15 ユリシーズの事情聴取②
ユリシーズに出来るのは魔術だけなのだ。筆頭魔術師として仕事をしなくては。
「では、打ち合わせの通りに」
「はい」
ユリシーズはブライアンにかけていた拘束魔術を解いた。
光っていたロープがフッと消え、じくじくと赤く染まる火傷のような痕が露わになる。
平民で魔力が少ないから余計なのだろうが、髪一本でこの有様だ。それどころかユリシーズと同じ空間に長くいるだけで魔力の痕跡が残ってしまい、人体に影響が出ることもある。既にユリシーズの自宅は誰も入れない空間になってしまっている。使用人すら置けない。
ライオネルは冷静に動き、ブライアンの手足に枷をつけて拘束をした。
「わあ、ひどい魔傷痕ですね。はい、枷をつけました」
「ああ。治癒魔術をかける」
治癒魔術をかけるが、一度ではブライアンの魔傷痕が薄くなる程度だ。数度重ねて、やっと赤黒い色がわずかに残るところまで回復させた。しばらくは痛むだろうが、ここまですれば、あとは自然治癒させた方が皮膚にいい。
「これくらいでいいだろう」
「じゃあ、起こしましょうか」
ライオネルは、気絶したブライアンを蹴り飛ばした。
乱暴な行為に、ユリシーズは眉を寄せる。
「おい……」
「別に、これくらいじゃ怪我もしませんって。大体、こいつの確認不足のせいでモニカ様とお腹の子が危ういところだったのでしょう? 優しくする必要なんかありませんよ」
ライオネルはケロッとした顔でそう言う。
実際、ライオネルが蹴るより余程ひどい傷を負わせたのはユリシーズの方だから何も言えない。
「う……」
呻き声の後、のそのそとブライアンが動き出す。
「痛えっ……! いたたた、痛いっ! な、なんだ?」
「お、起きた」
「え、あれ、ここは……?」
ブライアンは手足を拘束され、転がされたまま、きょときょと辺りを見回した。痛がっているのはライオネルに蹴られたからではなく、魔傷痕の痛みが残っているせいだろう。
「わりと正気みたいですね」
「おそらく、気を失ったことで一旦解除されたのだ。このまま精神魔術を解くのは難しい」
精神魔術とは、精神の奥に潜む種のようなものだ。正気な時は魔術としての反応がないため、解くことも出来ない。
それはユリシーズの前に筆頭魔術師を務めていた男がかつて言っていたことだった。
「じゃあ、同じ状況にすればいいんですね。同じ質問をしてみます──そこのお前。ヴァイオレット・シアーズを名乗った女の外見特徴は?」
「え? あ、えっと、髪の毛が──」
ブライアンはライオネルに尋ねられるまま、おとなしく答えようとしたが、言いかけた動きがピタリと止まる。再び精神魔術の影響下に置かれたのだ。
ユリシーズは、すかさず精神魔術に干渉する魔法陣を描き始めた。
「始まった。舌を噛むかもしれない。押さえていてくれ」
「はいはい」
ライオネルはブライアンに馬乗りになり、猿轡を噛ませた。そのまま体重をかけ、ブライアンが暴れないように押さえている。
ブライアンは異様な目をして、陸に打ち上げられた魚のように暴れ始めたが、ライオネルに阻まれている。
「ううーッ! うーッ!!」
「解除」
レジスト──レジスト──成功。
精神魔術の解除は、三度目でようやく成功した。
それまで激しく暴れていたブライアンの体からぐったりと力が抜けた。
「成功した。かなり複雑な魔術式だったな」
「でも、また気絶しちゃいましたね。何度でも起こしますけど」
ライオネルはブライアンを押さえるのはやめたが、今度は激しく揺すり始めた。まあ、蹴って起こすよりはいいのだろうが。
ユリシーズは眉を寄せて考え込む。ブライアンにかかっていた魔術は非常に高度で複雑なものだった。普通ならありえない『自殺をする』という行動を取らせるのだから当然かもしれない。
ユリシーズは、これほどの精神魔術を使える人間はたった一人しか知らない。
ユリシーズの前の筆頭魔術師だったメイナード・クロスリーだ。彼は精神魔術を得意としていた。ユリシーズの知る限り、右に出る者はいない。ユリシーズでさえ、精神魔術単体なら数段劣ってしまうだろう。
しかし彼は六年ほど前に死んだ──いや、殺したのだ。それも、ユリシーズ自身の手で。
メイナードは度を過ぎた魔術研究をしていた。おぞましい人体実験を伴うものだった。そのせいで筆頭魔術師の立場を追われて投獄されたが、逆恨みして脱獄し、国王の命を狙ったのだ。
そして、次に筆頭魔術師になっていた若輩のユリシーズが彼を殺した。死体もユリシーズがはっきりと確認した。メイナードは間違いなく死んでいる。
では、一体、誰が──
「パロウ殿、何しているのですか。ブライアンが目を覚ましましたよ」
「ひい……もうなんなんだよぉ……体は痛いしよぉ……」
「泣いている暇あったらさっさと話せ。お前が見たというヴァイオレット・シアーズの外見は?」
ブライアンにかけられていた魔術は解除されている。ブライアンは今度こそ、正気を保ったまま話し始めた。
「ひっ……は、話しますから! 長い金髪です! ただの金髪じゃなくて、ピンクがかった色で。あと、見たことないくらいすごい美人でした。あっ、モニカ様も美人なんですけど、そうじゃなくて……もっと若い……いや、まだあどけない美少女って感じの……」
「ピンクがかった長い金髪。ストロベリーブロンドってやつ? あと美少女か。ヴァイオレット・シアーズは十八歳だから、そう変わらない歳で、該当する外見でかつ、動機がある女ねぇ……」
「……フリージア・モースか」
ライオネルは頷く。
「ま、それしかないですよね。さらに人を雇った可能性もありましたけど、それはなかったか。あと何か気になったことは?」
「そんなこと言っても……」
「例えば誰かに魔術をかけられたとか、ヴァイオレットを騙る女の他に誰かがいたとか、そういうことはなかったか」
「えっと……なんかよく覚えてないんですけど、馬車に誰か乗っていたような……。どんな人とかはまったく覚えてないんですが、お見送りのご挨拶した時に声をかけられて……すみません、そこまでしか思い出せないです」
「それで十分だ。おそらく、そこで精神魔術をかけられたのだな」
「エイドリアンですかね?」
「いや、エイドリアンの加護は炎系魔術強化のはずだ。エイドリアンとフリージアの他に精神魔術を使える人間が裏にいるのは間違いない」
フリージア自身が精神魔術の使い手である可能性もあったが、それほどの魔術が使えるのなら噂になっていそうだが、そういう話は聞いたことがない。急に精神魔術の加護に目覚めた可能性も踏まえておこうとライオネルに告げた。
「はい。それもヒューバード様にご報告します。それじゃあ、ここまでの報告をしに戻るとしますか」
「ああ」
ライオネルはさくさく後片付けを始めていたが、呆然と立ちすくむブライアンに指を突きつけた。
「あ、そうそうブライアンとか言ったな。場合によっては首実検するためにまた呼ぶかも。あと、死にたくなければこの件は他言無用だ。いいな」
「は、はいっ!」
「パロウ殿、ほらさっさと帰りましょう。帰ったらヒューバード様に誉めていただくんだ」
一仕事終えて、すっかりご機嫌になったライオネルを見て、ユリシーズは肩をすくめた。




