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7 王太子妃モニカ②

 ヴァイオレットの突然の行動に、モニカは目を丸くした。


「ど、どうしたの、ヴァイオレット」

「飲んではいけません! 毒が……」


 毒と言いかけて、ヴァイオレットは言い直した。


「──いえ、もしかして、モニカ様にはアレルギーがあるのではありませんか?」


 ヴァイオレットは、やり直す前のモニカの症状から、ふと思い出したことがあった。

 ヴァイオレットの親戚に、お菓子を食べてアナフィラキシーを起こした子供がいた。幸いすぐに手当されて大事には至らなかった。先ほどのモニカの症状によく似ていたと思う。


 モニカはヴァイオレットをまじまじと見つめた後、頷いた。


「ええ。アレルギーがあるわ。ヴァイオレットにはまだ話していなかったわよね。どうして知っているの?」

「……元々知っていたわけではありません。私の加護によるものです。加護の詳しい内容についてはご容赦を……」


 加護についてはあまり明かしたくはなかったが、どうして知っていたかを説明するためには仕方がない。加護の内容について他人にあまり知らせないようにする文化があるし、言葉を濁したのでやり直しが出来ることは知られないはずだ。


「そう……では今のお茶にアレルギー物質が入っていると思ったのね」

「はい。それから、あの……もし違っていたらすみません。モニカ様は妊娠されていますよね?」


 ヴァイオレットはお茶会でモニカを見ていて気付いたことがあったのだ。

 モニカはヴァイオレットの言葉にハッとしてからゆっくり頷いた。その目はヴァイオレットの一挙一動を細かに観察している。どうして知ったのかを訝しんでいるのだと分かった。


「それも加護で知ったの?」

「いえ、こっちはただの想像です。モニカ様は先程のお茶会でも紅茶を飲んでいないようでした。今も給仕にお茶をと頼んだだけで、紅茶ではなくハーブティーが出ました。なので、モニカ様がいつも飲むのはハーブティーなのだと思って。カフェインの入った紅茶を避けてハーブティーを飲む理由として、真っ先に思いついたのが妊娠でした」


 思えば、今日のモニカは腹部を締め付ける服装もしていないし、カフェインの入った紅茶は避けるように一口も飲んでいなかった。飲んでいたのは酸味のありそうな柑橘の果実水のみ。

 二年前に結婚した王太子との仲は良好そうで、妊娠していても何もおかしくはない。


「ええ、その通りよ。安定期に入るまでは公表しないつもりだったから。そしてアレルギーの原因物質を細かく砕いてハーブティーのリーフに混ぜてしまえば、見た目から分からない。気が付かずに飲んでしまう可能性があったというわけね」

「その通りです」


 もし一度目の世界でも、さっきと同じように今のハーブティーを飲み、アナフィラキシーを起こしていたとしたら──。

 ヴァイオレットはゾッとした。モニカは妊娠中なのだ。あれだけ苦しそうにしていたし、お腹の子にも影響があったかもしれない。


 もう確かめようがないけれど、一度目の時はそのせいで長患いをしていた可能性がある。一年後にある婚約披露パーティーまでに王太子夫妻に子供が生まれたという話はなかったはずだ。それは、つまり──

 そのあまりに恐ろしい想像に、ヴァイオレットは口元を手で押さえた。


 ヴァイオレットはモニカをそっと見る。

 彼女は青ざめ、割れたカップに視線を落としていた。握った手が震えている。無理もない。

 これがもしも故意だとすれば、モニカ本人のみならず、お腹の子までも狙われたのだ。暗殺未遂と言っても大袈裟ではない。アレルギーは命に関わるのだから。


「あの……モニカ様、大丈夫ですか」

「……ヴァイオレット。ごめんなさい、今日のところは帰ってもらっていいかしら。貴方の言うことを信じたいけれど、まずはこのお茶の成分や出どころを調べてもらう必要が出てきたから」


 ヴァイオレットは頷き、同時に胸元で手を握り締めた。

 彼女は王太子妃なのだ。彼女が口にしてはならない物は使用人には周知され、気をつけているはず。

 それなのに入っていたのは、誰かが狙った可能性が高いと考えるだろう。そして、アレルギーのことを知らされていないのに勘付いたヴァイオレットこそ、怪しい人物の筆頭だ。

 せっかくやり直したのに、こうして疑われるのは恐ろしい。しかし、モニカを見殺しには出来なかった。魔力がないから不可能だが、もう一度やり直したとしてもヴァイオレットはモニカを救うだろう。


 モニカはそんなヴァイオレットの気持ちを読んだかのように笑った。


「ヴァイオレットを疑っているわけではないのよ。知った理由が加護だと言うならなおさらね。それに私に飲ませたいのなら、わざわざ飲むなと言って払い除けたりしないでしょう。ただ、今回のことはヒューバードを呼ぶ必要があると思ったの。でも、到着には時間がかかると思うから」


 ヒューバードとは、モニカの夫である王太子の名前だ。二人の仲は良好で、このことを知ったらさぞかし心配することだろう。

 ヴァイオレットに出来ることはこれ以上はない。ヴァイオレットの魔力はまた空っぽになっており、またやり直しが出来るくらい溜まるまで数時間以上かかるだろう。モニカが危険な目にあっても、もう一度助けることは出来ない。

 しかし、ヴァイオレットはモニカの手が震えているのを見てしまった。ヒューバードが到着するまででも、モニカのそばにいたいと思ったのだ。


「いえ、お邪魔でなければ、いくらでも待ちます。私にも立ち合わせていただけませんか?」

「でもヒューバードだけでなく、調査のために筆頭魔術師にも一緒に来てもらうつもりなのよ。……悪い方ではないのだけれど、少し癖が強い方なのよ。悪いことは言わないから、ヴァイオレットは帰った方が……」

「パロウ筆頭魔術師ですか?」


 彼にはつい先日、宝石店で会ったばかりだった。

 確かに彼の外見は独特で、ヴァイオレットも初めて見た時は驚いた。


「あら知っているの?」

「彼でしたら、一度お会いしたことがありますから。確かに少し……独特だとは思いましたが、恐ろしい方とは思いませんでした」

「まあ、珍しいこと。普通はあの外見だから怯えてしまうのよね」

「実は私、最近は髪を切るのにハマっていて。パロウ筆頭魔術師の髪も切り甲斐がありそうだなって思っていました」


 ヴァイオレットがそう言うとモニカはプッと吹き出した。


「彼の髪についてそう言ったのは貴方が初めてよ! ふふ、断然ヴァイオレットが気に入っちゃったわ。私、面白い子が好きなのよ。それならヴァイオレットにもこのままいてもらうわね。遅くなるから貴方のご実家にも連絡を入れましょう。もしかしたら数日泊まってもらうかもしれないけれど、構わないかしら?」

「承知しました」


 ヴァイオレットは頷く。笑ったせいか、モニカの手の震えは止まったようだった。


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