表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/44

番外編④:予言と予知2

「フリージア、そのドレスはどうしたんだい?」

「そ、そのイヤリングも見覚えがないわ……もしかして、また……」


 困惑した両親の声がフリージアの背中にかけられる。


「ええ、もらったの。私に似合うからって」


 フリージアは振り返りすらせず、鏡の自分に向かって微笑んだ。


(うん、よく似合ってる)


 清楚に見える純白のデイドレス。揺れるイヤリングは周囲の視線を誘導するためのもの。元の顔立ちがいいから化粧はごく薄く。幸せそうに染まった薔薇色の頬だけでいい。

 鏡には、より魅力的になったフリージアが写っていた。


「ど、どなたからだい? そんな高価なものをいただいたのなら、ちゃんとお礼やお返しをしなくては」

「知らない人よ。じゃ、わたし、出かけるから」


 フリージアの身を飾るドレスも装飾品も、全てもらったものだ。相手の名前は覚えていない。

 渡されたから受け取って、嬉しいと微笑むだけで相手は満足してくれる。

 それは、フリージアが美しいから。

 待ちなさい、と呼び止める両親を振り切り、フリージアは家を飛び出した。


 フリージアの実家、モース男爵家が持つのは小さな領地から得た収入と王都にあるそこそこの屋敷、それから数人の使用人だけ。父は商才もろくにない。若い頃に魔術師の弟子になったそうだが、さほど才能もなかったらしく、数年下級魔術師として働いた程度。

 母の実家もモース男爵家と似たりよったりで、つまりは貴族の中では最底辺だ。


(大昔に下賜されたちっぽけな領地を後生大事に抱え込む以外できないつまらない人たち)


 フリージアのことを理解したためしはない。


「――バッカみたい! わたしはこんなに美しいのに!」


 真珠のような肌にはシミも吹き出物もなく、顔立ちはバランスよく配置されている。大きな瞳も艶やかなストロベリーブロンドも、平凡な顔立ちの両親とは似ていない。だから、幼い頃は父親が外の愛人との間に作った子なのかと思っていたが、今となっては父親にそんな甲斐性があるはずないのを理解していた。


 父親は、甲斐性どころかフリージアの美貌を使ってのし上がろうとする考えすらないようだった。

 フリージアにはその見目麗しさから、十三歳頃にはいくつもの縁談が舞い込んでいた。

 男爵家や子爵家の跡取りとの縁談は掃いて捨てるほど。貴族ではないが、大金持ちの商人で、結婚したら宝飾品をたくさんプレゼントすると言われた時は少しだけ心が揺らいだ。跡取りではないものの広い領地と大きな屋敷を持っている伯爵家の次男坊も悪くなかった。そんな彼らを、父親はフリージアに意見を聞くことなく断ってしまったのだ。

 そのくせ、フリージアのためにさらなる良縁を探すでもなく、モース家に婿を取るつもりもない。

 結婚させる気がないとしか思えない行動をとるのに夜な夜な両親はフリージアの今後をどうするか、困り果てたように話し合っている。


「……まあ、でも。わたしの美しさならもっと上を狙えるもんね」


 フリージアはただ顔立ちがいいだけではない。異性を虜にさせる才能があった。視線や手の動き、長い髪の揺らし方。細やかな仕草で異性の視線や関心を集め、心を掴むのである。

 それがフリージアの才能の一つ。どれだけ美人でも、これができるとできないとでは大違いなのだとフリージアは知っていた。




 お祭りの賑わいの中、フリージアは鼻歌混じりに街を歩いていた。

 デイドレスとお揃いの白い日傘をくるくる回す。

 不意に、回転していた日傘の露先が通りすがりの男をかすめたらしい。


「いってぇな! 人の多いとこで日傘なんぞさすんじゃねえ!」


 男の言う通り、今日はお祭りのせいで混雑していた。だが、フリージアは日傘をたたむそぶりもせず、口先だけで謝った。


「あら、ごめんなさい」


 そもそもフリージアはまったく悪いとは思っていないし、日傘を畳むなんて日焼けしてしまうから絶対に嫌だった。混雑していても、周囲がフリージアを避けてくれればすむ話だ。

