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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter7:

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77/125

Winding wheel (13)


 薊は夜間からクラブ・キャンベルで仕事だというので、理逸とスミレはぼちぼちテントの建ち並びはじめた京白市場を抜けていく。


「で、お前はどう思う?」

「思考停止でこちらに訊くのをつづけてぃると思考力が落ちます。少しはご自分で考ぇてはぃかがです」

「俺の考えはたいしたものがないんだけどな……じゃあ経験則でも言っとくか」


 理逸は家のなかで薊に訊いた内容に、加えるように語る。


 ――家の中は殺風景で、しかしなにかに金を使い込んでいる様子はなかった。浪費癖がとくに消費物や賭博に向いている人間の家は、ただ物がないだけでなく大抵は特有の散らかり方があるものなのだ。あそこにはそれがなかった。

 つまり物がないのは単に慈雨に反するものを排除して生活しているから、というだけだろう。もっともその信仰を強く持つのが、於久斗と薊のどちらかはわからないが。ひとまず職場キャンベルと家のあいだに金を落とすような施設や場所はない。


「だから薊が週末の礼拝でお布施投げてるってのが、一番強いセンだと思う。於久斗の方の護送依頼がどういう具合かは、ここから調べてみないとわからんけど。まずはあいつの勤める運送屋で、奴の普段の護送依頼について聞いてその上で個人業務として委託を受けてるのか、とかを裏取っていこう。……これじゃダメか?」

「基本的には賛成です」

「含みがあるな」

「その前に一点、クラブ・キャンベルでも聞き込みをしてぉきたぃです」

「そっちでも? なにを訊くんだ」

「同僚だとぃうひとが、アザミさんを勧誘したかどぅかです」


 きっぱりと言い切るが、理逸にはその理由がわからない。


「さっきは於久斗が勧誘したかについて、聞いてたな」

「ぇえ。ぉそらくですが、アザミさんはぁの問ぃかけがぁることを予期してぃました。急にゎたし側からの質問だったのに態度からして反応が早く、訊かれることを待ってぃたよぅにさぇ感じます」

「隠したいことがあるからか?」

「それをたしかめに行こぅと言ぅのです」


 京白市場から北区画の方へ進み、歓楽街に入り込む。ここいらは笹倉組や沟の息はかかっておらず、組合が管理する場だ。

 クラブ・キャンベルにやってきた二人は薊の同僚だという女性に話を聞いた。ここはとくに、組合から人員を斡旋したり便宜を図ったりしている店なので、理逸が三番だと名乗りをあげずとも「ああ、《七ツ道具》の」と察してくれたので話が早い。けれどスミレが一歩あいだに入り「ただ、今日は仲裁人の仕事で来てぉります」と挟んだ。会話は、そこからはじまった。


「薊は良く働いてくれてますよ。前のところがよほど環境悪かったんでしょうけど、気も回るし助かっているわ」


 千変艸の安煙草をくゆらせながら、背の低さと前髪を揃えたボブカットが幼げに見せる彼女――紫陽花ショウカと名乗った――はつぶやく。露出の多いカクテルドレスに着られている印象はなく、それなりに職務経験がありそうなところから察するに見た目ほど若くはないのだろうが。


「あの子になにかありまして?」

「軽い金銭トラブルで調べを進めてます。いや、ここは前金制度もないし借金とかそっちの筋を疑ってるんじゃないですけどね」


 理逸は安心させるようなことを言いつつも視線を店奥に走らせることで、裏があるのでないかと相手に勘繰らせる。こうすると、本当に身に覚えがない場合は不安感で身振りや挙動が乱れる。身に覚えがあれば隠したいこと・ものを避けるように必要以上に喋ったり、あるいは逆に言葉数が減る。


「それで、給金は手渡しですか?」


 金銭の浪費が激しい者の多くは手元に金があることが原因だ。共防金庫トライセクトから金が減っている、と於久斗は語ったが、そもそも入れていなかった可能性を考慮して理逸は訊いた。紫陽花は腕組みし、うなずいて語る。


