28 シアーズ家の兄弟
マイエール侯爵夫人の屋敷で事件があった翌日、シアーズ公爵家に嵐が巻き起こっていた。
「ヴァイオレット! どういうことなの!? エ、エイドリアン様が……た、た、逮捕だなんてぇ!」
「おいっ、ヴァイオレットもマイエール侯爵夫人の誕生日会に行ったのだろう! 何が起きたんだ!」
ヴァイオレットの両親はエイドリアン逮捕の話を聞きつけたのだ。
父は頭を掻きむしり、母は扇子を床に叩きつけた。
「父上、母上、落ち着いてください!」
ヴァイオレットの兄、レオナルドは両親を宥めようとするが、二人の耳にはまったく入らずただただ狼狽えている。
「どうしてこんなことに……我が家は何もしていないのに! ヴァイオレット! お前がちゃんとしないから!」
母は怒りに任せ、ヴァイオレットに掴みかかろうとした。
それを防いでくれたのは弟のオリヴァーだった。
「もう、母上は黙ってください! 姉さん、どうしたんだよ」
オリヴァーは母を止めた後、ヴァイオレットを心配そうに覗き込む。レオナルドも頷いた。
「そうだよ。ヴァイオレット、何があったか、ゆっくりでいいから話してごらん」
レオナルドの優しい声に促され、ヴァイオレットはこれまであったことを話した。
エイドリアンがフリージアと親しくし、マイエール侯爵夫人のパーティーでも公然と恋人として伴っていたこと。所持していた禁制品が見つかり、勾留されそうになったエイドリアンが、暴れて炎魔術で招待客を傷付けたことを、ヴァイオレットの加護の部分を除き、全て話したのだった。
それを聞いてレオナルドとオリヴァーは顔を青くした。
「ね、姉さんには怪我はなかったのか!?」
「ええ、大丈夫だったわ。それに筆頭魔術師がいらっしゃったから、すぐに炎を消したし、怪我人もみんな治癒魔術を受けて無事だったのよ」
「それは幸いだったね。でもヴァイオレットが無事でよかったよ」
一度目の世界のように兄弟仲が悪化していないため、レオナルドとオリヴァーはヴァイオレットが怪我をしなかったことを心から喜んでくれた。優しいままの兄弟に、ヴァイオレットはホッとした。やはり一度目の世界の方がおかしかったのだ。
「そ、そんなことはどうだっていい! これからどうすればいいんだ! ああっ、エイドリアン様との縁談でもらえるはずだった土地が……。大体ヴァイオレットがエイドリアン様の扱いがなってないからこんなことになったんだ!」
「そ、そうよ! 王族との繋ぎを強固にするために縁談を決めたのに、計画がおじゃんだわ! どうしてくれるの!」
頭を抱えていた両親は、ヴァイオレットを睨みつける。
「ヴァイオレットの年で今から新たな縁談なんて難しいのだぞ! いい条件などあり得ないのにどうするんだ! いくら金がかかると思っている!」
「シアーズ家が疑われても大変よ。そうだわ、ヴァイオレットはどこか遠い場所にやってしまいましょうよ!」
「妥協して無駄な大金を使うくらいなら、その方がいいかもしれん。周囲の同情も買えるしな」
「……そんな、ちょっと待ってください!」
「ヴァイオレットは黙っていなさい!」
ヴァイオレットは心を入れ替えてやり直したはずだ。それなのに、一度目と同じ結末になってしまうというのか。
血の気が引き、足元が崩れていく気がした。
「そうだ。エイドリアン様に裏切られて、ヴァイオレットは心を病んだことにしてしまえばいい。遠方で療養させ、我が家はただの被害者として世間にアピールを──」
「父上! いい加減にしてください!」
父親を遮り、大きな声をあげたのは兄のレオナルドだった。
温厚な兄とは思えない大声に、両親も驚いたように口を閉じた。
