【番外編】古の馨
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
古美術、骨董品、その様な物に大層な興味を向けていた。けれども身分は一般市民。その様な物を請け負って、面倒を見ることなど出来やしない。相手は如何せん、富と財が掛かる箱入りのお嬢さんなのだ。故、彼女は文化系の博物館に頻繁に訪れて、延々と、延々と、眺めていた。まるで窓越しに、懇願する様に。
今日も今日とて彼女は目の前にある能面に視線を注いでいた。うっとりと視線を溶かして、恋でもする様に。それでも無表情に一辺倒の面の表情が変わる訳ではない。
娘の面、老女の表、異形の表、その時の表情を木に固定させ、動けなくさせた代物達。職人が懇切丁寧に撫でて掘り出した品々。女はきっとその裏側にある思いさえも浮き彫りにさせているのだろう。
「いいね。とても」
彼女はただ感嘆した様に吐息を漏らした。其の色っぽい仕草に此方も息を飲む。
「好きなのか? 能面が」
「いいや? ……いいや……」
ふと、我に帰ったように視線に光が灯る。それから理性的な足取りで、次のエリアに向かった。水墨画のエリアだった。並ぶのは淡く、繊細な日本画。見ていると、画中と現実の境が曖昧になりそうな独特な空気がある。女はそれにも慈しむ様な視線を向けたあと、此方に向き直る。
「私はね、単独で古美術、骨董品を渡されても、そこまで目を光らせないよ。だからそれらが好きと表現するには些か語弊がある。強いて言うならば、この博物館の持つ空気が好きなんだ。反響して溶け落ちる人の声、古く甘い歴代の匂い、そうして微睡む程に愛玩する温度。全て、全て心地好い。そうして、私が大好きな小説の一幕に紛れ込んだ気持ちになる」
それからまた目の前の水墨画に目を向ける。俺も同じ様に目を向ける。そう言えば、と思う。彼女から借りた本に、水墨画が出てくる話があった。水の波紋の動き、飛び立とうとする鷺の羽音。それらが全てこの眼前の掛軸に書き表されている。
「あぁ……」
思わず感嘆を漏らすと、彼女が微睡むように此方を見据えていた。
「君と同じ景色が見れて、私は僥倖だね」
幻想奇譚の番外編です。
渡が主人公じゃないところと、場面描写云々よりも美学が語られているので。
物を書く時に一番大切なのは、周りの環境だと思ってる人間です。
どんなに想像しても、それに環境がそれに沿わないと乗らないと言いますか。
上手く書けないと言いますか。
だからあえて浸って書くことにしました。
日常感溢れる中に掛軸飾っても浮いてしまう様に、周りの空気、環境も含めて古美術だと思うんですよ。
だから博物館が好きです。
環境も含めて好きです。
空気ぶち壊す台詞を入れようと思って躊躇ったので、ここで供養します。
「彼奴ら箱入りのお嬢さんだからさぁ。あ、分かる? 深窓の令嬢。部屋の奥深くで、温度と湿度で『可愛い、可愛い』、蝶よ花よと育てられないと生きていけないからさぁ」