「明朗会計、うちは手渡しですよ。店長から毎月二十日の終業後にね。振込式にするほどの給金でなし、それに毎回金庫いくのも手間なんでしょうね」

「じゃあ当人の浪費ですか」

「そんなにお金を使っているそぶりはなかったけれど……うちのキャストは生活立て直しのため所属してる子が多いですし」


 紫陽花は腕組みを解く。足の位置をずらす。

 少しせわしない動き。会話に誘導や踏み込まれたくない話題を避ける色はほぼなく、どちらかといえばこちらに同調して「大変ですねえ」と慮るような態度。

 やはりこの同僚には裏がない。店への気遣いもなさそうなあたり、グルになってなにかしているとは考えにくい。

 となるとあと確認すべきは一点だ。


「ちなみに、ぁなたはアザミさんを勧誘したことがぁりますか?」


 頃合いを見てスミレが問う。これまで話題に入ってこなかった彼女からの角度をつけた質問に、そして向いている視線が胸元――紫陽花の下げているアクリルチャームに突き刺さっていることに、さすがにわずか動揺の色があった。


「勧誘、って」

「慈雨の会にです。ぁなた信徒の方でしょぅ」

「礼拝に誘ったことはありますけれど……それがなにか?」

「彼女は信徒になりましたか?」

「……薊のお金の動きに慈雨の会の関与を疑っているとおっしゃるの?」


 スミレの問いかけに彼女は目線を逸らさない。むしろ語気を強め、問いで返してくる。触れ方を間違えたと、そう思わせんばかりの気配の変わりようだった。

 まあ、ただの子どもならそれで怯んだのだろう。

 けれど紫陽花が相手しているのは、組合に司令塔幹部として属すことを許されるほどに肝が据わり頭も回る、そんな人物だ。


「ご自分で思ぅところがぁるから、そのょうに言ぅのですか?」

「そんなつもりありませんよ。でも話の流れが、どう考えても慈雨の会を疑っているそれだったじゃない」

「疑われたと思ぃ不愉快になったと? でぁればそのょうに言ってくだされば、これ以上差し込んで訊くことはなかったでしょぅ。ぁなたの物言ぃはこちらに察することを強要し譲歩を自主的に選ぶょう仕向けるものです」

「だって、あなたたち組合の人間なんだもの。属す組織の上層が来たら、動揺するのも無理ないでしょう」

「最初に申しぁげたはずです。今日は仲裁人の仕事で来てぉり、組合としての動きではなぃと。先にこの対等関係を崩し上下関係を利用しょうとしたのはそちらです。それは秘めてぉきたぃことがぁり、そこに触れられなぃようにするためでは?」

「やましいところはありません。とくになにも、話すようなことも」

「ょくゎかりました」


 矢継ぎ早の言葉の果て、どのように聞き出すのかと思いきやスミレはあっさりと引いた。紫陽花もあっけにとられており、用は済んだとばかりに理逸をうながす彼女を見て目を白黒させるばかりだった。


「ぃきましょう。裏は取れました、次は運送屋です」

「おぉ……? いや、まあ、うん……」

「ショウカさん、ぉ手間頂戴しました」

「え、あ……」

「アザミさんは隠れ信徒だったのですね」


 紫陽花の顔が引きつる。それを見て取って、スミレは頭を下げた。


今度こそ(・・・・)裏は取れました。失礼ぃたします」


 すたすたと歩き去るスミレの後ろに理逸がついていき、しばらく行ってから振り返ると紫陽花が店の壁にもたれて力を失っているのが見えた。



        #



「帰るフリして油断させて、訊きたかったのは最後の質問だけかよ」

「ぃきましょうと声かけられてぁなたが間抜けヅラを晒したので、向こぅも油断したょうです。ぁりがとうございます」

「釈然としねぇ」


 敵を騙すには――ということなのだろうが。「もうこれで帰ってくれるのだ」と紫陽花を油断させるために、あえて理逸にもなにを質問するつもりか詳細を語らずにキャンベルまで行くことにしたのだろう。

