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32 エイドリアン②

「私はユリシーズを信じています。王宮魔術師なのだから、任務や陛下のご命令で人を殺めることがあるのも理解しています。ましてや、好きで殺したのではないとわかります! それに私はユリシーズを愛しています。ユリシーズの重い荷物を半分背負う覚悟は、もう出来ていますから!」


 ヴァイオレットは言いたいことを述べ、エイドリアンの方に向き直る。


「確かに、私は貴方に執着していたことがありました……」

「ヴァイオレット……じゃあ早く助けてくれよ!」

「でも、それは取り柄のない平凡な私が、第二王子の妃という立場を得て大きな気分になりたかっただけ。最初からエイドリアン様のことが好きだったのではありません。そもそも、別の女性にうつつを抜かし、婚約者を蔑ろにしてきた貴方を、誰が本気で愛するものですか!」

「で、でも僕は……この国の王子で……僕は偉いんだ……なのに……っ!」

「……エイドリアン様、貴方はもう王子の身分ではありません」

「嘘だっ、父上が僕を捨てるはず……」


 エイドリアンはある意味で、ヴァイオレットに似ていた。それもやり直しをする前の、家柄しか誇れるものがないヴァイオレットに。だからこそエイドリアンは、親に決められた婚約者のヴァイオレットではなく、自分だけの存在であるフリージアにのめり込んだのだろう。

 ヴァイオレットはエイドリアンを憐れだとは思うが、それだけだった。


「捨てるのではありません。廃嫡されても親子であることは変わらないはずです。陛下もきっと反省をして欲しいと思っています。どうか罪を認め、償ってください。貴方のせいでたくさんの人が傷付いたんです。そして知っていることの全てをユリシーズに話してください!」

「う……うう……うああ……うあーっ!」


 エイドリアンは顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。まるで幼児のような泣き方だ。拘束は解かれていないから、顔を拭うことも出来ずに涙と鼻水を垂れ流していた。


「わ……わがっだ……ぜんぶ、話す……反省もする……!」

「ああ。反省すれば、黒鐘の塔での待遇も少しはよくなるだろう」

「ぜっ、ぜめで顔を拭かせてぐれ……」


 エイドリアンはしゃくり上げながらそう言った。確かに鼻水で息が苦しそうだ。

 ヴァイオレットはその姿に哀れになり、布を持ってエイドリアンに近付いた。

 しかしエイドリアンは顔をぐしゃぐしゃにしたままニヤッと笑った。


「僕の人生はもうおしまいだ。こんなの死んだも同然だ! だけどどうせ死ぬならなあ、お前を道連れにしてやるよおっ、生意気なヴァイオレット!」


 エイドリアンの右手がカアッと赤く光った。

 それは、マイエール侯爵家で多くの人が焼かれた時と同じだった。エイドリアンは拘束魔術で炎を外には出せない。だから、炎魔術を無理矢理暴走させ、自爆する気なのだ。ヴァイオレットを道連れにして──

 やり直しすら出来ない刹那の時間。ヴァイオレットはそう考えて身構えた。

 大丈夫、ユリシーズがいる。きっと炎はすぐ消してくれるはずだ。ヴァイオレットが死ななければ、やり直せる。

 そう思った瞬間、ヴァイオレットの目前に紫色に光る盾が広がった。


 エイドリアンの右手を焼きながら噴出された炎は、紫色の盾にやすやすと阻まれる。


「ヴァイオレット!」


 ヴァイオレットが我に返った時には盾は消え、代わりにユリシーズの大きな背中がヴァイオレットを庇っていた。

 エイドリアンは椅子に縛られたまま床に倒れている。右手も左手と同じように焼け焦げて、炭の色になっていた。


「……危なかったなヴァイオレット。腕輪の防衛魔術が上手く働いてよかった」

「あ……今の盾って、この腕輪の効果だったのですね」


 ヴァイオレットはユリシーズからもらったばかりの紫色の腕輪に視線を落とした。

 そしてホッとした瞬間、震えが止まらなくなっていた。やり直せるとしても、恐ろしくて堪らなかったのだ。ユリシーズが震えるヴァイオレットの肩を抱き寄せる。


「防衛魔術効果を付与しておいてよかった。……今のように君を守るのがどうしても間に合わないことがある。その一瞬の隙を、この腕輪が自動で護るように出来ている。ヴァイオレットに怪我をさせたくないからな」

