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2 最悪な婚約破棄②

 目を覚ましたヴァイオレットは自分の部屋のベッドに横たわっていた。

 今までのことは夢かと思ったが、婚約披露パーティーのために仕立てたドレスを着たままの姿に、夢ではなかったと失望する。

 ヴァイオレットは会場でショックのあまり気絶し、屋敷に運ばれたのだ。


「夢じゃない……そんな……!」


 ヴァイオレットは悲鳴を上げて部屋から飛び出した。


「お父様ぁ! 助けてください、お父様!」


 駆け込んだ父の部屋には、公爵であるヴァイオレットの父、そして母や兄弟が揃っていた。

 今までなんでも頼めば買ってくれた優しい両親。彼らならきっとヴァイオレットを助けてくれるはずだ。


「お父様! エイドリアン様が──」

「ヴァイオレット! お前はなんてことを!」

「この役立たずっ……!」


 傷心のヴァイオレットは父に怒鳴られ、母から平手打ちをされてよろめいた。両親の顔は怒りで真っ赤になっている。


「ヴァイオレット……魔力量以外なんの取り柄もないくせに、なんてことをしてくれたんだ。なんの才能もない上、容姿だって悪くはないがそれくらいの顔なら掃いて捨てるほどいる。そんなお前が唯一まともに家の役に立てるのは、エイドリアン様との結婚以外なかったのだぞ!」

「しかもあんな衆目で婚約破棄までされて……恥ずかしい!」

「お前が結婚したら手に入るはずだった土地で、新しい事業を起こす準備を既に進めていたのに、大損じゃないか!」

 

 父の言葉にヴァイオレットは打たれた頬を押さえもせず、呆然とした。

 

「そんな……お父様、私より事業の方が大切なの……?」

「当たり前でしょう! エイドリアン様を繋ぎ止めることすら出来ない無能なヴァイオレット。きっともうこの話は世間に知れ渡ってるわ。もうまともな結婚も出来ない。そんな娘に何の価値があるというの」

「お、お母様まで……」

「エイドリアン様との話し合いで起訴処分だけは勘弁してもらった。だが、婚約破棄されたのは事実だ。もうどうしようもない。このシアーズ家の恥晒しめ!」


 父も母もヴァイオレットへの愛情など最初からなかったかのように、冷たく言い放った。

 

「お、お兄様……オリヴァー……」


 ヴァイオレットは兄と弟に助けを求めるように視線を向けた。これまで喧嘩一つしたことがない仲が良いきょうだいだ。きっとヴァイオレットを庇ってくれるはず──しかし、彼らの視線は見たことがないほど冷ややかだった。

 

「……人を傷付けたり、汚い手を使うだなんて、姉さんのこと見損なったよ!」


 弟、オリヴァーはヴァイオレットにそう吐き捨てる。姉ではなく、ゴミを見るような目付きだった。


「優しい子だと思っていたのに……」


 温厚でいつもヴァイオレットに優しい兄のレオナルドでさえ、ヴァイオレットを庇う様子はない。

 レオナルドとオリヴァーは、ヴァイオレットから顔を背けて部屋から出ていった。

 

 ヴァイオレットを憐れんでくれる人は家族にすらいないのだ。


「どうして……わ、私……そんな」

「ヴァイオレットは病気ということにして、領地のどこかの屋敷にやるしかないか」

「ええ、そうしましょう」

「お、お父様……お母様……それだけは……!」


 ヴァイオレットは両親に縋り付くが、あっさりと弾き飛ばされ、その場に膝をついた。


「お前に拒否権はない!」

「こんな恥ずかしい娘、外に出すわけにはいかないわ。閉じ込めておかなくっちゃ」

「どうして……」

「シアーズ家の面汚しが、どの口で言う。連れて行け」

 

 使用人たちがヴァイオレットを取り囲んだ。いつもヴァイオレットのためにきめ細やかな心配りをしてくれていた使用人たちの目にすら同情の色はなかった。

 

「そうよ。無理矢理にでも馬車に乗せてしまいなさい! ああ、その前にドレスは傷付けずに脱がしてちょうだい。少しでもお金に替えなきゃ」 

「かしこまりました」


 抵抗してもヴァイオレットの細腕ではまったく敵わない。


「いや……嫌よ、やめてーっ!」


 ヴァイオレットはすぐさま、シアーズ公爵領の辺鄙な場所にある屋敷に厄介払いされることになった。荷物も持たせてもらえない。それまで着ていたドレスを脱がされ、使用人が着るような服を着せられて追い出されたのだった。




