番外編③:予言と予知
「予言と予知は違うものなのですか?」
ユリシーズは幼い頃、当時の王妃クリスタにそう尋ねたことがあった。
クリスタは赤子のうちに母を亡くしたユリシーズの育ての母である。
生まれつき異常な量の魔力を持って生まれたユリシーズは、乳母には触れることすらできなかった。そんなユリシーズは魔力量が多いクリスタには触れることが可能だったからだ。
それでも髪には魔力が強く溜まり、クリスタでもまともに触れられなかった。髪を切るのはもってのほかで、幼いユリシーズの伸ばしっぱなしの髪はすでに肩を越え、背中の中程にさしかかる長さになっていた。しかも整えられないこともあり、ボサボサで毛先が四方八方に向いてしまっている。
この見た目を嫌う者は少なくないと、ユリシーズは幼いながらに察していた。
そんなユリシーズの髪を「いつか切ることのできる人が現れる」と、クリスタは告げた。
クリスタの加護は「予言」と言われている。彼女の発する未来に関しての言葉は、時に真実になるのだ。
「いつですか?」
「さあ、わかりません」
「誰が切ってくれるのですか?」
「それもわかりません」
クリスタはユリシーズの問いかけに、微笑みを湛えたまま、わからないと繰り返すだけだった。
「だって、わたくしの加護は予知ではなく予言ですから」
そう言って彼女は曖昧にしてしまうのだ。
「クリスタ様、予言と予知は違うものなのですか?」
それでユリシーズはそう尋ねたのだった。
クリスタはニコッとイタズラっぽい笑みを浮かべる。そんな顔をすると、ユリシーズの従兄弟で、クリスタの実子であるヒューバードによく似て見えた。
「では、予言の力を見せてあげましょう! そうですね……今日の夕食のメインはチキン。これが予言です」
突然そんなことを言われ、ユリシーズは目を瞬かせた。
「お話の続きは夕食の後に」
「は、はい」
ユリシーズは頷いた。
しかし、夕食の席で出たのは燻製豚肉だった。
予言は外れたのだ。
ユリシーズはガッカリして燻製豚肉を食べた。
つまり、クリスタの言うようにユリシーズの髪を切れる人など現れないのだ。そう考え、ユリシーズの心に暗い影が落ちる。
食後、クリスタはどうでしたか、と尋ねたが、ユリシーズは力なく首を振った。
「……チキンではありませんでした。予言は当てにならないということですか」
「いいえ」
しかしクリスタは首を横に振った。そんな彼女に、おとなしいユリシーズも思わずカッとなる。
「でも、予言は外れたではないですか!」
声を荒げてしまったユリシーズに、クリスタは城の侍女や侍従のような怯えを一切見せない。泰然とユリシーズの瞳を覗き込んだ。
「ええ、外れました。でもそれは可能性の一つに過ぎません。さあ、行きましょうか」
突然、クリスタに促されてユリシーズは首を傾げる。
「ど、どこへですか」
「キッチンに。何故今日の夕食にチキンではなく、豚肉の燻製が出たのか、それを知るためにです」
「で、でも……」
ユリシーズは尻込みをする。ユリシーズはその強すぎる魔力のために、あまり自室の外をうろつかないようにしていたからだ。
それだけではない。高貴な人間がキッチンや使用人の働くスペースに立ち入らないのは不文律である。普段は王妃である彼女もそれを守っている。しかし、今のクリスタは気にした様子はない。
「ほら、行きますよ」
そう言って歩き出し、ユリシーズはおそるおそる彼女についていった。
突然、王妃がキッチンに現れ、料理人たちはさぞかしたまげたことだろう。
料理長も大慌てですっ飛んできたのだ。
「王妃様、どう言ったご用件でございましょう」
「まず、急に訪れたこと謝罪しましょう。ただの興味ですが正直に答えてくれるかしら。どうして今日の夕飯は豚の燻製だったのか、教えてちょうだい」
「ぶ、豚肉の燻製に何か問題が……」
料理長は真っ青になっている。
彼はただの料理人ではない。王宮で高く信頼されている宮廷料理長である。貴族ではないが高い地位を持ち高額の報酬を約束されている身分だ。いきなり王妃が訪れ、地位の失脚に繋がると顔色をなくすのも無理はない。
「いいえ。とても美味しかったです。貴方の料理を毎日楽しみにしています。ただ、わたくしの予言では今日はチキンと出ました。ですから、何かあったのかしらと思ったんです。さあ、話を聞かせてくれるかしら」
「ああ……そういうことでございますか」
料理長はホッと息を吐いた。
「実は、今夜のメインにチキンをお出しする予定となっておりました。ですが肉の保冷庫に使用している氷の魔術具が不調で、鶏肉の保存状態がよくなかったのです。腐ってはいませんでしたが、少々匂いが気になりました。そのようなお食事を尊き方々にお出しするわけにはいかないと、本日は豚肉の燻製にいたした次第でございます」
