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6 王太子妃モニカ①

 二日後、コーネリアのおかげで、王太子妃モニカに会う機会がやってきた。モニカの実家であるリングフェロー家で主催するお茶会へ飛び入りで参加出来ることになったのだ。やはり持つべきものは友人である。


 本来であれば、ヴァイオレットは第二王子の婚約者としてお茶会に招待されてもおかしくない。まだ婚約披露パーティー前だが、モニカには既に紹介されているからだ。しかしヴァイオレットに招待状は来た覚えはなかった。

 もしや、既に何かやらかしており、モニカに嫌われているのではないか。一度目の記憶の自信がないヴァイオレットはビクビクしてお茶会に向かった。


 リングフェロー家の所有する屋敷にコーネリアと共に赴いた。大きな屋敷ではないが、調度品は上品で洗練されている。

 招待されたコーネリアがモニカに挨拶を済ませ、ヴァイオレットのことも引き合わせてくれた。

 嫌われている可能性を考えてビクビクしていたヴァイオレットは、それを表に出さないようにこやかに挨拶をした。

 モニカはヴァイオレットを見て、大きく目を見開いた後、鮮やかな笑みを浮かべた。少なくとも嫌っている相手への態度とは思えない笑顔でヴァイオレットは安心する。


「まあヴァイオレット! 会えて嬉しいわ! 髪を切ったのね。とても可愛らしいこと」

「私もモニカ様にお会いできて嬉しく存じます」

「ヴァイオレットにも招待状を出したけれど、エイドリアンから都合が悪いと聞いていたのよ。予定が変わったなら直接連絡してくれたらよかったのに」

「……え、ええ」


 ヴァイオレットはモニカの言葉に表情を繕い切れず、引き攣った笑みで返した。

 ヴァイオレットはお茶会の招待状をもらっていないし、モニカの個人的な連絡先も聞いていない。モニカが嘘を言っているのでなければ、どちらもエイドリアンが握りつぶしたということなのだろう。ヴァイオレットが思っていたよりずっと前からエイドリアンはヴァイオレットのことを嫌っていたのかもしれない。


「モニカ様……実は、直接お話ししたいことがございまして……」 


 モニカはヴァイオレットの引き攣った笑みに思うところがあったのか、周囲に視線を走らせてからヴァイオレットだけに聞こえる小さな声で言った。


「……後でゆっくり聞かせていただけるかしら。お茶会の後、少し残ってお話しする時間はあって?」

「ええ、もちろんです」

「では、また後でね。終わる頃、使用人に案内をさせるわ」


 モニカはヴァイオレットから離れ、訪れた客たちに声をかけ、談笑をしている。

 ヴァイオレットはホッと息を吐き、コーネリアにモニカがお茶会の後に時間を取ってくれることを話した。


「そうなのね。よかった。お茶会が終わったら私は先に帰るけど、何かあったらまた相談してちょうだい」

「コーネリア、ありがとう!」


 モニカに相談出来れば今後多少の変化があるかもしれない。



 その後はヴァイオレットもお茶会を楽しんだ。

 美味しいお茶とお菓子を味わい、周囲の招待客と流行の話をしながら離れた場所で談笑しているモニカを見つめた。


 ヴァイオレットにとって王太子妃モニカは憧れの女性だった。

 常に人の中心にいて、貴族だけでなく領民からの人気も高い。

 花が咲いたような華やかな笑顔、ふわふわ波打つ赤茶の髪は艶やかで色白の肌を引き立てている。鮮やかな緑色の瞳からは知性を感じられる。どんな会話でも意図を汲み取るのが上手く、ヴァイオレットにも気を配って話をしてくれる素敵な人なのだ。


 しかし、今日は少し疲れているのか、いつもより顔の色が白っぽく見える。きついコルセットのドレスではなく、ウエストの切り替えがないふんわりとしたドレスを纏っていた。それでもいつもの美貌が陰っていることはない。いつもの華やかさに、どことなく柔らかな雰囲気を足されてますます輝いている。


 やり直し前の情報からすると、近いうちに病を患うと思うのだが、現状では気になるのが顔色程度しかない。長患いするような病に急になるのだろうか。せめてどんな病気かくらい覚えていれば医者を勧めるなどの対処が出来たかもしれないのに。