 そんなフリージアを男は睨みつける。


「おい、だからその傘を――」

「だから、ごめんなさいって謝ったでしょう。わたし、貴方みたいに日焼けで醜くなりたくないの」


 フリージアの言葉に、男は怒りで顔を歪めた。


「な、なんだと」

「それに貴方みたいな貧乏人はわたしに話しかけないでくれる? 綺麗な女の子と話したければ、そういうお店でお金を払ってやってよね」


 男はせいぜい二十代後半、いやもう少し若いかもしれない。肉体労働をしているのか、体つきはたくましいが、いかんせん日焼けを繰り返した肌は荒れ、頬だけではなく額や肩にもそばかすが浮いている。

 フリージアの両親であれば「働き者の証拠だ」と男を褒めただろうが、男は貧しそうだしフリージアの好みではなかった。そして、今回はあえて男を怒らせることが目的なのだ。


「て、てめえっ……!」

「ふふっ」


 頭に血の上った様子の男が、フリージアに掴み掛かろうとする。フリージアは思い通りに男を動かせたことを微笑むと、タッと駆け出した。


「きゃああっ! だ、誰か助けて! 人攫いよっ!」


 フリージアの悲鳴が高らかに響き渡る。

 はたからみれば、悪漢に追われる可憐な少女に見えるだろう。そう見える男を選んだのだ。


(さあほら、追いかけてちょうだい)


 追われるフリージアの大きな瞳には涙すら浮かび、震えながら小走りに逃げている。肉食獣に追われる子鹿のように可憐で哀れに見えるはずだ。

 フリージアは決して逃げ足が早いわけではない。あっという間に男に距離を詰められ、襟首を掴まれそうになった。


「ふ、ふざけてんじゃ――」

「待てっ!」

(来た……!)


 フリージアはさらりと髪を靡かせ、目に浮かべていた涙を一粒、コロンと頬に伝わせた。涙は自由自在に操れる。これで可憐に儚く見えるはず。


「か弱き女性に白昼堂々乱暴しようとするとはな!」


 振り返ると、男の手首を捻り上げていた人物がフリージアの大きな瞳に映った。

 おそらく、正体がすぐにバレないよう、変装の魔術具を使っているのだろう。茫洋な茶色の髪と顔立ちの青年に見える。だが、特徴的な赤い瞳はごまかせない。服装はちょっとした金持ちが着るような服装に抑えているが、いかにも魔術具らしき派手なブローチをつけていて、詳しい人間なら一目でわかるのだ。


(第二王子のエイドリアン様に間違いないわ)


「こ、怖かった……わたし、この人にナンパされて、ごめんなさいってお断りしたら、恥をかかせやがってって、いきなり襲ってきたんです。わたしのこと、いかがわしいお店に売る気かもしれません……」


 フリージアはエイドリアンを涙ながらに見つめた。かすかに手を振るわせ、誰もが男の方を悪者だと思うだろう。


「ち、違っ……」


 男は金持ちに見えるエイドリアンが割って入ったことで青ざめる。慌てて言い訳をしようとしてぎゃあっと悲鳴をあげた。エイドリアンが捻り上げた男の手首を魔術で燃やしたのだ。


「黙れ……! 祭りの日に可憐な女性を泣かせる不逞の輩め! 役人に突き出されたくなければ去れ!」

「ひ、ひいいぃっ!」


 男は火傷を負った手首を押さえ、這々の体で逃げていく。


「あ、あの……ありがとうございました……! 貴方が助けてくれなければ、わたし……っ!」


 ふるふると震えながら、フリージアはエイドリアンにしなだれかかる。


「ご、ごめんなさい。怖くて、体が動かないの……」

「無理もない。あんな男に追いかけられたのだからね。あそこにベンチがある。そこまで手を貸そう」


 エイドリアンは紳士的にフリージアの手を取り、ベンチに連れて行ってくれた。


「あの、もう少しだけ一緒にいてくれませんか? さっきの人が戻ってくるかもと思うと……」

「もちろんだよ」


 エイドリアンは微笑んでフリージアの隣に座った。


 それからはフリージアにとって赤子の手をひねるより簡単だった。

 フリージアは頬をかすかに赤らめ、エイドリアンを見上げる。ピンチを助けてくれた男性を恋する瞳で見つめているように。


「お祭りにいらしたんですよね。わたしのためにお時間を使わせてしまってごめんなさい」

「気にすることはないよ。女性に乱暴するような男をのさばらせておく方がずっと嫌だ」

「さっきの貴方、すごく格好よかった。わたし、恋愛小説の主人公になっちゃったかと思って。やだ、わたしったら何を言ってるのかしら。でも本当の気持ち。お祭りは、どなたかとお約束があるんですか? も、もし、お約束がないなら、わたしと一緒に回りませんか?」


