きたいと言う強い信念は感じ取ることができ、それは私も同じようなもの……一人であれこれ試行錯誤してたけどこの人となら新しい何かができるかも。
熟考したあと静かに彼女の問いに頷いた。
◇
お兄ちゃんの声が聞こえる。
誰かと通話している……受話器から微かに聞こえるその声はあの女か……大丈夫、二度とあんな事をさせないように私がお兄ちゃんを近くで守るからね?
心の中で何度もそう呟き、そして改めてミキさんに感謝していた。
ここなら隠しカメラなんて買う必要もなかったし、盗聴の類も必要ないし滅多に見つからない。
強いて言うなら顔が見えない事だがそんな事はどうだっていい、今は誰よりもお兄ちゃんの近くに居られるのだから……毎日いたいくらいだが部屋に私が居ないと怪しまれる可能性があるから週1回ぐらい……いや3回は大丈夫かと考えていた。
お兄ちゃんの"ベッドの下"で……




