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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter8:

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92/125

White whale (12)

 中に居る生存者の救出、およびまだつづいている戦闘に加勢するには一刻を争う。


 飛び上がった理逸は、スミレを背負ったままへりをつかんで三階のベランダスペースに着地した。


 倒れかかったビルに飛び乗り、襲撃してきた水道局連中の開けた階段への大穴を通ることも考えたが……そこに見張りが残っていて射撃される可能性やいつ崩れるかわからない足場であることを考えると避けるべきだと思われた。


「いつも通り後衛頼むぞ」

「弾は六発しか持ち歩ぃてぃません。今回は二発ずつ装填して威嚇以外(・・・・)の発砲も行ぃますが、接敵数が三を超ぇたら引き返します」

「わかった」


 普段はなるべく威嚇のみに留めるスミレも、敵の数すら不明な現状は射撃を『当てる』方向で考えてくれるようだった。

 それでも殺しは、したくない。させたくない。


「なるべく隠密行動で、倒しながら進む」

「はぃ」


 そろりと、慎重に内部に入った。ひっそりと薄闇がたたずむ室内、廊下に出る。

 いくつか、顔見知りも含む死体が転がっていた。派手にやってくれたらしく、廊下の壁にはペンキをぶちまけたように血痕が残る。理逸は歯噛みした。

 ともあれ、まだ生きている人の気配はなんとなく感じられる。

 このフロアは銃声から遠い。上の方からは連射の音が響いているが……壁に残る弾痕はよく見る、制式拳銃のそれだ。おそらく上階と下階で装備のちがう者が入り込んでいる。


「上から聞こえるのは安臥小銃サルトルの銃声? 約定破りか」

「高火力の銃は規制されてぃるのでしたょね」

「ああ……ただ使わないだけで、奴らは持ってないわけじゃない」


 いざとなれば使えるぞ、という抑止力、兼、新市街民に安全をアピールするための道具として水道局が安臥小銃を持っているのは周知の事実だ。なんなら凪葉良内道水社の記念式典などでは祝砲として年間残弾を使う催しなどがあるとも聞く。

 もっとも、南古野側でも表立って出さないだけで各派閥がシマの奥深くには所持しているとのうわさがある。数も質も揃わず射撃練習もできない以上、コケ脅し以上のものにはならないが。


「あんなもん持ち出すってことは、いよいよ水道局も切羽詰まった動きがあるな。なにかあったか」

「……、」

「どうした?」

「ぃえ。なんでも。前に集中してくださぃ」


 めずらしく歯切れの悪い様子を見せるスミレだが、たしかにいまは接敵に備えなくてはならない。

 身を低くして被弾しないよう注意しながら、理逸は廊下を進んだ。物音というほどのものはなにもないが、なにかが動いているような気配は感じている。

 曲がり角にきた。呼吸を整えながら待つ。こちらに伸びてくる影はない。静止状態でフロア内を警戒しているか、それともそこにはいないのか。

 わからないままに身を投げ出す。

 廊下の角から乗り出した瞬間、五メートルほど先の部屋のドア前で制式拳銃を低いポジションに構えている者が居た。

 防護服を身に纏っている。水道局の群青の制服ジャケットではない。於久斗を襲撃してきた追っ手と同じ格好だ。

 向こうが、こちらに気付いた。

 銃口が向く前に引き寄せのプライアで射線をグイと横に向けた。急な動きで引き金にかかる指先を取られたか、男が驚愕の顔つきになる。ラッキーなことに弾を撃たせずに済んだ。

 駆け込んでのランニングキック。重たい前蹴りで銃を胴へ叩きつける。体重をかけて床へ押し倒し、踏みつけながら逆の足で顎を蹴りぬいた。ご、っと床にメットを装備した後頭部が落ちる。

 この音に感づいたか、次の曲がり角から顔を出す影があった。動揺した声で仲間に呼びかけようとする。


「おいお前、どうし――」

止まりなさぃ(Freeze)


