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35 モニカの隠れ家へ②

「ど……どういうこと……」


 ヴァイオレットが震えながらやっとのことでそう言うと、セシルは大人びた仕草で白亜の屋敷を指差した。


「ここまで入れて助かったよ。場所もだけど、こんな強固な結界を張っているとはね。その腕輪がなきゃ、さすがにボクでも入れなかったもの。ま、入ってしまえば、どれだけ強固でも関係ないけど」

「いったい……なにを……」

「キミ、魔力耐性が高い上、魔力容量もすごく多いね。さすが名のある公爵家の令嬢だけあるよ。魔力容量だけなら国内で五本の指に入れるかもね。それからさ、なんだかいい加護を持っているみたいだし」

「あ、貴方……もしかして」

「さすがに気が付いたかな? ボクこそ、ユリシーズが探しているメイナード・クロスリーだって」

「メイナード……!」


 突然、頭がスッキリとした。先程まで感じていた妙な胸のざわつきが消える。


「わ、私に精神魔術をかけたのね……!」

「ふふ、誇るといい。仮にも王子だったエイドリアンより、かかりが悪かったよ。なあ、あのエイドリアンさ、両腕がダメになったんだろう? いい気味だよ。この体やその母親を虐める嫌なヤツだったからさ」

「この体の母親──それってアンジェラ様のこと……?」

「そうだよ。ボクは生前、母親のお腹の中にいる赤ん坊をいじくって、その才能を引き出す実験をしていたのさ。ボクが転生するのに相応しい肉体を作るために。まあセシルが出来るまでに何度か失敗作も作ったけど、国王の妾妃の腹を弄る機会があったら逃すはずないだろう。王妃にいじめられて流産しかけていた可哀想な妾妃だったから、相談に乗ってあげたらころっとボクを信じちゃってさ。あの妾妃、治療を受けただけって今も信じてるだろうなぁ。そうしてやっと成功したセシルをエイドリアンは追い落とそうとするから困ったよ。だから、アイツを真っ先に計画に組み込んだんだ」

「て、転生……じゃあ、セシル様を操っているのじゃなく……」


 セシルはショーのようにバッと手を広げた。幼いセシルの姿だからこそ、表情や仕草からもチグハグで、不気味だった。


「ああ、操っているんじゃない。セシルの体にボク──メイナードの魂を融合させたんだ。疑似的な転生、つまりボクこそが本物の第三王子だ! ククッ、国王め、ざまあみろ。大事な息子は生まれた瞬間からこのボクなのさ!」

「そんな……」


 あまりの出来事に、ヴァイオレットは血の気が引いてクラッとする。


「このセシルはまだ幼いけれど、もう加護を発現している。ボクが才能を引き出したから当然だけどね。まあ、感情増幅というそれだけなら大したことない加護だ。でも、このボクの精神魔術と合わされば高い効果を持つのさ! キミにもわかるんじゃない。さっき、ボクが可愛くて可哀想でたまらない気持ちになったはずだ。そういう揺さぶりは心の隙になり、精神魔術にかかりやすくなる。しかも直接顔を合わせる必要のある精神魔術と違い、物を媒介にしても使用可能なんだ。怒り、嫉妬、怠惰を増幅させて愚かな人間を操るのは容易かったよ」


 ヴァイオレットは一度目の世界を思い出していた。

 妙に胸がざわつき、普段は理性を保てるようなところで我慢出来なかったことがあった。フリージアに対して、おかしいくらい感情的になっていたはずだ。

 しかも、それはヴァイオレットだけではない。異様なほど愚かな選択をしてしまうエイドリアンやフリージアもそうだ。物を媒介しても効果がある魔術なら、モニカの屋敷にいた使用人たちだって、そうだったのかもしれない。彼らもセシルの影響下にあったのだとしたら──


「そ、それを私に話してどうする気?」


 やり直したい。しかし今ある魔力でどれだけ遡れるのだろうか。

 セシルに会ってからこの隠れ家に来るまでに既に一時間以上経っていた。おそらく、そんなに長く遡ることは出来ない。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎている。ヴァイオレットの魔力が回復するより、時が過ぎる方がずっと早いのだ。


 それならセシル──いやメイナードから情報を引き出せるだけ引き出しながら時間稼ぎをして、その間にモニカたちを逃すことが出来るのでは。

 そう思ったヴァイオレットは、必死な思いでメイナードとの話を引き伸ばし続けた。


「わ、私に正体を明かすなんて、どういうつもりかしら。それとも私に対して何かしたいことがあるってこと?」

「ふふ、お利口だね、ヴァイオレット。キミはユリシーズ・パロウの婚約者になったんだろう。アイツの大切な存在であるわけだ。そしてボクはユリシーズが憎い。ボクを一度殺したアイツをとことん苦しめたいんだ。……なあ、人間ってどうすれば最も苦しむと思う? 大切な存在に裏切られた時だとは思わないか?」


 メイナードは目を細めてヴァイオレットの目を覗き込む。どろりと濁った瞳をしていた。子供の目ではあり得ない老獪な目だった。


「だからもし、キミがボクに協力をしてくれると言うのなら、キミとキミの一族だけは手を出さないでやってもいい。ボクの方は使い勝手のいい操り人形を失ったばかりなもんでね。それにキミはきっと役に立つさ。ユリシーズの心の隙を突けたら、アイツにだって精神魔術を掛けられるかもしれない。試してみるのも一興だろう。キミだって親兄弟が大切なんじゃないのかい?」

「……もし、断ると言ったら?」

「もちろん、キミを始末する方がいいんだろうね。キミの死体をユリシーズに見せつけるのも楽しそうだ。でもねえ、キミって使い道がありそうだからなぁ」


 メイナードの値踏みするような目線に、背筋がゾッとする。今すぐ話を打ち切って逃げ出したかった。しかしヴァイオレットは少しでも時間を稼ぎたい。なんとか踏みとどまって耐えていた。


「──キミ、いい加護を持っているでしょう。切り札になりそうな。フリージアの予知も悪くなかったけど、キミがいると予知が狂うって言っていた。つまり、フリージアより高精度の予知を持っているってことなんじゃないかなぁ?」


 ヴァイオレットの背中を冷たい汗が伝った。メイナードはどこまで見透かしているのか。情報を探るつもりで探られているのだとわかった。


「あ、生憎ですけど、私は貴方に与するつもりはりません!」


 ヴァイオレットはメイナードにはっきりとそう言った。

 それと同時にわずかに聞こえる馬車の音。おそらく、ここで長々と話しているうちにモニカとヒューバードが異変に気付いて、別の出入り口から逃げてくれたのだ。


 ヴァイオレットのことは見捨ててくれて構わない。ヴァイオレットにはユリシーズがくれた腕輪とやり直しの力がある。どうにか隙をついて逃げ出し、ユリシーズと合流すれば──。

 ヴァイオレットの唇に安堵の笑みが浮かんだ。


「そう……残念だよ。このボクから逃げられると思っているキミたちのお粗末さがね!」


 メイナードがそう言った瞬間──馬車の音がしていた方角からドンッと爆発音がした。

 もうもうと黒い煙が上がったのがヴァイオレットにも見えたのだった。


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