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番外編①:ひまわりみたいな貴方

ヴァイオレットとコーネリアの友情話です。



 モニカのお茶会からしばらくした頃のことだった。

 ヴァイオレットに夜会への招待状が届いた。


 あまり気乗りしないが、友人のコーネリアも招待されていることもあって、一緒に行こうと約束したのだった。


 ふんわりとレースを重ねた薄紫色のドレスに真珠のイヤリングと揃いのネックレスをつけ、侍女に短い髪を結い上げてもらった。

 姿見で確認し、よし、と頷く。


「では行ってまいります」

「お待ちなさい、ヴァイオレット! そんな地味な装いで行くというの!?」


 屋敷から出ようとしたヴァイオレットの肩を、母親ががっしりと掴んだ。


「ちょっ……お母様、時間がありませんので……!」


 そう言っても母親はヴァイオレットの話など聞きはしない。

 首をブンブンと横に振っている。


「ドレスも地味だし、それじゃあアクセサリーが足りなすぎるわ! お母様のとっておきを貸してあげるから!」


 あっという間にヴァイオレットはシンプルで好ましかった真珠のアクセサリーを外され、ゴテゴテとした重いアクセサリーを何重にも首に巻かれていた。


(はあ……重い……)


 気持ちだけでなく、物理的に重い。それはもう、ズッシリと。


 母親は地味を罪だと思っているかのようで、ヴァイオレットに派手な装いを強制してくるのだ。

 何もしなくても肩が凝る重さに辟易する。


 やり直し前にはヴァイオレットも母親の押し付けを受け入れていたけれど、今となっては母親のセンスが派手すぎて少々──どころではないほど、おかしいことに気付いていた。


「お化粧も薄いわ。せっかく美人なのだから、もっと目立つように……」

「お母様、もう時間がないんです!」

「お黙りなさい! 口を閉じなければ口紅が塗れないでしょう!」


 ヴァイオレットの母親は拒否しても止まらず、ヴァイオレットの化粧の上からさらにゴテゴテと塗りたくった。

 もうここまで来たら遮らずに受け入れた方が早い、とヴァイオレットは諦めたのだった。


 ようやく解放された頃には随分時間が経ってしまっていた。

 化粧を直してから出発すると、コーネリアとの待ち合わせの時間に遅れてしまう。


「と、とにかく向かわなくちゃ」


 大急ぎで侍女とともに馬車に乗り込む。

 向かいに座る彼女はひどく気まずそうな顔でヴァイオレットから目を逸らした。


「……そんなにひどい?」

「わ、わたくしの口からはなんとも……」


 さすがに言えないのだろう。

 相当ひどい様子なのは察したけれど。

 ヴァイオレットは深々とため息を吐いた。


 一つだけ幸いなことに、待ち合わせをデネット家にしていた。

 こうなったらもう多少の遅刻はしょうがない。

 コーネリアに頼んで化粧直しをさせてもらおう。

 そう考えているうちにデネット家に到着した。


「遅くなってごめんなさい、コーネリア!」

「あ、ヴァイオレッ──」


 言いかけたコーネリアは笑顔のまま固まった。

 何かを言う前にヴァイオレットは制した。


「……わかってるから、言わないで。お母様がどうしても引いてくれなくて。遅れてきたのに申し訳ないのだけれど、化粧直しさせてくれるかしら」

「も、もちろんなのよ」


 はわー、とコーネリアは両頬に手を当てている。びっくりさせてしまったようだ。


「それと、アクセサリーも帰りまで預かってもらえるかしら。重くて……」

「あ、あのね、もしよければなのだけど、せっかくだからドレスも着替えない?」

「でも、借りるのは申し訳ないわ」

「ううん。実は、ヴァイオレットにも着てほしいと思っていたドレスがあるの。それに、アクセサリーを外したのがバレたら、ヴァイオレットが怒られちゃうもの。私の用意したドレスを着る約束をしていたと説明したら、収まるんじゃないかと思うの」


