表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/42

14 ユリシーズの事情聴取①

 モニカはヒューバードが用意した屋敷に移ることになり、ヴァイオレットは自宅へ戻っていった。


 ユリシーズだけが屋敷に残り、ヒューバードの腹心の部下であるライオネルと共に、ブライアンからヴァイオレットの名前を騙った者の情報を聞き出すことになっていた。


 しかしユリシーズの心を占めていたのは他のことだった。


 ──ヴァイオレット……あんな人は初めてだ。


 ヴァイオレットがターニャと揉み合って突き飛ばされた時、ユリシーズは期せずしてヴァイオレットを受け止めることになった。


 実際はぶつかられただけとはいえ、人の体に直接触れたのは何年ぶりだろうか。

 衝撃はとても軽かった。彼女がほっそりして華奢だったからだ。むしろユリシーズの硬い体躯では、壁よりはマシといった程度で、クッションにすらならなかっただろう。ヴァイオレットは本当に怪我していないのか、心配になってしまう。


 彼女の短い髪が、ユリシーズの鼻先をかすめていったのも思い出す。すぐ間近の彼女からはひどく甘い香りがしていた。思い出すと、クラッと眩暈がしそうだった。


 あの可憐な女性に魔傷痕を作らずに済み、本当によかった。不慮の事故だとしても、ユリシーズの体に触れただけで火傷のようになってしまう。死ぬことはないが、その痛みは火傷よりずっと強いらしい。治癒魔術で治せるが、完全な回復には時間はかかる。

 ヴァイオレットの白く輝くような肌を思い出す。あの肌が傷付かなかったこと、菫色の綺麗な瞳が曇らなかったことを、心から安堵をしていた。

 それから、咄嗟に突き飛ばしてしまったことを彼女は怒っていないだろうか。ヴァイオレットは床に倒れ込み、大きな瞳でユリシーズを見上げていた。


 ユリシーズは不思議なほど、ヴァイオレットのことばかりを気にしてしまっていた。こんなにも一人の人間が心を占めたのは初めてだった。ユリシーズはこれまで筆頭魔術師として、与えられた仕事だけをただこなしていればいいと思っていたというのに。




 ユリシーズの体質は生まれつきのものだ。生まれてすぐ、魔力が異常値を示していたそうだ。それはいっそ、呪いに近いほどの強さですらあったという。


 ユリシーズの母親は国王の妹──王妹だった。

 しかもあろうことか未婚の王女が妊娠したのだ。(おおやけ)にすることは出来なかった。父親は、妊娠が発覚した時には既に亡くなっていた騎士の可能性が高いそうだ。兄である国王から結婚を反対されて既成事実を作ろうとしたが、相手が死んでしまい、妊娠したことを言い出せなかったのだろう。ユリシーズの母は誰にも語ることなく死んでしまったのだ。


 ユリシーズは王宮の奥に隠されて生まれ落ちたが、母は愛する人を失った悲しみに体調を崩しており、ユリシーズを産んで気力も使い果たしたのか、産褥熱で亡くなったのだという。

 しかも、魔力が異常なほど多いユリシーズは、普通の乳母では抱くことも出来なかった。普通なら乳も飲めず、とっくに死んでいただろう。


 しかしユリシーズには運があった。

 唯一の例外として、王族や高位貴族など、ユリシーズの強すぎる魔力に対抗できる高い魔力を持つ者のみ触れることが出来たのだ。しかも、当時はまだ存命だった前の王妃は、王太子ヒューバードを産んだ直後。彼女から乳を分け与えられ、ユリシーズは生きながらえた。そして、同い年の従兄弟であるヒューバードと共に育てられたのだ。


 しかし成長して十歳になった時、ユリシーズはさらに魔力が増強する加護を得てしまった。元々天才的な魔術の素養もあったが、全身を覆う呪いのような魔力も更に増してしまい、誰も触れられなくなってしまった。


 時同じくしてユリシーズの面倒を見てくれた王妃も病気で亡くなった。

 次の王妃になったのは第二王子エイドリアンの母であった。彼女はユリシーズに触れるどころか、近付くことも許さなかった。非常に嫉妬深く、国王が愛を注ぎそうな王妹の忘れ形見を嫌っていたからだ。


 それ以来、ユリシーズに触れる者は誰もいなかった。

 ただ一人、あのヴァイオレットを除いて──。


「パロウ殿、どうかしましたか」


 ヒューバードの腹心の部下、ライオネルから声をかけられて、ユリシーズはハッと我に返った。


「──いや、なんでもない」

「じゃあもう一度、念のために説明します。ブライアンは気絶していますので、パロウ殿は一旦拘束を解いてください。僕が手と足に枷を付け直しますから、それが済んだら治癒魔術をお願いします。それが済んでから事情聴取をします」

「ああ」

「精神に関わる魔術ってのは解けるものなのですか?」

「やってみなければわからない。どちらにせよ多少時間はかかる。暴れたら押さえてほしい」

「了解です」


 ユリシーズは目の前で気絶している男に視線を落とす。


 急に様子がおかしくなったと思ったら、ナイフを取り出したのだ。

 まさか、所持品検査もせずに身重の王太子妃の前に連れてくるとは思ってもみなかった。


 モニカがこの屋敷を使用人ごと見限った理由もわかるというものだ。コネを持った身内だけで固め、体制がなあなあになってしまっている。

 モニカが優しいと思い、つけ上がっていたのだ。

 もしくはモニカが言っていたように、王太子妃や生まれてくるであろう子供の世話をする自分たちを、特別な存在だと勘違いしていたとしか思えない。


 ハーブティーに関しても茶葉の確認が不十分だった。モニカの体質を知っていて、見逃したのだ。その責任逃れをするためなのか、ヴァイオレットに対して、異様なほど敵意を向けていた。そんなことをしても自分たちの失敗が消えるわけではないというのに。いっそ操られているとでも思った方が納得できるほど、この屋敷の使用人たちは愚かな行動を重ねていた。このブライアンという店員もそうだ。驚くほど質が低い。モニカに見限られたこともあるし、他の貴族も取引をやめるはずだ。おそらく茶葉の店も長くは保たないだろう。


 ふと、使用人からの嫌がらせで水をかけられたらしいヴァイオレットを思い出す。濡れて雫を落とす髪が頬に張り付いていた。そんな状態で公爵家の令嬢に、泣くどころか笑うほどの胆力があるものなのか。か弱そうだが、見た目よりずっと気丈なのだろう。

 それと同時に、濡れた服が張り付いて、体のラインがくっきりしていた。すぐに目を逸らしたが、ヴァイオレットの濡れた服に肌が透けていたのまで思い出してしまい、ユリシーズは手近な壁にバンッと己の頭を打ち付けた。


「わっ! びっくりしたぁ……」


 その音にライオネルが肩を震わせた。


「パロウ殿、どうしたんですか。さっきから変ですよ。ああ、いえ、変なのは別に構わないですけど、僕やヒューバード様の前で魔力暴走を起こすようなことはやめてくださいよ」

「あ、ああ……すまない。なんでもない。精神統一をしただけだ」


 壁に頭を打ち付けた痛みでユリシーズは冷静になった。


 ユリシーズに親しく接してくれるのは、ヒューバードにモニカくらいのものだ。あとは伯父である国王陛下はまだしも、エイドリアンなど他の王族から嫌われているのは知っていた。ヒューバードの部下、ライオネルからも好かれていない。それでもユリシーズを前にしても怯えたりしないので、まだ仕事をやりやすい方だった。


「準備は出来た。始めよう」


 ユリシーズはライオネルにそう言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