「今回のことはヴァイオレットに一切の非はないでしょう! それを何もかもヴァイオレットのせいにして。貴方たちは自分の娘が可愛くないのですか!?」
「だ、だがなあ、ヴァイオレットがエイドリアン様の婚約者だったことで痛くない腹を探られるのはこちらなのだぞ!」
「痛くない? やましいことがあるからそんなことを言うんじゃないですか!?」
冷静に追撃したのはオリヴァーである。
「何もないなら胸を張れるはず。それに父上の事業って、あの胡散臭いやつのことですか?」
「……父上と母上は最近妙に浪費が増えましたよね」
二人はヴァイオレットを庇い、前に出た。
「犯罪に関わっているのなら、父上と母上でも見過ごせませんよ!」
「もしかして、変なお金を受け取ったりしているんじゃ……!」
「へ、変なってそんな……犯罪とかじゃないのよ。ただちょっと、王族と縁を持つ我が家に仲良くして欲しいって方がね」
「こら、お前は黙っていなさい!」
「……叩けば埃が出そうですね。父上と母上こそ、そろそろ引退して田舎に引っ込むべきなのではありませんか? ヴァイオレットが結婚してからと思っていましたが、色々練っていた計画をそろそろ実行しようと思いますので……お覚悟を」
両親はレオナルドにそう言われて震え上がった。
レオナルドは両親に向けたのとは真逆の穏やかな笑みをヴァイオレットに向けた。
「大丈夫。ヴァイオレットのことは僕とオリヴァーが守るよ。ヴァイオレットはいい子なのをちゃんと知っている。エイドリアンに裏切られて、辛い気持ちをずっと堪えていたのだろう」
「そうだよ。僕と兄さんは姉さんの味方だからね! エイドリアンめ、ひどいヤツだ……姉さんを、そして罪のない人々を傷付けるなんて!」
二人とも、一度目の世界ではヴァイオレットを助けてはくれなかった。しかし、悪いことをしていなければ、この二人はヴァイオレットを助けようと行動してくれるのだ。
「ありがとう……兄様、オリヴァー」
大丈夫。ちゃんと違う形になっている。
ヴァイオレットは大切な兄弟たちに微笑んだ。
その時、バタバタと激しい足音がヴァイオレットの耳に届いた。
「だ、旦那様!」
慌ただしい足音と共に、父親の執事が飛び込んできた。
「何事だ。今はそれどころでは……」
「お、王宮からの招集です!!」
「な、なんだとぉ……! ちょ、帳簿! 隠さねば」
「父上、もう諦めてください」
レオナルドの冷静な言葉に、執事はかぶりを振る。
「違います。裏金の方ではございません。今回の事件について話し合いだそうです。旦那様、奥様、そしてヴァイオレット様が呼ばれております」
「ふーん、裏金は認めるんだ。大人って汚い」
オリヴァーは鼻に皺を寄せた。
「鼻に皺を寄せるのはやめなさい。戻らなくなるよ」
レオナルドはオリヴァーを窘めてからヴァイオレットの方を向いた。
「きっとヴァイオレットの婚約の件でしょうね。──ヴァイオレット、僕たちも一緒に行こうか?」
「いいえ、大丈夫です。兄様とオリヴァーが味方だとわかっているだけで、私はとても心強いですから!」
それに王宮にはユリシーズが、そしてヒューバードとモニカもいるはずだ。エイドリアンの犯罪に巻き込まれはしたが、共犯だと思われる心配はない。
「わかったよ。行っておいで」
レオナルドはヴァイオレットの耳元でこっそり囁いた。
「父上が出かけている間に、裏金の帳簿は確保しておくからね」
「僕たちに任せて!」
オリヴァーも頷く。
彼らはダメな両親に見切りをつけ、準備をしていたらしい。頼もしい二人だ。
ヴァイオレットは大好きな兄弟たちに微笑んだ。