 言いつつスミレが撃つ。当たってもいいが死なない程度に、と低く撃ったのか脛あたりを擦るような軌道だった。向こうが怯んで止まる。

 すかさずメットに向かって理逸が引き寄せ。体勢を崩した男に、駆け込んで《白撃》。手の甲を地に向けて打ち上げる左拳で喉笛を穿ち、手首を返して前襟をつかんだ。

 倒した奴の向こうに、ちらりともう一名見えたからだ。襟をつかんだまま盾としてずりずりと前進し、向こうの動揺を誘う。目に見えて慌てる声がした。


「や、やめろ! お前、止まっ、がぁっ!?」


 後ろから追いついてきたスミレが撃った。ジャケット越しにだが右肩に食らい、構えていた制式拳銃が跳ね飛ぶ。

 理逸は盾にしていた男を手放すと左手で無防備な相手を引き寄せ、同時に右手で自身を、相手後方の壁に引き寄せた。駆ける足が空転するかギリギリの速度を得、二段階の加速をつけた《白撃》がまたも相手の意識を奪う。


「……いまのドンパチの音に反応する気配、まだあったが。動いてないってことは戦闘に入って無事でいられる自信がない――つまり単独の兵か、あるいはこのフロアに残った身内か」


 スミレの銃声が掻き消えてから、しばらく間を置いても次の兵がやってこないため理逸はそのように判断した。スミレは亜式拳銃に弾丸を込め直し、一瞬熱い銃身に触れたために掌をぶんぶんと風にさらしながら理逸の後ろにぴったりとついた。

 理逸は倒した男たちの装備をあらためて見返しながら、言う。


「こいつら練度もそうだが服装からして、水道警備兵じゃなかったな。目撃者の話じゃ上に入ったのは水道局の制服姿、だったはずだが」

「服装はオクトさんをぉそった奴らと同じ。慈雨の会絡み、つまり」

「求生総研か。水道局じゃないとはいえ、約定破りが許されるわけでもねぇが」

「……」


 またなにか、考え込んでいる。なんでもすぐ口にする(そして歯に衣着せぬ)スミレにしては妙な日だと思いながら理逸は訊いた。


「どうした?」

「ぃえ。ここには生き残り、ぃるのでしょぅか」


 素朴な疑問である。ここまでの廊下でも死体が投げ出されていたわけなので、可能性は高くないような気がした。

 だれも生き残っていないとしたら、あるいは降伏宣言が出ているとしたら理逸たちがここに留まる理由はなくなる。無駄死にする可能性すら考えられるからだ。

 おそらくはそれを見越しての冷静な判断から出た言葉なのだろうが、理逸としては承服しかねる。組合幹部・《七ツ道具》の肩書きと、継いだ三番の名およびそこに懸けていた兄・朔明のことがそうさせた。


「だとしても行くぞ。上の階には織架と蔵人さんと譲二さんがいるはずだし、銃声がしてるってことはまだ戦闘中のはず。少しでも加勢して組合を守らないと」

「……はぃ」


 二人でフロア内を慎重に進み、上への階段までやってきた。

 そこは案の定というか、隣から倒れてきたビルによって粉砕されており、ステップには瓦礫が落ち天面も崩れて通れなくなっている。理逸なら引き寄せで無理やり移動できなくはないが……ここで無用な力をかけては危険が伴う。あやういバランスで耐えているここが、今度こそ崩落しかねない。


「非常階段を通るか」

「と、考ぇることも見越してぃるょうに思ぃます」

「……退路をわざと残したってか?」

「聡明、ですね。私も、そう思いましたよ」


 声をかけられ、ばッ、と理逸は振り向く。視界にとらえた瞬間にプライアを仕掛けるつもりだった。

 けれど声のした先、廊下の一画に転がっていたのは。


「先生?」


 かつての理逸の、青空教室での恩師・トジョウだった。

 トレードマークだった丸眼鏡はどこかへ落としてきたのか、かけていない。整えていた髪が垂れ落ちて、いつもはきっちりとしているサスペンダーもシャツの肩からずり落ちている。