 結果、薊がどういう立場だったかは明らかになった。


「隠れ信徒か……話せないから、ああして紫陽花ははぐらかそうとしたんだな」


 横を歩くスミレはうなずく。

 宗教に属していると知られることは、ほかの宗派の人間であるとか、その宗教とトラブルのあった人間からの見え方にマイナスが入る。属していても黙っておきたい状況というのは発生するものだ。

 だから隠れ信徒になる者は多い。

 薊の場合、過度に家から他宗教の用品を排除していたことから察するに。サードアベニュー周辺に他宗教の人間が多いなどで肩身が狭く、秘しているしかなかったのだろう。


「ご自宅を訪ねたときの言動で、隠れ入信のことを口にしましたから。嘘をつぃて情報を自分から遠ざけょうと意識するぁまり、余計なことをしゃべったのだと考ぇてぉりました」

「それで、裏を取るためにキャンベルで聞き込みか」

「ぁのひとはアザミさんが隠れ入信でぁるため口をつぐんでぃたのです。まぁ直接ゎたしたちに話してはぃませんが、悟らせてしまったことにつぃては、このぁと自責の念に駆られるのでしょぅね」


 それで紫陽花がどう凹もうと知ったことではない、という態度でスミレは言う。合理的に考えて最短の道筋がこれだったからそこを突っ走ったのみで、結果周囲に与える影響はあまり勘定に入れていないのだろう。子どもが巻き込まれるのならまだ、わからなかったろうが。

 やり方はどうあれ、結論は出た。薊は信徒であり、おそらくお布施に収入をつぎこんでいる。


「だがそうなってくると、於久斗のことを調べてほしいってのがわからなくなるな。慈雨の会関連で護送してるなら内部から手まわして訊けばいいだけのことになる。それができないとしたら」

「内側からでは調べのつかなぃことをオクトさんがしてぃるか。ぁるいは、ゎたしたちになにか仕掛けるため騙してぃるか」

「後者だとは思いたくないけどな。それに、まだ於久斗の方がどういう動きかわからねえ」

「そこは運送屋で普段の様子を訊けばぃいと思ぃます、が……」


 言葉を切り、スミレは立ち止まる。どうした、と彼女の方を顧みると向こうの方を指さした。


「……運送屋の方ではぁりませんか?」

「ん?」


 考え事をするときのくせでうつむいていた顔を上向ける。

 建物の輪郭で切り取られた空のなか、黒煙がもうもうと立ち上がっている。煙の量からして、家屋一軒まるごと全焼はすでに避け得ない状態だ。


「マジか。スミレ、背中に乗れ」


 いまは往来にもまだ落ち着きがあるが、日が沈んできている時間だ。プラントでの仕事あがりの人間、夜職、もろもろの人だかりが急に増えるだろうし延焼をおそれて逃げるひとが増えれば火事場泥棒もそれに乗じて多発する。はぐれるとまずいので、一体となってここからは移動する。

 仕方なさそうに背に覆いかぶさった彼女の身体の軽さを感じて、しっかり首に腕を巻き付けたのを確認してから理逸は跳ぶ。両手の引き寄せで、壁面伝いにここらで一番高いだろう四階建てビルの屋上にのぼった。

 ブロックを三つほどまたいだ先で、煙が濃くなっている。出火元は三階建てのビル……やはり運送屋だった。外付け看板が熱で剥がれ落ち、トタンを露出させている。あきらかに窓周りの火勢が強い。内部の人間を殺すべく、逃げ場をふさぐよう集中的に放火されたか。

 すでに窓はほとんどが割れており、その内部に動く影が見えた。


「於久斗!」


 窓の向こう、二階の資料室と思しき場所で作業着姿のままうろたえている。

 周囲は火に巻かれており、身動きが取れないらしい。時折、黒煙とは異なる黒い靄――彼のプライアである影の盾を出そうとしていたが、揺らいで安定しない光源というのも弱点のひとつだったらしい。うまく身に纏うまでに形成できず、しきりにせき込んでいる。

