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8 再会

 数時間後、モニカの屋敷に王太子のヒューバードが到着した。

 彼の斜め後ろには白モジャの大柄な男が立っている。パロウ筆頭魔術師である。王太子の前でも相変わらずの長いボサボサの髪で顔を覆い、裾がほつれたローブを着ていた。

 

 滅多なことでは取り乱さない使用人たちも、あまりに独特なパロウ筆頭魔術師の姿を見て困惑の表情を浮かべている。年若い使用人に至っては、怯え切って震えているほどだった。

 確かに見た目は少し変わっているので驚くこともあるだろう。だが怯えるほどの外見とは思えず、彼らの心底怯えた様子がヴァイオレットには不思議に思えた。


「モニカ!」


 ヒューバードはモニカに駆け寄り、強く抱き締める。彼女もヒューバードの腕の中でホッとした笑みを浮かべた。


「知らせをもらった時は肝が冷えた」

「私は大丈夫よ。ヴァイオレットが助けてくれたの」


 二人の抱擁を見て、ヴァイオレットは羨ましい気分になった。

 王太子ヒューバードとモニカも政略結婚だが、互いに思い合っているのが伝わってくる。


 仲睦まじいヒューバードとモニカを見ていると、どうして自分はエイドリアンとこうなれなかったのか、そんな寂寥感に苛まれる。ヴァイオレットを愛してくれなかったとしても、ヴァイオレットを尊重して互いにいい関係を築けたらそれで十分だったのに。

 そう思いながら待っていると、少し離れたところに立っていたパロウ筆頭魔術師と目が合った気がした。というのも、彼は白モジャの髪で顔を覆われ、どこに目があるのか、はっきりわからないからだ。ただ、そんな気がした。

 

 同時に、月のような淡い黄色の瞳を思い出していた。宝石店で一瞬見えた彼の瞳は暗い夜道を照らす月のように、優しい色だった。

 ヴァイオレットはパロウ筆頭魔術師にペコッと頭を下げた。白モジャも上下に動いたので挨拶を返してくれたらしい。嬉しくなり、暗い気分が少しマシになった気がした。


 モニカたちは抱擁を終え、ヒューバードはヴァイオレットに向き直った。


「シアーズ嬢、モニカを助けてくれたそうだな」


 ヒューバードはヴァイオレットにそう言う。ヴァイオレットは膝を折り、淑女の挨拶をしてから口を開いた。


「ヒューバード様、お目にかかれて光栄です。ですが、今回のことは運良く気付けただけなのです。最近授かった私の加護によるものですが、詳しい能力については伏せさせてくださいませ」

「ああ、加護であるのならそれ以上は言わなくていい」


 加護を授かったことは告げても構わないだろう。しかし、時を遡ってやり直せるという能力を、王太子とはいえ他人に明かしたくなかった。魔力を大量に消費するから連発が出来ないというデメリットはあるが、強すぎる能力なのだ。やりようによってはこの力を悪用することも出来る。迫害されたり、能力を狙われて自分の身が危険に晒される可能性があった。

 加護を含め、魔術を悪用した犯罪は貴族であろうとも重い刑罰が与えられる。そういった犯罪を取り締まるのが王宮魔術師の仕事なのだ。その代わり、他人に加護内容を明かさないのが一般的で、犯罪調査のために必要があっても魔術師にしか明かさなくていいとされている。ヒューバードもそれをわかってくれたので、ヴァイオレットは安堵した。


「それから、どうか私のことはヴァイオレットとお呼びください」

「ヴァイオレット、感謝するよ」


 ヒューバードとの話が終わると、パロウ筆頭魔術師がヴァイオレットの方を向いた。


「シアーズ公爵家の令嬢だったのか。……先日は助かった」

「いえ、とんでもないです。あの時もたまたまですので、お気になさらず。パロウ筆頭魔術師も、よければヴァイオレットとお呼びいただけたら……」

「俺が……? いいのだろうか」

「ええ、もちろんです!」


 ヴァイオレットはパロウ筆頭魔術師に微笑みかけた。

 

 彼の外見には最初こそ驚いたが、二度目なこともあり、もう見慣れてしまった。

 むしろ彼の低音で安らかに感じる声や、理知的な話し方はとても好ましい。


「……では、ヴァイオレットと。その名前は君の瞳に由来するものなのだな。ヴァイオレットが受け止めた魔石もその瞳と同じ色をしていた。とても稀有な色だ」

「あの大きさの複合魔石は滅多にないそうですね」

「ああ。だからこそ無傷で手に入れられてよかった。俺はどうしても怯えられてしまうものだから……あの店の店員たちにも悪いことをした」

「そんな、悪いだなんて。パロウ筆頭魔術師に失礼な態度だと思いました!」


 ヴァイオレットは先日の宝石店の店員や、リングフェロー家の使用人たちの態度を思い出し、眉を寄せた。きっと彼にはあの態度が常に付き纏っているのだろう。彼自身はそれに慣れてしまっているようで、ヴァイオレットは余計に悲しくなる。