 というより、サスペンダーが撃ち抜かれている。


「先生っ?!」


 右肩から脇腹にかけて、複数発、被弾していた。

 脇腹がとくにひどい。よく見れば、横倒しにうずくまる彼の寝そべる床に、黒い水たまりが広がってきている。出血が多い。肝臓をやられたか。


「やられ、ました……不覚」

「どうして先生が、ここに」

「ハシモト、君が。なんらかの不調を、抱えましてね……医者に、見せようと。来たのです」

「ハシモトが?」


 友の名が出て、スミレも目を見開く。トジョウはうなずくこともできないのか、浅く肩で息をしながら説明した。


「はい……素人の所見ですが、聴覚の問題ではない。おそらく、脳の言語野に異常が、ある。話せず、かつこちらの言葉も、認識がうまくできない、ようでした」

「ハシモトは? ぁの子は、どこへ」

「ご安心、なさい……そこの、消火栓ボックスのなか、です」


 言われて、スミレは小走りにそちらへ駆けていった。理逸はその背を目で追うが、トジョウもいまにも息絶えてしまいそうでここを離れられない。

 その内心を見抜いたように、彼は言った。


「もう私はもちません。三人で脱出を」

「先生、そんな」

「消火栓のホースを、隣の部屋の窓辺に、結んで垂らしてい、ます……ハシ、モト君を、そこから逃がす、つもりで……どうか、そこから…………ああ、でもまあ、きみなら。プライアがありますし、必要ない、か……」


 顔面は蒼白で、意識もうつろなのかトジョウの声と視線が震える。

 このひとは最期まで、子どものことなのか。ほかのなによりも。

 自分の、命よりも。

 震える声を発し、トジョウは目を伏せる。


「円藤、くん」

「はい」

「背負い、すぎないように。私を、きみの一部に、しないでくれ」

「そんなこと、しません」

「するよ。きみはきっと。だが私の死は、私のものだ。選んだ……どうあれ、選んだものだ。経験にするのは、いい。だが自分の一部を、私とともに、殺さないでほしい」

「俺はそんなことは、」

「いや、いい。返事は、いい……ただ、覚えて、いてくれ。あとから、思い出してくれ。そう、約束、してくれ」

「……はい」

「うん」


 うなずくような声を発して、深く息を吸った。

 肚まで落とした呼吸だった。

 それきり、トジョウは閉じた目を開かなかった。かすかに呼吸はしている。だが、もう開くつもりはないようだった。

 血は、もうかたわらにひざまずく理逸の両膝をも浸している。

 たとえこの場に腕のいい医者が居たとしても間に合わない。こぼれ落ちたものの量感が、腹の奥底からごっそりと喪失するのを思った。


「先生」


 聞いている、とは思った。もう口を動かすことがその身には重たすぎるのだろう、とも思われた。


「行きます。ありがとうございました。これまで、いままで、色々」


 ごちゃごちゃの頭のなかから精一杯言葉を吐き出して、理逸は坐したまま頭を下げた。

 立ち上がってスミレの方に向かってからは、もう振り返らない。万が一ここで死ねばトジョウの死は無駄になる。

 壁に埋め込み式の消火栓ボックスの扉の前で、スミレが立っていた。扉を開くとなかに、ホースを抜いた後の隙間へちいさな体をおさめていたらしく、よれたシャツにハーフパンツ姿の金髪の少年・ハシモトがおびえた顔をしていた。


「……たしかに言葉が通じなぃよぅです」

「2nADが?」

「ぃちおぅ、日邦語と瑛語と華国語も試してみましたが。どれもつぅじませんし話すこともできません。言語野の異常とぃうのは、正鵠を得てぃる様子」


 日邦語もか、と、理逸は彼の秘匿していた「じつは日邦語がしゃべれる」事実を思い返しながら考えた。さすがにこの非常事態でまで隠す理由もなし、なんらかの問題が生じて言語能力を失ったと見るのが適切だろう。

 言葉がわからないとしても銃声が響いたこと、トジョウがここにいないことの意味はわかっているのか。ハシモトはスミレの手をつかみ、震えていた。彼の手を握り返しながらスミレは問いかけてくる。


