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33 一方、逃亡したフリージアは

 フリージアは背後を振り返った。

 誰もいないのはフリージアの加護である予知で知っていたが、王宮から出るまでは不安だったのだ。だが無事に出られた。目撃者もいない。


 今のフリージアの姿は王宮の下女のものだった。もちろん魔術具で外見を変えただけだ。それでも鏡にさえ、冴えない中年女が映し出されているのはなんだか不思議な気分だった。


「……お父様、王宮から出ました」


 フリージアは茂みに隠されていた魔術具を拾い、声を飛ばす。こうしていくつかの魔術具をあらかじめ隠しておいてくれたのだ。フリージアの『お父様』は周囲にいない。しかし、それはまるで目の前にいるかのように話すことができる魔術具なのだった。


「──フリージア。よくやった。お前が尋問されたら色々と困るからね」


 即座に返事が聞こえる。優しい『お父様』の声。フリージアはホッとした。捕まったことを怒られるかもしれないと思っていたのだ。


 フリージアの加護である予知は万能ではない。特定の場所や出来事がパッと絵のように見える予知しか出来ないのだ。

 そんな予知でもこれまでは十分に役立った。例えば、第二王子のエイドリアンが来る場所に赴き、運命的な出会いだと思わせてエイドリアンに惚れさせる。また、こうして王宮の使用人出口に、人がいないタイミングを知って逃げ出せる。


 しかし、最近は妙に予知が外れるのだ。

 フリージアは親指の爪をガリッと噛んだ。


 ──あのヴァイオレットとかいう女のせいだわ!


 ヴァイオレットがいるところでは妙に予知が狂うのだ。フリージアは予知をするたびに魔力をうんと消費して疲れ果てるというのに、予知が外れるなんてひどいではないか。


 フリージアは綺麗なドレスをあの女のせいで汚され、ひどい恥をかかされた。しかも、ヴァイオレットの連れのユリシーズ・パロウには傷を負わされた。よりにもよって、フリージアのこの顔にだ。誰もが振り返る美しい顔が台無しだ。未だ癒えない魔傷痕はジクジクと痛む。


「ねえ、お父様。魔傷痕が痛むんです。赤黒く残ってしまっているし! わたしの綺麗な顔、ちゃんと治りますよね?」

「ああ、もちろん。ただそこはまだ危ない。隠れ家に向かうといい」

「まだ家に帰っちゃだめなの? 家に帰ってゆっくりお風呂に入って、ケーキが食べたいです」

「隠れ家にはお風呂もケーキもあるよ。フリージアに似合うドレスに宝石もたくさんある。さあ、ボクもすぐに向かうからね。先に行って待っておいで。寄り道しては駄目だよ。ボクが着いたらすぐに、その可愛い顔の傷を癒してあげるから」

「うん! わかったわ! 先に行ってますね、メイナードお父様!」

「ああ。急ぐんだよ、可愛い我が娘、フリージア……」


 本当の父親であるメイナード・クロスリーの言葉にフリージアは唇を吊り上げた。


「そうよ、子供の頃からおかしいとずっと思っていたの。だって、モース家の父とわたし、全然似てないもの。冴えない顔だし、口うるさいし。ちょっと無駄遣いしただけでガミガミ怒るもの。あんな男、父親のはずないわ。わたしはメイナードお父様の娘よ! とっても立派で強い魔術師で、わたしをうんと愛してくれる」


 フリージアは今の自分が中年女の外見なのを忘れて、スキップしながら歩き出す。


「今は訳あってお隠れになっているけれど、近い内に今の王様を倒して王様になるんだって、お父様言ってたもの。エイドリアン様と結婚して、ゆくゆくは王妃ってのも悪くなかったけれど、エイドリアン様ったら捕まっちゃったし。でもお父様が王様になれば、わたしは王女様よね! ふふっ!」


 そうしたら、あの鼻持ちならないヴァイオレットと、顔を傷付けたユリシーズ・パロウは処刑してやるのだ。王太子妃のモニカも気に食わない。下女にしてこき使うのはどうだろう。王太子のヒューバードはイケメンだから、処刑は少し惜しい気がするが、フリージアの魅力になびなかったから、やっぱりなしだ。


 すっかりご機嫌なフリージア。鼻歌まで歌い、周囲の奇妙なものを見る視線に気付かず、フリージアは指示された隠れ家に向かった。

 あと少しで指示された場所に着く時、また声が聞こえた。


「フリージア、そろそろ魔術を解いて構わないよ」

「え、でもお父様、まだ外ですよ?」


 フリージアはキョトンとした顔で問い返した。


「ここまでくればもう大丈夫。可愛い顔を外に出してごらん」

「うーん、痕があるから少し嫌だけど、お父様が言うのだもの。まあ、いっか!」


 フリージアは深く考えず、メイナードから託された変装用魔術具の効果を切る。

 相変わらず痛み続ける魔傷痕があるのは気に食わないが、それでもフリージアは誰もが見入るほど美しい。周囲の視線を集めてほくそ笑んだ。

 フリージアは魅了の魔術具など最初から使っていない。天性の美しさを使って魅了している。メイナードの力で周囲が魅了されやすいようにしてあるが、魅了されるのはそれだけフリージアが美しいからなのだ。