 理逸は柵を蹴って宙に跳び、また引き寄せで落下の勢いを殺しながら運送屋の建物に近づいていく。隣接する三階建てビルの屋上から、室内の於久斗めがけて足元のタイル片を投げて気づかせた。


「ごほ、さ、三番……」

「俺が引き寄せる、窓に向かって飛べ!」


 すでにあたりは火の海だが、於久斗は意を決した。駆け出し、身を火の上に躍らせる。

 本来なら到底届かない距離だろうが、宙に浮かんでいるあいだに理逸がその身体をプライアで捉える。グンと強く手ごたえを感じ、於久斗を屋上の柵に引き上げる。


「っつ、あづヅ、っぁっつ」


 燃え移っていた衣服を床に転がって押し消し、焦げた髪と髭をちぎるように振り払う。なんとかひどい火傷にならず済んだ於久斗は、息荒く弱った様子で理逸たちに感謝を述べた。


「たすか、った。危ない、ところだった」

「建物に他にひとは居たか?」

「二階から上には、俺を除いていないはず……一階は、逃げただろう。おそらく」


 ぼやく於久斗は、後ろを振り返っていた。見れば、燃え盛る資料室のなかに黒い包みが転がっている。ちいさめのキャビネット程度の物体だ。


「荷が……」


 それを見て於久斗は惜しそうに言う。


「なに? アレか?」


 理逸の問いかけに於久斗はうなずく。煙をあげて焦げ始めているが、どうやらあのなかに例の護送の品があるようだ。

 スミレに目配せすると「取りましょぅ」と返される。理逸は右手を伸ばし、引き寄せで荷を動かした。火の海をずりずりと移動してくる過程で火がまとわりつき、窓を超えてこちらに迫る。自分にぶつかる寸前でプライアを切り、燃え上がる物体――黒い布張りのボックスだ――を地面に投げ出した。片手の引き寄せで済んだから六十キロ未満、かつ転がったときの音と様子からして割れ物などでもない。


「中身はなんだ」


 理逸がジッパーに指をかけ、引く。

 ぬちゃり、と中で液体じみた音がする。

 生臭い、重く喉奥をかき乱すような臭が漏れ出す。

 スミレが顔をしかめる。

 内側に詰まっていたのは、パック詰めして小分けされた――内臓。それに手や足。サイズのちいささからして、明らかに子どものもの。

 つまりこれは……沟の誘拐事案に関わる証拠物件と、思われた。理逸は解体される子どもの痛ましさへの想像に一瞬頭を焼かれ、それでもなんとか持ち直して、於久斗の襟首をつかんだ。


「どういうことだ於久斗。お前この中身をそれと知ってたのか。慈雨の会に引き渡してたとしたら、奴らも関わってるのか」

「……」

「答えろ」

「……」

「黙ってるつもりならテメエ、もう容赦は――」

「……い、かなければ」


 問いに返ってきたのは、そのようなわけのわからない言葉だった。

 理逸が困惑していると、於久斗はゆっくり屈みこむ。視線は荷物の中に向いたまま。ジッパーを締め、どちゃ、と音を立てる、おそらく温度を下げて保管されていたが火の手の熱で溶けてしまったそれを抱え上げる。

 何事もなかったかのように。なにも見えていないかのような顔で。

 火傷を負いぼろぼろの衣服のまま、屋上から降りていこうとする。明らかに、常軌を逸した表情と行動。


「お前なにやって、」


 言いつつ手を伸ばしかけた理逸の視線の先。

 屋上にあがる階段出入口に、そいつはたたずんでいた。


 丸いレンズをはめ込んだ頭全体を覆うマスク。口許にはろ過機が付いており周辺の粉塵や毒素を防ぐ、ないし呼吸を助ける(・・・・・・)作用が見受けられる。

 全身は肌を露出せず深緑をした分厚い防護服。足も安全靴、手にはグローブ。

 そして差し出された右手で制式拳銃ドリセキを握っていた。低い声で、そいつは言う。


「あばよ、運び屋」


 引き金が絞り込まれる。

 銃声が理逸の耳朶を打つ。




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