「トジョウさんは?」

「先生は、もうだめだった」

「……そぅですか」

「まずハシモトを逃がそう。さすがに完全な非戦闘員を抱えてちゃ、俺も戦えない」

「ゎかりました」

「ハシモト。ちょっと乱暴になるが、逃がすために下まで落とすぞ。着地寸前で『引き寄せ』る」


 屈んで彼に視線を合わせ、スミレと握っているのと逆側の手を握る。信じろ、という無言のジェスチュアに、ハシモトはこくりとうなずいた。

 瞬間的にコミュニケーションをとった理逸を見て、スミレはあっけにとられた顔をした。


「……ょくできますね。そのょうなこと」

「他人を信用できない時期ってのが俺にもあった」


 そういうときは迷いのない、触れてくれて導いてくれる『行動のひと』たる相手が居ることが大事だと感じた。だから、そのようにした。

 ハシモトの手を引いたまま立ち上がり、理逸はトジョウに示された部屋に向かう。スミレも拳銃を油断なく周囲に向けつつ、移動していく。

 ドアを開き、素早く索敵。室内に動く影があればまずは捕縛する。

 視界をめぐらし、右から左へ。空き会議室はほとんど使われていないため、どこもかしこも薄く埃が積もっていた。

 すれば、長机や椅子の向こうに、こちらを顧みる影がある。

 即座に引き寄せ、相手の体勢を前に崩しながら理逸は走った。四歩目で散らかっていた長机のひとつを足場にして空中に飛び、引き寄せを持続することで引き倒す力を急に上向け、前のめりになりそうなところを踏ん張っていた相手に揺さぶりをかける。足を滑らせ、相手は床にうつぶせになった。

 その真上から、理逸は逆の手で床への引き寄せ。落下速度を上げての蹴りを叩き込もうとして――


「待て俺だっ!」

「っぶねぇな」


 ダンッ! と織架の後頭部の横へかかとを打ち込む。腹ばいになって冷や汗を流す織架は、標本の虫のようになっていた。あやうく踏みつぶすところだった。

 足を引きながら、理逸は半目で彼を見る。


「なんでお前ここに居るんだよ?」

「上からラペリングで逃れてきたんだが、ワイヤーロープがこの階までしか届かなくてなっ。この部屋に消火栓ホースで即席ロープ作ってあるの見つけて、銃声を避けながらここに来たんだ」

「そういうことか」


 埃を払って立ち上がる、同じ《七ツ道具》の幹部である彼を見ながら、理逸は考える。

 織架は機構運用者相手には動きの対策セットを構築するなどで有利に立ち回れるが、まだ前回の負傷が治り切っていないので戦力には数えられない。もともと準備があった上での立ち回りが得意なタイプだ。こうした突発的な奇襲に応じるのは難しいだろう。


「じゃあお前も逃がすか」

「すまんな、戦力になれず。ただ、救援は呼んでいるぞっ」

「深々さんと十鱒さんか?」

「ああ。姐さんと十鱒さんに試作の信号送受信機を渡してあった。トン・ツーだけの簡単な装置だが、沟の深部に出向く以上緊急の際にコッチへ連絡してもらおうと思って」

「まあトップ同士の会談だしな。なに起こるかわからねぇし、的確な判断だ」

「よもや俺が助けを呼ぶ側になるとは、思ってもみなかったけどね」


 ということは上で戦っているのは深々かもしれない。空を歩ける彼女は、速度こそ理逸に劣るが地形を無視して進めるので有事の際にはそれですぐ戻ってくる。

 いまは銃声が止んでいるが、これも十鱒を伴って戻ってきたのだと考えれば《太刀斬り》で武器破壊が成されたということで筋が通る。


「本当は到着まで待ってお二人に状況説明するつもりだったんだがっ、駆け上がってくる兵の足音がしたんでな。あわてて降りてきた。ところであのホースは、だれがやったんだい?」