 なるほど、とヴァイオレットは頷く。

 母親に逆らったのではなく、友人との約束を優先したということにするのだ。

 母親はやり手のデネット家を気に入っている。それなら納得もするだろう。


「……でも、お母様にコーネリアが悪い印象になってしまうのは嫌だわ」

「大丈夫! 目立てばヴァイオレットのお母様は納得するもの。任せて!」


 コーネリアはぱちんと片目を閉じた。

 どうやら何か考えがあるようだ。

 友人の頼もしい姿に、ヴァイオレットはおずおずと頷いた。


 コーネリアに貸してもらったのはパステルイエローのドレスだった。

 華やかな色味で、そこにいるだけで光が当たっているように眩しさを感じる。


 ヴァイオレットはもっとおとなしい、月の光のような淡い黄色を好んでいたから、あまり着ない色合いだ。

 しかし、ほんのり青みがかったパステルイエローはヴァイオレットの肌や髪の色味に合っているのか、思いの外よく似合うように感じる。

 胸元の方が淡く、裾に行くほど黄色の色味が強くなっている。

 華やかで、母親の喜びそうな目立つ色合いだ。


「素敵なドレス……ありがとう、コーネリア。……あら?」


 コーネリアも最初に見た時と違うドレス姿だった。

 ヴァイオレットが着替え、化粧も直してもらっている間にコーネリアも着替えたようだ。


 それも、同じ黄色のドレスだ。ドレスの形状は一緒だが、色味は少し違う。

 色味が強く、温かみのあるひまわりのような黄色だ。

 可愛らしい雰囲気のコーネリアによく似合っている。


「コーネリア、可愛い! ひまわりみたいだわ!」

「ヴァイオレットも素敵なの。この色が似合うと思ったのよ」


 コーネリアははにかむ。

 ヴァイオレットはコーネリアと手を取り合った。


 コーネリア、大切な友人。

 やり直しの前には、こんなにもヴァイオレットを理解してくれていたコーネリアと仲違いをしてしまったのだ。

 今回はそんなことにならなくてよかったと思っている。


「でも、どうしてコーネリアはこんなにも私によくしてくれるの? ……正直、うちの両親って、あまりよく思われていないでしょう」


 両親は公爵としてあまり相応しくない人間性だ。

 ヴァイオレットに言えた義理ではないが、あまりにも俗っぽすぎる。


 やり直してからヴァイオレットも強く感じるようになったのだが、それというのも、元々ヴァイオレットの父親は次男で、公爵を継ぐ教育なども受けておらず、シアーズ家の手持ちの爵位のどれかを継ぐ予定だったから、らしい。

 しかし、公爵を継ぐ予定だった兄──ヴァイオレットにとっての伯父は、急な病気で継げなくなってしまった。それで急遽、父にお鉢が回ってきた、ということらしい。

 現在、伯父は空気のいい遠方に暮らしており、長期休みにはヴァイオレットの兄と弟を呼び、厳しく教育を施している。


 つまり、ヴァイオレットの父親は、あくまでつなぎの公爵なのである。

 そしてヴァイオレットも、第二王子のエイドリアンとの結婚は望めないだろう。

 デネット家からすれば、コーネリアがヴァイオレットと仲良くする利点は薄いのではないだろうか。


「何を言ってるの? だって、私たち、友達じゃないの!」


 コーネリアはこてんと首を傾げる。


「ねえ、それより、アクセサリーを見て。お揃いなのよ。ひまわりをイメージしたネックレスなの。可愛いでしょう?」


 コーネリアの合図でデネット家の侍女が持ってきたネックレスは、中央に大きなイエロートパーズ、周囲にはひまわりの花びらに見えるよう、たくさんのゴールデンパールが縁取っている。可愛いが、華やかでもある。

 このミラーコーデなら、母親が喜ぶくらい目立つのは間違いない。


「早くつけてみましょう!」

「うん!」




 コーネリアはヴァイオレットのことが好きだ。

 友人として大切に思っている。

 だから、ヴァイオレットから、どうしてよくしてくれるのか問われて、笑いそうになってしまった。

 だって、友達だもの。

 それ以外の言葉は思いつかない。


 ヴァイオレットと初めて会ったのはもう十年以上前になるだろうか。 

 コーネリアが同じ年頃の貴族子女の交流会に出席した時のことだった。

 