 ドキドキと緊張した表情で、エイドリアンを誘う。エイドリアンもフリージアの可憐な美しさにとっくにやられている。


「い、いや。特に目的もなく、祭りをブラブラする予定だったんだ。き、君さえ良ければ」

「あっ、わたしったら恩人に名乗らずに失礼しました。わたし、フリージアって言います」

「僕はエイ……エインだ」


 慌てて偽名を考えたのだろう。思っていたよりずっとチョロい。

 フリージアは微笑む。


(全て予知の通りにいったわ)


 フリージアの加護は予知である。時折、未来の場面が絵のように目の前に広がるのだ。自分の思い通りの場所を予知で見ることはできない。けれど、よく観察すれば、それがいつ起きるのかくらいはわかる。

 たとえば、お祭りの飾りや、時計台の時刻。エイドリアンがお忍びでこの日この場所にくることをフリージアは予知で見ていたのだ。フリージアの行動は、予知の通りに物事が動くよう、調整をすること。

 フリージアの美しさに男は虫のように群がる。だから敢えて見た目は厳ついがそこまで危険そうではない男を選んで逆上させ、エイドリアンに助けさせた。目論見は完璧に上手くいった。


 出来のいい兄が王太子になり、対して取り柄のない第二王子のエイドリアンに王位が回ってくる可能性は低い。婚約者は魔力量の多い公爵令嬢だが、魔術が使えないのだと聞いた。そんなデメリットを抱えた女が婚約者にあてがわれたのも、彼のプライドに傷をつけている。

 エイドリアンが欲しいのは、英雄に与えられるような称賛や唯一無二の座。それをフリージアは見抜いていた。


(安心して。わたしが貴方の唯一無二になってあげる)


 フリージアとの出会いを、きっとエイドリアンは運命のように感じただろう。

 悪漢に絡まれた美女を救うという、蜜のように甘い出会いだ。エイドリアンは今、英雄になった気分に違いない。

 しかも、エイドリアンは正体を隠している。第二王子に擦り寄る女は数多くいるだろうけれど、身分を隠していても、自分に恋をする可憐な乙女が目の前にいる。エイドリアン自身を見てくれる、運命の女性。きっと欲しがるに違いない。

 現に、少し会話をしただけでエイドリアンの瞳はすっかり熱を帯びていた。

 これで、祭りが終わる頃には実は王子であると明かしてくれるだろう。フリージアは、驚きながら「でも、わたしにとって、貴方は最初から白馬に乗った王子様みたいだった」と言ってあげるのだ。それ以外にも、欲しい言葉をたくさんあげる。


(嬉しいでしょ? だから、わたしに貴方の恋人の座をちょうだい)


 にっこり笑うフリージアの胸元で、蝶々のブローチがキラッと光る。


(きっとわたしたちの会話を聞いてくださっているわよね。わたしの本当のお父様……)


 フリージアの本当の父親はメイザード・クロスリーという、かつて王宮魔術師だった男だ。死んだことになっているが本当は生きていて、ある日、フリージアに連絡をしてくれた。

 幼い頃に空想していたように、自分は平凡な両親の子ではなかった。実の父親はすごい存在だったのだ。


(素敵な未来を得るのは当たり前でしょ。だって、わたしは選ばれた女の子なんだもの。特別なんだもの! 思い通りにするために、予知をもっともっと上手く使わなきゃね!)


 フリージアの予知は不完全だ。必ず当たるわけではない。けれど、だからこそ、自分に都合いいように欲しい未来を得ればいい。予知の加護はそのためにある。


 フリージアは輝くように微笑んだ。

 彼女の煌めく大きな瞳には、己の歪みも愚かさも映ることはなかった。





嶌咲ゆたか先生による負け組令嬢のコミカライズは、シーモアさんとRenta!さんで最終話になる24話が先行配信されています!ほんとめっちゃ素晴らしいコミカライズなのでぜひぜひ読んでください!

電子書籍版に収録したなろう版と少し違うラストや、その後のデートなどもしっかり入れていただきました!

また、番外編もあと1、2話分書きたいお話があるので、コミックス4巻発売時などに合わせて執筆したいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