「ありがとうございます、ユリシーズ。エイドリアンは……」

「気絶しているだけだ。魔術具を取り上げたのにこれほどの力を出すとは……。おそらくエイドリアンはあらかじめ違法な薬品を飲んで、能力ブーストもしていたのだろう。数日間効き目が持続するような薬品のようだ。そんなもの、体にどんな副作用があるかわからないというのに。しかもこれでは右腕も駄目だろうな……。両腕共に黒く炭化している。魔術の行使はおろか、今後は人並みの生活すら難しいだろう」


 ヴァイオレットは床に倒れ伏しているエイドリアンを見下ろした。なんでそんなにも愚かな行動を重ねてしまったのだろう。

 そして、その焼け焦げた匂いに、愚かだったやり直し前の自分自身を思い出していた。


「ヴァイオレット、今日はここまでだ。エイドリアンは治療後には危険思想人物として、専門の役人から尋問を受けることになる。おそらく、生涯黒鐘の塔から出られないだろう」

「そうですか……」

「……辛いものをみせてしまってすまなかった」

「いいえ……」


 ヴァイオレットを気遣うようにユリシーズの手が背中に添えられる。その手が温かくて、ヴァイオレットは小さく息を吐いた。

 ヴァイオレットたちはエイドリアンがいる部屋を出た。


「これからのことだが、俺は逃げたフリージアを追う必要がある。王宮魔術師がアジトを割り出している頃だろう。メイナードを名乗る人物……本人かどうかはわからないが、フリージアの逃亡を手引きした人間もいる。ヴァイオレットの身が危険に晒されるかもしれない。だからヴァイオレットはモニカの屋敷に行ってもらえないだろうか」

「モニカ様の今の住まいですか?」

「ああ。多重結界と隠密魔術をかけた安全な場所にいる。ヒューバードと俺しか知らない。そこなら安全だ」

「わかりました」


 ヴァイオレットはユリシーズから行き方を教わった。住所を聞いて覚えるのは危険なため、腕輪が場所を記憶してヴァイオレットを導く方法である。

 更に、腕輪に仕込まれている隠密の魔術を発動させ、馬車を何度か乗り換えるよう指示された。


「屋敷を取り巻く不可視の結界がある。結界には腕輪を持つヴァイオレットしか入れない。それでも尾行されているなどの異変に気が付いたら王宮に戻ってほしい。危険であれば、すぐに腕輪の防衛魔術を使ってくれ。一人にしてすまないが、護衛にも精神魔術がかけられている可能性がある。ヴァイオレット以外に屋敷の場所を知らせるわけには行かないのだ」


 結界の鍵の役割も腕輪が果たしてくれるという。ユリシーズから贈られた腕輪の力は万能だった。


「いえ、大丈夫です。ユリシーズがくれたこの腕輪がありますから!」


 ヴァイオレットはユリシーズと別れる前に、フリージアのことを話しておこうと思った。


「あの、ユリシーズ。フリージアの加護なのですが、おそらく『予知』だと思います。以前、それらしいことを言っていたので……」


 実際に口を滑らせたのはやり直し前だから、今のフリージアは知られていないと思っているはずだ。


「予知……なるほど」

「だからユリシーズも気をつけて……いえ、予知じゃ、気をつけてどうにかなるものでもないですよね」


 フリージアの予知は、ヴァイオレットのやり直しで変わったことに関しては読めないようだった。何か条件があるのかもしれない。しかし、どこまで万能なのかはわからないが、予知があるのならあちらに有利に働くだろう。


「教えてくれて助かった。予知魔術を撹乱するやり方もないわけではない。なんとかしてみよう」

「ええ、ユリシーズならきっと大丈夫って信じています」


 ユリシーズはその高度な魔術で数々の問題を解決していた。咄嗟の判断も優れているし、これまでやり直したヴァイオレットの無茶振りにも対応してくれた。

 きっと大丈夫だ。


 ヴァイオレットは去っていくユリシーズの背中を見送った。


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