 デネット家は代々外交を得意としている。

 コーネリアも、ポーラニアという国で長く過ごしており、最近帰国したばかりだった。そのせいもあって、母国語よりポーラニア語の方が得意なくらいだった。

 

 普段は母国語も問題なく喋れるのだが、初めての交流会に緊張して上手く言葉が出てこない。友達を欲していたが、こんな調子では難しいだろう。

 コーネリアは最初に辿々しい挨拶をしたきり、誰とも話していなかった。

 

「変なドレス! ピアノのカバーみたい!」

 

 突然、少々生意気そうな少年が、コーネリアが着ていた紺色のベロアのドレスを指差してそう言った。

 

「え、えっと、あの……この、ドレス、変? わ、私、あの、ポーラニアから、来てるのね」

「何だよ、その喋り方! 赤ちゃんみたいじゃん。二歳の俺の妹の方がしっかり喋れるぜ。そんな喋り方しかできなくて、よくここに来れたよな」


 二歳児より母国語が下手だと言われ、コーネリアは恥ずかしさに顔が赤くなった。

 それに、周囲を見回せば、ベロアの重たげなドレスを着ているのはコーネリアだけで、他の令嬢は軽やかなチュールドレスをまとっている。

 コーネリアはこの場に場違いにしか見えない。

 

「ええと……あの……」

 

 しどろもどろになってしまったコーネリアは、ここから立ち去りたくて仕方がなかった。

 そんな時、不意に金髪の少女がコーネリアと少年の間に割って入った。

 

「シモン・ナダルさん、ご機嫌麗しゅう存じます」

 

 少女はサッと屈膝礼をして見せた。

 まだ幼いのに、淑女のような優雅さだ。

 

『コーネリア・デネットさん、ご機嫌麗しゅう存じます』

 

 少女がコーネリアに向かって挨拶した言葉はポーラニア語だった。

 思わずコーネリアの目が大きく開く。

 

『どうしてポーラニア語を……?』

『私はヴァイオレット・シアーズ。兄からポーラニアから戻ってきたばかりの子がいるって聞いていたのよ。発音に自信がなかったけど、上手に喋れているかしら』

『とてもお上手よ』

 

 コーネリアは気分が浮き立つのを感じた。


『あの、お聞きしたいのだけれど、この国ではベロアのドレスは着ないのかしら』

『もっと涼しい時期には着るわ。ポーラニアは確か、こっちより寒いのよね』

『ああ、だからなのね。みなさん、軽やかなドレスだったから。このドレス、ピアノカバーみたいって言われてしまったわ』

 

 確かに、改めて考えるとドレスの金糸での縁取りも含め、ピアノカバーみたいでコーネリアはおかしくなった。ヴァイオレットもクスッと笑っている。

 

「な、何、お前たちだけで変な言葉喋ってんだよぉ!」

 

 少年──シモンはポーラニア語がわからないらしく、コーネリアたちが話している横で不機嫌な顔になってしまった。

 オロオロするコーネリアと裏腹に、ヴァイオレットは少年にも話しかける。

 

「コーネリアはポーラニアにいたんですって。あちらはここより寒い国だから、この時期でもまだ温かいドレスを着ているんでしょうね」

「へ、へえ……そうなのか」

「それから、彼女のことを赤ちゃんみたいと言いましたけど、彼女は貴方が喋れないポーラニア語が得意なんです。さっきのこと、撤回してくれませんか?」

 

 ヴァイオレットはおとなしそうに見えるのに、シモンに一歩も引かず、はっきりそう言った。

 二人がシモンのわからない言葉で流暢に喋っていたのを聞いたせいか、シモンはバツが悪そうに目線を逸らす。

 

「わ、悪かったよ……」

 

 驚いた。ヴァイオレットが軽く諭しただけで、あんなに意地悪だったシモンがコーネリアに謝ってくれたのだ。

 

