11 目撃者
ユリシーズは昨日の続きで、モニカに送られたハーブティーの出どころを調査しに来たのだという。
ヴァイオレットたちは診察の終わったモニカと合流し、屋敷の管理者に厨房にある保管室へ案内してもらった。
「こちらがその茶葉です」
茶葉は麻袋に入った状態で缶に入れられ、引き出しに保管されている。昨日の騒ぎ以降、誰も触っていないとのことだ。さっそく、ユリシーズが昨日と同じく成分を調べる魔術を行った。
「調べたが、昨日のお茶の成分と全く同じだ。間違いなく、この茶葉が原因だな」
ユリシーズがそう言うと、管理者の男はヴァイオレットをチラッと見る。その目は好意的なものではない。歓迎されていないのはわかりきっていたことだ。
「それから、こちらが贈り物の受領帳簿です」
帳簿には日付、茶葉の店名、受け取った責任者、誰からのプレゼントなのか、メッセージカードの内容に至るまで詳細に記されていた。
「この帳簿は受け取った贈り物を全て記されているのですか」
ヴァイオレットがそう尋ねると、屋敷の管理者は、ヴァイオレットに一瞬敵意を見せたが、渋々と話出した。
「ええ、ここはリングフェロー家の所有の屋敷ですが、主にモニカ様がお使いになっております。お茶会や、短期滞在などですね。モニカ様が王太子妃となられてからは、こちらにも贈り物が非常に多いのです。管理するのは当然のことでございます。もちろんモニカ様にお出しする前に我々で毒味もしています。……何が入っているか、わかったものではありませんのでね」
管理者の男はそうヴァイオレットに当てこすった。
「例えば、最近ですとヒューバード殿下、セシル殿下からの贈り物もございます。これらの品をモニカ様にお出ししても大丈夫か、筆頭魔術師様に確認していただけますと安心なのですが」
また、チラチラとヴァイオレットを見てくるので、ヴァイオレットはウンザリしていた。
ちなみにセシルとは、ヒューバード、エイドリアンのさらに下の第三王子である。二人とは歳が離れておりまだ六歳なため、実際には名代から贈られたものなのだろうが。セシルには一度目の世界で激しく泣かれたのを思い出す。セシルの名前に胸がざわつくのは、セシルの泣き声を皮切りに周囲から嘲笑されたせいだろう。
帳簿にざっと目を通したがエイドリアンからの贈り物は見当たらなかった。エイドリアンは貴族間の付き合いを軽く見ている傾向があり、自分から贈り物をすることはあまりない。一度目の世界では、ヴァイオレットが連名にして代わりに贈っていた。そうやって、気が利く性格ではないエイドリアンを補佐するのだと当時は息巻いていたものだ。感謝されたことは一度もなかったし、エイドリアンからすれば余計なことだと思われていたのだろう。
「ではこのリストにあるものの成分を確認しよう」
ユリシーズが調べた結果、他に問題のある贈り物は出てこなかった。
「これで安心してモニカ様に召し上がっていただけます!」
管理者の男は喜び、モニカもホッとしたようだ。
「そうね、よかったわ。モーリス、茶葉の店の担当者に連絡はついたかしら」
「はい、私の娘があらかじめ連絡して、もう部屋の外に待機させております」
管理者の男──モーリスは頷いて、部屋の外に声をかけた。
入ってきたのは、ヴァイオレットに水を掛けたあの侍女だった。
隣に優男風のおどおどした男性を連れている。しかし妙なほど距離が近い。ぴったりとくっ付き、支えるように背中に手を回している姿は、二人が特別に親しい仲であると示していた。
どうやらおどおどしたその男が、茶葉の店の担当者のようだ。つまり彼女からすれば、ヴァイオレットが父親や恋人を貶める悪人に見えるのだろう。過剰なほど敵意を剥き出しにしてくるのをヴァイオレットは納得した。
「ブライアンは何もしていません。もちろん父もです。信じてくださいモニカ様!」
入ってくるなり、侍女はヴァイオレットを睨みながらそう言った。王太子妃が滞在する屋敷の侍女にあるまじき態度だった。
「ターニャ! モニカ様に失礼をするんじゃない。……申し訳ございません、モニカ様」
モーリスは汗をかきながら娘を窘めた。さすがに娘の態度があり得ないことをわかっている様子だ。しかし娘の方は謝罪すらしない。ヴァイオレットを睨んだままだ。
そして茶葉の店の担当者はブライアンというらしい。緊張しているようで、きょときょとと視線が落ち着かずにいる。