「……俺の、先生だ。でももう息はない」

「……そうかい」


 織架は悼んでくれるようだった。それだけでいまは、十分だ。


「とにかくお前と、あとハシモトを逃がす。着地前に引き寄せてやるから、そっから飛び降りろ」

「急な制動でむち打ちにならないようにしておくれよ」

「勢い殺すのは自分の身で何度も練習してる。まず大丈夫だ」


 言っているうちに度胸の据わっている織架は、いそいそと窓枠を乗り越えた。

 が、下を見て即ばたばたと室内に戻ってくる。


「どうした?」

「妙な奴が居る。アレは敵じゃないかっ?」


 とは言うものの、こちら側はベランダもなく窓のみの面だ。飛び降りて逃げる奴の可能性まで考えて、こちらにも兵を割くのは無駄が多くはないか?

 おそるおそる、理逸は窓辺から下を見る。そして、安堵した。


「妙ではあるが、敵じゃねえよ。うちの傘下の奴、於久斗だ」

「ああ、彼が例の一件の兄妹の片割れかい」

「追ぃつぃてきたのですね」


 スミレが横から顔をのぞかせる。見れば、地上を歩いてこちらを見上げていると思しき於久斗が居た。

 念のためか体に影を纏っていて、たしかに怪しく妙ではある。


「ちょうどいいとこに来たな」


 飛び出して、壁面に向かって引き寄せを使うことで落ちる力とつり合いを取って勢いを殺す理逸。降りる途中での二階、一階の部屋に伏兵はいないようで、少し安心する。

 着地すると於久斗に駆け寄った。彼は理逸の姿を認めると臨戦態勢を解く。


「三番。なにやら組合が、襲撃されているようだが」

「ああそうだ。んで、上に取り残されてる奴が二人いる、またクッションやってくれ」

「またか」


 言いつつも、於久斗はすでに窓下に駆け寄っていた。おそるおそると言った様子の織架とハシモトには後ろからスミレがうながしており、二人は順に飛び降りてくる。はたで見ていると於久斗の影に当たった瞬間に奇妙な減速が発生しており、慣性の消去はこのように映るのか、と理逸は思った。

 最後に、スミレが降りてくるはずだった。

 が、ハシモトが自分につづく彼女を見ようと上を振り返り、目を見開く。言葉を使えないらしい彼が、指を差すジェスチュアでスミレに迫る異変を示そうとしていた。

 それにつづくように、銃声。亜式拳銃のものだ。スミレが発砲している。


「スミレ!」


 理逸は地面を蹴りつけて、引き寄せを使い壁面を駆け上がる。

 窓枠に手をかけて身を躍らせ、室内に足から飛び込んだ。見れば、スミレは部屋の隅へ追い詰められながら、白い衣服を身にまとう大男に銃口を向けている。男は理逸に背を向けていた。

 いまだ空中に居るままに引き寄せを発動し、理逸は大男の歩みを止める。肩に向けて引き寄せる力を使ったため後ろにのけぞるかたちになった彼に、着地即駆け込んで膝裏を薙ぐように蹴る。

 ところが感触が軽い。

 ふわりと、受け流すように大男は跳んでいた。後方への宙返り。逆に、理逸が背後を取られる。射線に入ってしまったためスミレの援護も期待できない。

 ならばと、上を見て天井に向けて引き寄せ。糸を伝い上る蜘蛛のように垂直移動して、射線を開けた。

 意図を理解したスミレが撃つ。乾いた銃声は、しかし大男に当たっていない。致命傷を避けようとしたのもあるだろうが、銃口を見て冷静に避けたようにも見えた。

 手練れだ。こう思いつつ、理逸はプライアを解除して降りる。スミレの装填時間を稼ぐためだ。


「何者だ、あんた」


 問いかけつつ双ツレンズのゴーグル越しに大男をにらむ。

 すると向こうは、目を細めて理逸を見た。


「……上下に攻撃を散らして揺さぶるクセ。そのゴーグル」

「?」


 唐突な指摘に、首をかしげたくなる。

 白い――法衣をまとう大男は、つづける。



「よく、似ているな。先代 《蜻蛉》の三番(朔明)に」



 理逸の内面を、的確に揺さぶる言葉を放ち。

 慈雨の会教祖が、そこに立っていた。



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