「ありがとう。ねえ、シモン。ベロア生地を見てピアノのカバーを連想するってことは、ピアノを習っているんじゃない? あっちにピアノがあったんです。興味があるから聴かせてもらえません?」

 

 ヴァイオレットはシモンに向かって微笑む。

 途端にシモンの頬が真っ赤なリンゴのように染まった。

 

「べ、別にいいけどっ!」

 

 口ではそう言うが、シモンはどことなく嬉しそうだ。

 そしていそいそとピアノの方に行ってしまった。

 

『ふう、あっちに行ってくれた。実はあの子、いつも意地悪を言うから苦手なの』

 

 内緒ね、とヴァイオレットは片目を閉じた。

 ピアノの話をしたのも、シモンを遠ざけるための口実だったようだ。

 頭の回転が早い子だ。そして何より、面白い。

 コーネリアはクスクス笑った。

 

『そうだ、この花あげる』

 

 ヴァイオレットはコーネリアに微笑み、胸元に飾ってあった小さいひまわりの花を外し、コーネリアのベロア生地のドレスの襟につけてくれた。

 

『ほら、明るく見えるでしょ。思った通り、黄色はコーネリアによく似合うわ』


 ヴァイオレットの言う通り、重たげなベロアのドレスを明るい黄色のひまわりの花が緩和してくれて、パッと明るく見える。

 同じだけ、コーネリアの胸の中も明るくなったように感じた。

 

「あ、あの……ヴァイオレット、わわ私、と、お友達、なって、ください」

 

 コーネリアの口から出た言葉は、今日一番辿々しかった。

 けれど、ヴァイオレットは笑うことなく、コーネリアの手を握った。

 

「ええ、もちろん。むしろ、もう友達だって思っていたわ!」

 

 そうしてコーネリアとヴァイオレットは友達になった。

 シモンには申し訳ないけれど、彼のピアノの演奏はコーネリアの耳にはまったく入ってこなかった。

 

 


 コーネリアは黄色のドレスを着るヴァイオレットを見つめた。

 清楚な雰囲気の方がヴァイオレットらしいが、華やかなドレスもよく似合う。

 ヴァイオレットはコーネリアをひまわりのようだと言うけれど、コーネリアもヴァイオレットに同じように思っている。

 コーネリアの胸の中に咲く、ひまわりみたいな貴方。

 

(ヴァイオレットって、美人だし素直だし、頭の回転だって早いし、すっごく素敵な子なのに、自己肯定感だけは低いのよねぇ……)

 

 おそらくそれはアクが強すぎる両親のせいなのだろう。

 まあ、あれだけやかましく言われたらおかしくなってしまうのも当然だ。

 一時は、第二王子の婚約者としてのプレッシャーのせいか空回りしていたが、最近は元のヴァイオレットに戻ってきていた。

 もしヴァイオレットに何かあれば、コーネリアは家の権力を駆使してポーラニアに逃がそうと準備しているが、これなら必要ないかもしれない。

 

「ヴァイオレット、行きましょう」

「ええ、すっかり遅刻ね」

「大丈夫なの。どうせ、シモンのピアノリサイタルで一時間はかかるもの」

 

 コーネリアがそう言えば、ヴァイオレットはクスッと笑う。

 

 ヴァイオレットにピアノを聴かせてとせがまれたシモンは、すっかりピアノを弾くのが大好きになり、ナダル侯爵家主催の夜会ではシモンのピアノの演奏から始まるのがお約束になっていた。実はシモンがヴァイオレットに片思いしていて、自分のピアノを聴かせるためなのだが、可哀想なことにヴァイオレットは全く気付いていない。

 

 そして、残念だが、今夜もヴァイオレットはシモンのピアノ演奏には間に合わないのだった。

6月19日にマガジンハウス様より負け組令嬢のコミックス2巻が発売します!

ピンク色の表紙が目印です!


また、小説版の電子書籍にもヴァイオレットとユリシーズの書き下ろし番外編が載っていますのでそちらもよろしくお願いします!

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