「もちろん、貴方たちを疑っているのではないわ。どういう状況かを聞きたくて呼んだのよ。ブライアンと言ったわね。店の注文書と併せて話を聞かせてちょうだい」
モニカは穏やかにそう言う。
ブライアンはモニカの優しげな声にホッとしたのか、おそるおそる口を開いた。
「数日前、シアーズ公爵家のヴァイオレットと名乗るご令嬢がやってきて、ハーブを全て指定したオーダーブレンドの茶葉を注文されました。とても豪華な服装で、店に乗り付けた馬車も立派でした。だから高位の貴族令嬢で間違いないと思いましたし、シアーズ公爵家と名乗っても違和感ありませんでした。注文を受けた自分がハーブのブレンドを担当し、届け先がいつも懇意にしていただいているこちらの屋敷だったので、そのままお届けしました。こちらがその注文書です」
彼は手にした注文書はモーリスの手を経てモニカに渡された。ヴァイオレットも横から注文書を覗き込む。
書かれている日付はコーネリアと宝石店に行った日である。
ブライアンの話は続く。
「本当にこの日付で間違いないのね? 時刻は?」
ヴァイオレットはブライアンを問いただした。
ブライアンは驚きながらも答える。
「え、ええと、午後です。二時から三時の間くらいで……」
それを聞いたヴァイオレットはモニカの方を向く。
「モニカ様。私はこの日の二時から三時の間は人と会っていました。昨日のお茶会でも一緒だったコーネリア・デネットです。それに出先でユリシーズにもお会いしました!」
「ああ。宝石店で、店員が手を滑らせて落としそうになった魔石をヴァイオレットが受け止めてくれて、割らずに済んだのだ。時刻もその頃で間違いない」
ヴァイオレットはホッとした。いくらモニカたちが信じてくれるとは言っても、アリバイで完全に身の潔白を晴らせたことになる。
「あの、その方は……?」
ブライアンはきょとんとしてヴァイオレットを見た。
「私がヴァイオレット・シアーズよ。本物のね」
「本物って……あれ、偽物だったんですか!?」
「そう言ってるのよ。それで、貴方に注文をした令嬢の外見は?」
モニカの質問に、ブライアンは考えるように顎に手を当てる。
「えっと、外見……は……」
言いかけたブライアンの動きがぴたりと止まった。目が虚空を見つめている。
「ちょっとブライアンってば。どうかした?」
侍女のターニャに問いかけられても答えない。様子がおかしいのは誰の目にも明らかだった。
再び動き出した彼は突然、折り畳みナイフを取り出した。ズボンのポケットに隠し持っていたのだ。ギラッとナイフが光を反射する。それと裏腹に、表情が削ぎ落とされ、真顔になったブライアンの目から光が消えていた。
それを見てヴァイオレットは叫ぶ。
「モニカ様、危ない!」
「ヴァイオレットも下がりなさい!」
ユリシーズは即座に光る結界を空中に描き、モニカとその横にいるヴァイオレットを取り巻く防壁を作り出した。
ヴァイオレットもユリシーズも、ナイフを持ったブライアンがモニカを狙うものとばかり考えていた。
──しかし、ブライアンのナイフが突き立てたのは、ブライアン自身の首だった。
ドスッと重い音がする。自分が首に突き立てたナイフの柄を、不思議そうな顔でブライアンは抜く。途端に血が噴き出てブライアンはバッタリと倒れた。ビクビク震えていたが、すぐに血溜まりの中で動かなくなる。
「あ……あ……」
ヴァイオレットは声が出ず、ただ凝視するしかない。いや、その場にいた全員が凍りついていた。
長い静寂を破るようにモニカが悲鳴を上げた。ヴァイオレットもその場にへたり込んだ。
「いやあああああああぁぁぁ!」
ターニャの喉が張り裂けるような叫び声。同時にモニカもその場にばったりと倒れた。気絶したのだ。
「……即死だ。魔術でも死んでしまえば治せない」
ユリシーズの重々しい呟きが聞こえる。
ブライアンは貴重な目撃者だった。死んでしまっては筆頭魔術師のユリシーズであっても、どうにでもならない。
しかし、ヴァイオレットならやり直せる。問題は、ヴァイオレットの力だけでナイフを持ったブライアンを止めるのは無理なこと。
現状、回復している魔力ではせいぜい数分をやり直すので精一杯だ。そして、出来るのは一回きり。失敗すればまた死んでしまう。
ヴァイオレットは腰を抜かして震えながら、必死に頭を回転させていた。こうしている間にも刻一刻と過ぎていく。
──でも、やらなきゃ。一人では無理なら。傍らに立ち尽くすユリシーズを見上げた。
この人を信じるしかない。
『やり直しますか?』
「ええ、やり直すわ……!」