 モニカは紅茶や菓子の類にも手をつける様子はなく、忙しそうに来客に声をかけて回っている。途中、口をつけたのは柑橘の果実水だけのようだ。


 しばらくしてお茶会が終わり、コーネリアも一足先に帰宅していく。

 ヴァイオレットはモニカから目配せをされ、その場に残っていた。やがて案内の者が現れて、ヴァイオレットを別室へ案内した。

 しばらく待っているとモニカが部屋に入ってきた。


「ヴァイオレット、お待たせしてごめんなさい」

「いえ、お時間を取っていただき感謝します」


 モニカはふうっと息を吐き、向かいのソファに座る。


「少し疲れたから、お茶を飲ませてちょうだい」


 モニカが指示すると給仕は茶器を用意し、テーブルに菓子類も並ぶ。


「すみません、お茶会でお疲れのところを」

「構わないわ。張り切り過ぎちゃっただけだもの。それで話って、エイドリアンのことであっているかしら。もしかして、今日の招待状は貴方に渡っていない?」


 モニカはヴァイオレットの引き攣った表情だけで全てを理解していたようだ。


「はい。お茶会があること自体も初耳で……それに私はモニカ様の直接の連絡先も伺っておりません」

「そのどちらも、エイドリアンからヴァイオレットに伝えてもらうよう頼んだわ。エイドリアンの仕業ね」

「恥ずかしながら……エイドリアン様とはあまり上手くいっていません。もうご存知かもしれませんが……」

「ええ。エイドリアンはフリージア・モース男爵令嬢がお気に入り、とね。あまり言いたくはないけれど噂になっているわ」

「そのようです……それで……」


 ヴァイオレットは言葉を濁した。加護の話はあまりしたくない。どう伝えるべきか。


 そう悩みながらヴァイオレットはティーカップを持ち上げ、一口飲む。紅茶ではなく、変わった風味のハーブティーだった。あっさりしていて美味しいし、見た目も色鮮やかで美しい。


 モニカも美しい所作でティーカップを口に運んだ。

 だがしかし、間髪を容れずにモニカは喉に手を当て、ヒューヒューと嫌な呼吸をし始めた。唇が腫れ、みるみる顔色が悪くなる。


「モ、モニカ様!?」


 ヴァイオレットの呼びかけにも返答せず、苦しそうに前のめりになった。ゲホゲホと激しく咳き込み、とうとうソファから転がり落ちる。飲んだお茶をそのまま吐いて、絨毯をかきむしり苦しみ始めた。

 同時にティーカップも落ちて、儚い音を立てて砕けた。鮮やかな色のハーブティーが絨毯にじわっと広がるのが見えた。


 同室していた従者が慌てて駆け寄り「医者を!」と叫ぶのがヴァイオレットにも聞こえる。


 まさか、毒──!?

 真っ先に考えたのはそれだ。しかしヴァイオレットも同じポットから淹れたハーブティーを飲んだはずだ。ではカップの方に毒が付着していたのか。


 オロオロしていたヴァイオレットだが、目の前でのたうちながら苦しむモニカを見て我に返った。


「そ、そうだ、やり直しを!」


 手を組み、強く念じる。

『やり直しますか?』

 脳裏にその言葉が光る。ヴァイオレットが「もちろん」と思った瞬間、目の前が眩しくなり、フワッと体が浮いたように錯覚した。


「──エイドリアンはフリージア・モース男爵令嬢がお気に入り、とね。あまり言いたくはないけれど噂になっているわ」


 ハッと顔を上げると、目の前にモニカが座っていて、さっきも聞いた言葉を繰り返した。ほんの少しだが、お茶を飲む前に戻れたのだ。

 ヴァイオレットはちょうど手にティーカップを持っているところだった。毒には詳しくないが、嗅いでもハーブティーの香りだけでおかしな匂いは感じない。

 ヴァイオレットは飲まずにティーカップを置く。ちょうどモニカもティーカップを取ろうとしていた。

 飲ませるわけには行かない。


「ま、待ってください!」


 ヴァイオレットは手を伸ばし、モニカの手からティーカップを払い除けた。


「えっ!?」


 モニカの緑色の瞳が驚愕に見開かれる。

 ティーカップはテーブルの上にゴロンと転がり落ちて割れた。中身もテーブルの上にぶちまけられてしまっていた。


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