 その屋敷は小さく、そして古びており、公爵家の令嬢であるヴァイオレットからすれば屋敷というより物置小屋のようだった。

 使用人も屋敷を管理する老夫婦のみ。二階にある部屋から外に出ることさえ許されず、食事を出される時以外、部屋の外からつっかえ棒をされていた。窓には鉄格子がはまっている。紛れもなく罪人の住処だ。例え出られたとしても徒歩ではどこへも行けないほど田舎だった。


 ヴァイオレットは毎日泣き暮らした。

 ろくに手入れも出来ない生活で肌は荒れていった。フリージアのように誰もが振り返るような輝く美少女ではなかったにしろ、それなりに美しかったヴァイオレットだが、部屋に鏡がないのを安心してしまうほど今の姿は見窄らしい。

 

 お風呂にすら毎日入れず、長く伸ばしていた自慢の金髪もパサパサで絡まり、ひどい状態になってしまった。仕方なく、閉じ込められた部屋で見つけた錆の浮いた鋏で短く切り落とすしかなかった。

 泣きながらジョキンと髪を切り落とす。鋏の切れ味は悪かったが、鋏としてまだ使える。荒れて絡まり合った髪がパラパラと地面に落ちていく。

 本来ならザンバラになった己の髪を見て再び涙が出てもおかしくない。しかし、髪を切ったことでようやく目が覚めた気がしていた。

 

 ──一体何が悪かったのか。

 わかりきっているのに、これまで認められなかったこと。

 どうして己はエイドリアンから愛されず、フリージアは愛されたのかと、そればかりで自分の非を受け入れられなかったのだ。

 

 ヴァイオレットはフリージアにひどいことをした。一つ一つは些細な嫌がらせだったが、だからといって罪がなくなるわけではない。

 それは当時のヴァイオレットからすれば、正当な意趣返しだと思っていた。先に不義をしたエイドリアンとフリージアは許されてしまう。当時のヴァイオレットにはそれが耐えられなかった。

 そんな考えで引き返すことが出来なくなってしまったのだ。 

 

 しかしヴァイオレットが全てを失ったのは他ならぬ、ヴァイオレット自身のせいだ。

 今こうして苦しいのは、友人からも、仲が良かった兄弟からも見捨てられたことだった。しかしどれも自業自得ではないか。

 

 それまでずっと心がざわついていたのが嘘のようにスッと落ち着いた。まるで悪いものが取り憑いていたのが落ちたかのようだ。

 しかし、反省しても遅すぎた。

 ヴァイオレットは鉄格子の嵌った窓から何もない外を見下ろす。地平線が見えるほど、ひたすら農地と草むらと木々としかない。ヴァイオレットはここからどこにも行けないのだ。

 

「ここで生涯反省する日々を送るしかないのね……」


 しかしそんな泣き暮らす日々ですら、そう長くは続かなかった。

 泣き疲れて眠ったヴァイオレットは深夜、息苦しさで目を覚ました。


「ケホッ……け、煙の……匂い……?」


 震える手で手燭に火をつけると、煙で部屋中が真っ白だった。


「か、火事!」


 ヴァイオレットは煙を吸い、激しく咳き込んだ。

 この屋敷の管理をしている老夫婦が火の不始末を起こしたのだろう。古びた屋敷はあっという間に火が回る。

 ヴァイオレットは逃げようとしたが、部屋の外からつっかえ棒がされている扉は開かない。


「開けてぇ!」


 ヴァイオレットは扉をがむしゃらに叩いたが返事はなかった。老夫婦はもう逃げたのか、それとも既に煙に巻かれてしまったのか。


「たす……けて……だれか……」


 誰も助けは来ない。ヴァイオレットはとっくに見捨てられているのだ。

 

 次第に濃くなる煙に息が苦しくなる。とうとうヴァイオレットは床に崩れ落ちた。その床すらも既に熱くなっていた。階下はもっと燃えているのだ。

 このまま煙で呼吸出来ずに死ぬのが先か、火が回って焼け死ぬのが先か。

 ヴァイオレットは這い上がる死の予感にガタガタ震えた。


「や……いや……死にたく……ない」


 ──やり直したい。幸せだったあの時に戻りたい……!


 ヴァイオレットの意識が煙の中に消えていく、その瞬間。

 脳裏に輝く文字が浮かび上がり、今度こそ彼女の意識は真っ白に塗りつぶされた。


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