3年で離縁予定だった妻が気になる
目を開けるとそこは寝室だった。
そして、「レ、レイド様。よかった・・・!」と私の手を取って、赤い瞳から涙を流す金髪の女性がいた。なんて美しいのだろう。しかし・・・「あなたは誰ですか…?」
***
私は、レイド・エンブルム侯爵、王立騎士団の副騎士団長を務めている。父が亡くなり、侯爵の爵位を継いだばかりだ。隣国との戦のため出征していたが敵軍の襲撃を受け、将軍をかばった際に怪我をし、3日程生死をさまよっていたらしい。
ただ、頭を打ったのか、この赤い瞳の美しい女性のことがわからない。誰なのか聞くと、カレンと名のってくれたのだが、思い出せない・・・。ただ、すごく疲れているようだ。隈もひどい。
その時、「レイド!」と黒髪の女性が入ってきて、私に抱きついた。
「痛っ」
「あ、ごめんなさい、レイド。でも目を覚ましてよかったぁ!あたしが治癒魔法かけたんだよ」そうなのか・・・ってこの女性も誰だ!
そこに執事のバイデンが入ってきた。バイデンは覚えてるぞ!
「バ、バイデン!ちょっと話があるのだか、2人になれないか」
「承知しました。カレン様、ミナミ様、まもなく医師も到着しますので少々席をはずしていただけますか?」
「えー、せっかく起きたのに!」
「申し訳ありません」
「はーい」「失礼します」女性達が出ていった。しかし、ミナミという女性は…自由奔放な女性なのかな。
「バイデン、あの二人の女性はだれなのだ?」
「はい?どういうことで…」
「あ、いや、あの二人のこと思い出せなくてな。頭でもうったのかな…」
「なんと・・・。カレン様は現時点では奥方様です。ミナミ様は、3年ほど前に異世界から召喚されたこの国の聖女様です。しかし、2週間ほど前、旦那様が戦いに行かれる前に急に当家に連れていらっしゃいました。丁重にもてなすようにと。それ以外のことは聞いておりません。ミナミ様がちょうどいてくれて本当に助かりました。重体の旦那様に治癒魔法をかけてくださったので。カレン様は、その後の看病をつきっきりでしてくださいました。」
なるほど。通りであの赤い目の女性は隈がひどく疲れていたのだな。申し訳ないことをしてしまった。礼を言わなければ。というか、聖女だったのか先程の女性は。聖女のイメージが崩れるな。
「・・・気になることはいっぱいあるのだが、まず『現時点では』で、のとは?」
「旦那様とカレン様は結婚いておりますが、3年での離縁を予定していました」
「は?」おいおいおいどういうことだ。
「今月末がちょうど3年目になります。離縁届けの記入はすでに終わっており、あとは提出するだけとなっております」
「子供はいるのか」
「・・・旦那様がカレン様と床を共にしたことは一度もございません」
「は?」
「白い結婚ということです」
「・・・分かった」いや、分からないことばかりだよ、私はなにをやっていた?
すると、扉の向こうから人の声が聞こえた。「医師が到着したようです。私は一度下がります。扉の前に護衛が降りますので、何かあればお声かけください」と、執事は部屋を出ていった。
その後バイデンが再び戻ってきて、医師の診察を受けた。もう少々療養は必要だが、大事はないらしい。記憶については、大けがによるショックのため、一時的に記憶に異常が生じたのでは、とのこと。あの女性達のこと以外は特に忘れていないようなので、生活上支障はないと思うが・・・。
「レイド~!記憶がないんだって?」ミナミという女性がまた急に訪ねてきた。
「申し訳ない。しかし、君は聖女と聞いている。この屋敷に来た理由は分かるか?」
「え、結婚でしょ?」
「結婚?!誰と誰が?」
「あたしとレイドが」
「は!?私は結婚しているということだったが」
「私のために別れるんでしょ。カインとずっとあたしのこと取り合ってたんだよ~。幸せになろうね♡」
「!?カインとは第二王子・・・」
「カインは隣国に婿入りすることになっちゃったからね~」
たしかにカイン殿下は先日そう決まったはずだ・・・しかし、殿下とこの女性を取り合っていた??記憶がない。確かに学園では殿下とともに過ごさせてもらったし、友人といっても過言ではないのだが。
私はあの美しい女性を3年もほったらかして恋にうつつを抜かしていたというのか・・・。
「・・・少し一人にしてくれないか」
「え~もう。まぁ身体も大事だしね。また来るね~」・・・聖女と聞いたが、私は本当にあの女性を好いていたのか。信じられない。3年前に召喚されたと聞いたが、3年もあれば淑女教育も多少は身についていると思うのだが全くできていないようだが。
「バイデン」
「はい」
「カレンという女性とも話を聞いてみたいのだが・・・」
「カレン様ですね。承知しました」
「・・・バイデン、気になっていたのだが、普通『奥様』と呼ぶのでは・・・」
「カレン様より、将来離縁予定なのだから名前で呼んでほしいと申しつかっております」
「・・・私はカレン殿にどう接していたのだ」
「カレン様とは最低限の会話以外交流はありませんでした。先代がなくなってからは会話をしたことは全くと言っていいほどないかと」
「なんと・・・」
「・・・旦那様はミナミ様を想っておいででしたので」心なしかバイデンの視線が冷たい気がする。「では、カレン様を呼んでまいります。少々お待ちください」
私はなんて最低な男なのだろう。自分勝手に3年もカレン殿の身を縛っておくなど。
コンコンコン「カレンです」
「入れ」
「失礼いたします」あぁ、金髪に赤い瞳、やはり美しい。所作も美しい。なぜこのような女性を放っておいて・・・。
「あの、レイド様、お話とは・・・?」
「少々記憶があいまいなところがあり、カレン殿にも話を聞きたく・・・。あの、私たちは離縁予定だったと聞いたのだが」
「カレン、でかまいません。3年前の婚姻の時にそう決まっております。あの、出ていく準備はすでに済んでおりますので、もっと早めにということでしたら・・・」
「そうではない!」
「・・・申し訳ありません」
「いや、大きな声を出して悪かった。では、カレン・・・恥を承知で聞くのだが、なぜ私はそのような条件を出したのだろうか」
「ミナミ様に永遠の愛を誓っているからとおっしゃられていました」
そんな・・・。私は馬鹿なのか!永遠の愛など・・・。
「カレン、今更ながら謝罪させてほしい。そのような自分勝手な理由であなたを3年も縛ってしまったこと。あと、看病をしてくれたこと礼を言う」
「いえ、そんな。ミナミ様が治癒魔法をかけてくれたから旦那様は回復されましたし、私はなにも。レイド様が目をお覚ましになって本当に良かったです」
・・・謙虚だ。そしてこの笑顔も美しい。
「あの、状態が落ち着くまで離縁は保留にしてもらえないか・・・?」
「え、あの・・・それでよいのですか?」
「そうしていただけると助かる」
「わかりました。では、お体も心配ですし、私は下がります」
「あ、あぁ、ありがとう」
さすがに記憶がないと大っぴらにすることはできないが、団長や親しい者に話を聞いてみよう。なにかわかるかもしれない。というか、カレンと別れたくないのが今の私の正直なきもちだ。
***
「・・・記憶がなくなってるのは予定外だけど、なんかレイド魔法解けちゃってる気がするな。せっかくレイドが王宮から出してくれて、駆け落ちみたいでドキドキしたのに~。もう一回レイドに魔法かけないと・・・」
ミナミは爪の指をかみながら怪しく微笑んでいた。