由緒正しき無力系ヒロイン(最強)
アナスタシア・メロディナートは、由緒正しきメロディナート王国のお姫様だ。
優雅で上品に可憐な世界で一番の美しさに、慈悲と愛情に溢れた世界で一番の優しさを兼ね備えた、正に理想のお姫様なのである。
そんなアナスタシアには、秘密があった。
「暇だわ。ラノベ読みたい……」
地球からの転生者なのである。
そんな彼女の前世の趣味は、読書であった。
とりわけ、現実と異なる世界でのファンタジーなジャンルを好んで読んでいた。
ハーレム、逆ハー、チート、復讐、魔法、剣、その他諸々の要素が盛り込まれたラノベも勿論、読んでいた。
そんな彼女には、自論がある。
ヒロインは、無力であるべきだ。
戦う力などもってのほか、ましてや、癒しの力すらもあってはならない。
ただひたすらに、か弱く清純で、庇護欲をそそられる小動物のような女性であるべきだ。
そう例えば、初代竜の冒険の魔王に攫われ、中途半端な洞窟に閉じ込められていたお姫様のような!
あるいは、なぜか配管工が英雄視されている国のいつも大魔王に攫われる桃色ドレスのお姫様のような!
そんなヒロインこそ至高にして、由緒正しき真のヒロインなのである。
そんなヒロイン懐古主義者な彼女は、転生先がお姫様であることを知って、ヒロインになるべく努力した。
美貌を磨き、知識を吸収し、信仰に励み、しかして、何の力も身に付けなかった。
武力も魔力も知力も、およそ力とされるものの全てを、魅力を除き放棄した。
そんな愛されるだけの存在と化した彼女ではあるが、現実は残酷だ。
国民人気も高い彼女は、国内外問わず誘拐、暗殺、政略結婚の注目の的なのである。
仕方なく、彼女は護身術を身につけている。勿論、周囲には隠している。戦えたらヒロインじゃないので。
彼女は、夢見る乙女なのだ。主人公様を待っているのだ。
「誘拐されてみようかしら?」
アナスタシアの呟きを拾う者はいなかった。
……
力強くも荒々しい破壊音が響き渡る。
破壊されたのは、王城を構成する壁の一部だ。
「姫君は何処だね?」
台詞だけは紳士的に、禍々しい魔族の男が威圧的に問い掛けたのは、運悪くその場に居合わせた使用人だった。
使用人は、恐怖のあまり声が出ない。かと言って、気絶することもできなかった。
「ふむ?知らないのかね?では、死ね」
魔族の男は、ごく自然な動作で、使用人の心臓目掛けて貫手を放つ。
使用人の絶命が確定したかと思われたその時、使用人を守るように剣撃が飛び込んでくるのを、魔族の男は視界に捉えた。
動揺無く、魔族は貫手を取り止め、剣撃の対処に動いた。
響くは、鉄剣と素手がぶつかり合ったとは思えぬ金属音。
一合の後、退く魔族の男。剣撃の主は、使用人を守るように位置取った。
「ふむ?魔動鎧か?」
魔族の男の発言の通り、剣撃の主の正体は中身無く動く鎧であった。城のインテリアとして配置されていた警備用魔動人形だろう、と魔族の男は結論づける。
「ひやぁああ!?魔族!?魔族だー!!?!」
一時の膠着の中、いくらかの落ち着きを取り戻した使用人が悲鳴を上げて走り去っていった。
「ふむ、面倒な」
魔族の男は溜息とともに言った。
魔動鎧は、そんな様子を斟酌せずに侵入者を排除すべく襲い掛かる。
「ぬぅ!?」
激しく叩きつけられる剣撃の嵐に、一歩また一歩と後退を余儀なくさせられる魔族の男。
「っ!人形風情が舐めるなぁ!」
トドメとばかりに一瞬の溜めに移る魔動鎧の隙を、魔族の男は的確に突き刺した。
魔力を纏い、衝撃波さえ伴う渾身の貫手が、魔動鎧の頑強な胸板を凹ませ、後方の壁さえも破壊して吹き飛ばす。
「きゃあああ!?」
壁の向こう側から聞こえてきた女の悲鳴。その声音は、甲高い悲鳴でありながら、小鳥たちの囀りの如く可憐にして庇護欲を刺激する美しさを備えていた。
「何事ですか、殿下!?」
壁向こうの扉から、部屋の主人の護衛であろう騎士が飛び込んでくる。
「ほう、殿下と呼ばれ、悲鳴でさえもこの美声。失礼、貴女様が絶世の美姫と名高きアナスタシア・メロディナート殿下でございますかな?」
「な!?魔族だと!」
壁に空いた穴より堂々と登場する魔族の男。その姿に、騎士がアナスタシアを護るべくすぐさま動いた。
「殿下!お下がりください!」
アナスタシアと魔族の男の間に立ち、護衛としての役目を全うしようとする騎士。職務に忠実な彼の勇姿を、アナスタシアは見ていなかった。
(わ、私の作品が!?丹精込めて作った魔動鎧のリッちゃんがベコベコに!?)