 そんなヴァイオレットの気持ちが通じたように、彼は大柄な体躯を折り曲げ、ヴァイオレットと目線を合わせる。白いモジャモジャの髪の隙間から、雲の合間に見える月のような黄色い瞳が覗いた。


「……ユリシーズと。俺の名前だ。様も必要ない。……君が嫌でなければだが」


 ヴァイオレットは目を瞬かせた。


「そんな、嫌なんて、とんでもないです。ユリシーズ……その、光栄です!」


 ヴァイオレットは心からそう言った。人から避けられ、心無い言葉を投げつけられても、常に凛として紳士的な態度を貫くユリシーズは尊敬に値する。一度目でもユリシーズと出会っていたなら、結末は違ったかもしれない。そう思ってしまうほどだった。

 そういえば、一度目の婚約披露パーティーでユリシーズの姿を見ていなかったとヴァイオレットは思い出した。こんなにも目立つのだから、会場にいたら絶対に気が付くはずだが、王宮魔術師の仕事で表の警護でもしていたのだろうか。

 

 ヴァイオレットとパロウ筆頭魔術師が話していると、ヒューバードがわずかに目を見開く。


「おや、二人は面識があったのか」

「ああ。以前話した通り、あの魔石を割らずに済んだのはヴァイオレットのおかげなのだ。あの大きさで複合属性の魔石は滅多にない。彼女が受け止めてくれなければ、どうなっていたか。しかもこんな淑女が服を汚すのも気にせず、靴のヒールを折ってまで。あの時、どこも怪我をしなくてよかったと思っているよ」

「ユリシーズが女性に対してそんなに饒舌に話すのは珍しいんじゃないか?」

「……揶揄うのはよしてくれ。あの魔石を使うような大掛かりな注文をしたのはヒューバードだろう」

「ああ、そちらの制作も頼んだよ」


 ヒューバードとユリシーズの会話は、主従というよりも親しい友人の会話のようだ。ユリシーズが全ての人に怯えられ、遠ざけられているわけではないのだとわかり、少し嬉しくなる。


「それより、成分を調べるのだったな」

「ああ、そうだったな。頼む」

「お茶も割れたカップも全てそのままにしてあるわ」


 割れたカップやお茶、お菓子類もそのままになっていた。お茶の用意をした使用人たちも、全員別室に待機させられているそうだ。


 どうやってハーブティーの成分を調べるのだろう。ヴァイオレットが考えていると、ユリシーズはテーブルのそばに屈んだ。狙いを定めるように、カップから零れたままのハーブティーに指を向ける。


「成分鑑定」


 そう呟くと、ユリシーズの指先に緑色の光が集まり、パチリと火花を散らす。


「終わった」


 数秒後、ユリシーズは立ち上がった。


「もう……ですか?」


 思わずそう聞いてしまったヴァイオレットにヒューバードは言った。


「ああ。ユリシーズは筆頭魔術師だからね。才能も実力も、正真正銘この国一番だ」

「……やめてくれ。それより結果を」

「どうだった?」

「まず……モニカは座ってほしい。心を落ち着けて、ヒューバードも彼女に寄り添ってやるといい」


 その言い方にあまり良くないことだとヴァイオレットにもわかる。

 察したモニカは顔色を青くしてソファに座り、隣に座ったヒューバードに縋りついた。


「まず、毒ではない。念のため食器や菓子も確認したが、毒物は一切入っていなかった。しかしヴァイオレットの言う通り、モニカがアレルギーを起こす成分が多く含まれるハーブが入っていた。それから、妊娠中に禁忌であるハーブも使われている。妊娠していなければ健康にいいが、強い子宮収縮作用を起こすものだ」


 やり直す前のモニカの苦しみようを思い出し、ヴァイオレットは震えた。

 どちらかだけでも妊娠中のモニカには危険なものを、両方だなんて。  


「あまり言いたくはないが……偶然よりは、故意の可能性が高いだろう」

「私とお腹の子を狙ったのね……」


 モニカは結果を聞いて真っ青になり、お腹を押さえてしまった。ヒューバードが宥めるように抱き寄せる。


 使用人の一人がヒューバードに言った。


「ヒューバード様。別室に、本日の給仕をしてくれた者や厨房の食材管理を任せている使用人たちを待たせています」

「連れてきてくれ」


 連れてこられた使用人たちは、何故かヴァイオレットを睨んでいた。ヴァイオレットは敵意を向けられる理由がわからずにたじろいだ。


「モニカ様……!」

「ああ本当に、ご無事でよかった!」


 彼らはモニカの姿を見てホッとしたように口々にそう言った。モニカは使用人から随分慕われているようだ。


「あのハーブティーはどこで入手したものだ?」


 ヒューバードにそう言われ、屋敷の管理者の男が口火を切った。


「入手もなにも……そのシアーズ公爵家の令嬢からお茶会欠席のお詫びとして贈られたものですよ!」

「わ、私!?」


 ヴァイオレットは自分の名前が出たことに驚き、目を瞬かせた。


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