料理長の言葉を聞いて、クリスタはユリシーズに目配せをした。
「そう。さすが宮廷料理長ですね。教えてくれて感謝します。氷の魔術具に関してはどうしています?」
「もう宮廷魔術師に修理依頼を出しております。明日以降も、完璧なお食事をお届けいたしますので、どうかご安心ください」
「期待していますよ」
クリスタに連れられ、ユリシーズは自室に戻ってきた。
「ユリシーズ、わかりましたか。予言は可能性の一つです。料理長はチキンを出すつもりでしたが、氷の魔術具が不調という、彼の予期せぬことのために夕食は豚肉の燻製になったのです」
「でも、外れたことには変わらないんじゃ……」
「そうとも言えますが、もし氷の魔術具が不調じゃなければ、もし、氷の魔術具の不調にもっと早く気づいていれば、もし料理長がこれくらいなら大丈夫と鶏肉を使ったなら……夕食はチキンになったわけでしょう? 未来は人の行動の一つ一つが作り上げていくもの。結果は合っていなかっただけで、可能性はあったのですよ」
ユリシーズは幼かったが、クリスタの言うことを何となく理解した。
「……では、この世のどこかにこの呪われた髪を切れる人が確かにいて、でも、出会う可能性も、出会えない可能性もあるってことですか」
クリスタは正解だと示すよう、微笑んだ。
「その通り。ただ待っていても会えないかもしれない。どうすれば会えるかもわからない。でも、可能性はあるということを忘れないで。そして、よき運命を呼ぶためには、よき行動が必要だとわたくしは思っています。どうか、この言葉を忘れないでね、ユリシーズ」
クリスタの視線は目の前のユリシーズを見ているようで、どこか遠くを見ているようにも感じる。
この一年ほどの期間にクリスタは随分と痩せていた。クリスタはユリシーズには何も言わなかったけれど、それが病のせいだったことにユリシーズは後に気づいた。
もしかしたら彼女は自分の死さえも予言していたかもしれない。
それでも絶望することなく、最期の日まで彼女は笑っていた。
※※※
「この方が、ユリシーズを育てたクリスタ前王妃ですか」
王宮に来たヴァイオレットが、何枚も並んだ絵画の中の一枚に目を留める。
宮廷画家が、病気で痩せる前の彼女を描いた最後の絵だ。絵のサイズは小さく、現王妃が描かれた何枚もの絵画の隅の方にひっそりと飾られている。
王太子ヒューバードの母親だというのに、少し不憫だが、現王妃の意向なのだろう。
「美人で優しそうな方ですね。……少しモニカ様に雰囲気が似ているような」
ユリシーズはその意見に頷く。
「ああ、優しい方だった。確かにモニカに似ているかもしれないな」
顔ではなく、微笑み方やその知性を感じる眼差し、年より大人びて見えることもあれば、時に溌剌とした少女のようにも感じた。
ヒューバードは早くに母と死別したせいか、実母に少し雰囲気の似たモニカを婚約者候補の中から選んだのだ。マザコンだと笑うつもりはない。それだけクリスタは素敵な女性だったからだ。
「確か、クリスタ前王妃様は予言の加護を持っていたそうですね」
「ああ。あまり精度は高くなかったと聞いたことがある」
ユリシーズの返答にヴァイオレットは眉を寄せ、顎にほっそりとした指を当てた。
「予言で精度が高くない……? 外れるということもあるんですか。でも、予言と予言じゃないことって、どうやって判断するんでしょう」
あれこれと考え込むヴァイオレットは表情がコロコロ変わって可愛らしい。
「そもそも、予言と予知って、どう違うのかしら。……あら、ユリシーズ、どうして笑っているんですか」
ヴァイオレットは首を傾げた。
そう指摘されて、ユリシーズは口元を押さえた。無意識に笑っていたらしい。
「いや、懐かしいと思ってね。俺も子供の頃に予知と予言がどう違うのか、彼女に聞いたことがあったんだ」
「……クリスタ前王妃様に?」
ユリシーズは頷く。
「ああ。夕食にチキンが出ると彼女は予言をして――」
ユリシーズは傍らのヴァイオレットに視線を向けて話し始める。
誰も触れられなかった呪いの髪を切ることができる人物は、確かにユリシーズの前に現れた。
クリスタの予言は、見事的中したのだ。
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というわけで恒例の番外編です。
番外編おそくなりほんっとうに申し訳ありません!
コミカライズがとにかく素晴らしいのでぜひぜひ読んでくださいませ!
番外編が遅くなった理由はシアノの多忙のせいです。アルフポリス文庫さん、スターツ出版文庫さんで書き下ろし小説刊行中です。そっちもよろしくお願いします!!