何を隠そう初めに魔族の男に対処した魔動鎧は、アナスタシアが用意した護身具である。夜中にこっそりと抜け出して、コツコツとありとあらゆる魔道刻印を施したこの世界における最高級品に匹敵する代物だ。
ただ、元々は王城のインテリアでしかなかったハリボテである。実戦仕様の鎧と違って厚みがなく、耐久性はほとんどなかった。それを無理やり強化して、魔族の男と戦えていたことはアナスタシアの魔道刻印に対する知識と技術に驚嘆するしかない。
渾身の作品を壊された衝撃から立ち直り、アナスタシアは健気さを醸し出しながらも魔族の男をキツく睨め付けた。
「何故、このようなことをなさったのですか?(リッちゃんを壊すことないじゃない!?)」
「ふむ、我が主人の命により、貴女様をお迎えに上がった次第でございます」
「……それだけのためにここまでのことをしでかしたのですか!?(さっさと迎えに来いや!何、リッちゃんで遊んで壊しとんねん!)」
「ふむ、お噂に違わずお優しいことだ。であるならば、わかりますな?これ以上の犠牲を出さぬためにどうすればよろしいのか」
「はい、私は貴方に従いましょう(まったく、ちょっとした暇つぶしなんだからさっさと誘拐してよね)」
魔族の強襲から民の安寧を護るべく自らを犠牲にするヒロインの図である。アナスタシアの内心はともかくとして。
少なくとも、背景と化している護衛の騎士くんは感動している。
「で、殿下!ご安心ください!この私がこの魔族を討ち倒してご覧に入れましょう!」
「おやめ下さい!これで良いのです!(アンタじゃ負けるから!そもそもこれ私の仕込みだから!)」
「大丈夫です、殿下!行くぞ、魔族!」
「騎士様!(あんのバカぁあ!?強化魔術を隠蔽式で掛けるこっちの身にもなれヤァ!!)」
馬鹿正直に突進する騎士くん。それを迎え撃つ魔族の男。そして、内心で悪態を吐きながらも魔力を練り上げるアナスタシア。
「ふむ、遅いな」
騎士の上段からの剣撃を、魔族の男は一瞥しながらそんなことを呟く余裕まであった。
剣撃が魔族の男に到達する前に、魔族の男は騎士の懐に踏み込んで掌底を騎士の土手っ腹に叩きつけた。
「ぐぁ!?」
しかして、苦痛の声を上げたのは魔族の男であった。
「覚悟!」
騎士の剣撃が、魔族の男の頭に直撃する。
「ぐぼっ!?」
情けない声を上げながら床と接吻する魔族の男。その片腕は、あらぬ方向に曲がり骨折しているようであった。
「騎士様!殺めてはなりません!(くそっ!?調整ミスった!)」
「わかりました!」
アナスタシアの願いに、ハキハキと応える騎士くんであったが、おそらく気絶させようと振り上げた剣撃は魔族の男が即死しかねない威力を秘めていた。自身の強化具合を勘定に入れていないためである。
(何でよ!?ただの暇つぶしなのになんでこんなに私が苦労するわけ!?早よ来いや!主人公!)
アナスタシアは急ぎで魔族の男にも強化魔術を掛けようとする。しかし、咄嗟に閃いた。
(あ!魔族の男を操って元のシナリオに戻せば良いのよ!)
というわけで、強化魔術に支配術式を組み込む自称無力系ヒロイン、アナスタシア。
そうこうしてる間に、騎士くんの剣撃が魔族の男に直撃する。
「グベッ!?」
蛙の潰れたような苦悶の声を上げる魔族だったが、アナスタシアの強化魔術によって一命を取り留めた。しかし、気絶してしまった。意識のない身体に、アナスタシアの支配術式が起動する。
「よし、殿下、ご安心くださ、い!?」
「どうしたのかね?騎士殿」
魔族の男の気絶を確認してアナスタシアに笑いかけようとした騎士くんの視界に映ったのは、既にアナスタシアをお姫様抱っこしている魔族の男の姿であった。なお、アナスタシアは気絶した振りをしている。
「何故だ!?くっ!?殿下を返せ!」
「ふははは!少々遊びが過ぎたが、姫君は貰ってゆくぞ、人間!」
ザ悪党なセリフを吐く魔族の男。明らかにキャラが変わっているのだが、その場の雰囲気によって騎士くんに気づかれることはなかった。
そのまま、アナスタシアが魔族の男を操って王城を飛び出そうとした瞬間。
「「(え?)」」
リッちゃんの剣が、魔族の男を貫いた。
(しまった!緊急事態対応用行動プロセスプログラムが作動していたのね!?)
リッちゃんは、アナスタシアの作品である。当然、彼女の望みを妨害するようなことはない。そもそも、魔族の男はリッちゃんによってアナスタシアの居室に誘導されたのである。
しかし、護身具でもあるリッちゃんは、自身が対処困難な事態に陥ったとき、身の安全を優先して危険対象を排除するように仕込まれていたのだ。
(くっ、不覚だったわ!面倒がらずに不毀術式を組み込むべきだったわね!)
力の抜けた魔族の男の腕から転げ落ちそうになるアナスタシアを支えるリッちゃん。
仕方なく、アナスタシアは後始末に移る。
「まさか、人形風情にこの私がやられようとは……。だが、覚えているがいい、この程度の傷でやられる私ではないわ!さらばだ、はははは!!」
捨て台詞を残してアナスタシアの転送魔術で送還される魔族に男。
後に残ったのは、破壊された壁の残骸と茫然自失の騎士くん、そして、リッちゃんに抱えられたアナスタシアであった。
「殿下、良かった……」
騎士くんが強化魔術の反動で気を失い倒れ伏す。
アナスタシアはリッちゃんから降りて、リッちゃんをパパッと直して元の位置に待機させる。軽い隠蔽だ。リッちゃんは、本来なら普通のインテリアなのである。
そして、自身は床に横になり、魔術で自ら気絶するのであった。
(次はもっと上手くやるわ!主人公様を見つけてハッピーエンドよ!)