 ──だからお父様も愛してくれるの。私は特別なのよ。


 男も女も足を止めてフリージアをぼうっと見ている。強面のゴロツキでさえフリージアに道を譲る。


「お父様、さっき使った変装の魔術具って便利ですね。ヴァイオレットのふりをする時にもこれをくださったらよかったのに!」


 フリージアが勾留される原因の一つになったのは、ヴァイオレットの名前を騙り、モニカ宛に茶葉を贈ったことだった。エイドリアンがそのためにうんと高いドレスを買ってくれて、いい馬車に乗せてくれたのは楽しかった。しかし、そのせいで捕まってしまったのはひどく腹立たしかったのだ。


「ああ、ごめんよ。目撃者にフリージアの特徴を話せないようにしておけば済むことだと思ったんだ。さあ、隠れ家にお入り」

「はーい、お父様!」


 フリージアはメイナードの隠れ家に入る。しかし、現れたのは思い描いていた素敵な空間ではなく、がらんとした小さな部屋だった。


「お父様、本当にここ? 何もないです。お風呂もないし、クローゼットもないわ。あるのはデスクとベッドだけ?」

「ふふ、大丈夫。素敵な仕掛けがあるんだ。そのデスクの前に行ってごらん」

「あ、そっか。ケーキは置いておいたら腐っちゃうものね。他のも全部、魔術で出してくれるんですね!」


 フリージアは納得する。窓際のデスクに向かい、椅子に腰掛けた。どんな魔術なのだろう。目を輝かせていたフリージアの右手が勝手に動き始めた。


「わ、動いた。面白い! 自分の手じゃないみたい! ……机の中? 本……日記帳かな。それと筆記用具に……ナイフ!?」


 フリージアの意思に反して動き出した右手は、デスクの引き出しから日記帳とナイフを取り出し、インクをつけたペンを握る。サラサラと書き始めた。


「え? 何? ケーキは? お風呂とか、ドレスとか……なんで書いているの? 待って、止まって!」


 フリージアは左手で右手を止めようとしたが、左手すらぎこちない動きになり、その内両手とも自分の意思では動かせなくなった。両手だけではない。足も動かない。椅子から立ち上がることも、身を捩ることさえ出来ない。


「いや、やめて、書かないで! お父様! お父様ぁ!」


 しかしもう何度叫んでも返事はない。

 日記帳には、フリージアの筆跡で文字が書かれていく。癖も全てそのままだ。しかし、内容はフリージアが考えたことではない。

 フリージアはヒッヒッと過呼吸になりながら涙を零す。目を閉じても手の動きは止まらなかった。


「止まってよぉ……書かないでぇ……」


『今回の事件は、全てわたしの犯行によるものです。わたし、フリージア・モースはメイナード・クロスリーの血を引く実の娘なのです。わたしはこの隠れ家に遺されていたメイナードお父様の魔術書や魔術具を使い、今回の事件を企てました。犯行の動機は、メイナード・クロスリーにわたしという娘がいたことを世に知らしめたかったからです。そして、メイナードお父様を殺したユリシーズ・パロウと、それを命じた国王への復讐です。メイナードお父様は素晴らしい魔術師でした。それは、素人のわたしが魔術具を使いこなし、これほどの事件を起こせたことで証明出来たと思います。しかし、全ての計画は頓挫しました。もはや打つ手はなく、協力者だったエイドリアンも捕まりました。わたしはもう世界に絶望したのです。わたしは亡き父が立派だったと信じ、この世から消えようと思います』


「やだ……やだぁ……」


 ここまでくればフリージアにも書かれた内容の意味がわかる。お父様がフリージアに全ての罪を着せ、殺すのだと。


「いやだよぉ、死にたくないよぉ……」


 フリージアの右手は犯行声明であり、フリージアの遺書であるそれを書き終えて、ペンを下ろした。


「お願い、お父様……わたし死にたくない! なんでもしますからぁ!」

「ごめんね、フリージア。ボクの計画のためにはキミが全ての罪を被って死ぬ必要があるんだ。大丈夫、さっき顔を出したことでもう通報がいっている。顔しか取り柄のないキミの死体も、腐って醜くなる前にすぐ発見してもらえるはずだよ。じゃあねボクの可愛い実験体」

「え……じ、実験、体……って、わたしが!?」

「せっかくのボクの血を引く子供だったからね。そりゃあ当然、実験するだろう? でも魔力が少なく生まれた時は失敗作だとがっかりしてさ、モース男爵に押しつけちゃったんだ。それっぽっちしか魔力がないわりによく頑張ってくれたよ。まあまあ使い勝手のいい加護もあったし。でも、もう要らないからさ。ボクはそのために新しい身体を用意して、六年も待ったんだから。メイナードの頃の血筋とかしがらみとか、必要ないものね」

「う、うそうそ、だって、わたし、王女様になれるって……」

「ははっ、なれるわけないだろう? 確かにボクはこの作戦がうまくいけば国王になれる。エイドリアンは失脚した。あとはヒューバードとその子供を消すだけでいい。でも、キミが王女になるのは無理。だって、ボクより年上のキミが娘だって言って、一体誰が信じるんだい? 母体に似たのかなぁ。本当、愚かな娘だ」

「いや、やだ、やめて、おねが……」


 フリージアの右手はペンの代わりにナイフを握った。泣いても叫んでも手の動きは止まらない。

 ギラッと銀色に光るナイフがフリージアの首に押し当てられる。


 ──ひどく冷たい感触がした。


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