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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter6:

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 発見された欣怡の遺体が安置された机の傍らには、肉屋のようなエプロン姿で、ひどく猫背の小男が控えていた。

 小男の手には鈍器と細い針が握られており、これを用いてなにがしかの外傷を与え死因をうやむやにしようとしているものと思われた。

 鍵がかかっているはずの部屋だったらしく、目を白黒させた小男はうろたえている。

 安東はへらへらと笑ったまま室内に踏み入った。


「へぇ。なんか知らんけど死体を弄ろうってハラか?」


 近づき、丈の短いボレロとホットパンツとの間で露出した欣怡のへそに安東は立てた右手の親指を押し込む。脇腹を四指でつかむ。

 まだ、皮膚も肉も形を変える柔らかさが残っている。


「おい安東さん、よせ」


 無遠慮な動作にさすがに声を上げる理逸だが、腹の感触を確かめながら安東は聞く耳持たなかった。ならばとその手に『引き寄せ』を使い、理逸は引きはがす。


「っと、触診くらい許してくれよ円藤君。死後一時間も経ってねぇってトコまでしかわからなかったじゃねぇの」

「ついさっき、死んだんだ」

「さっき?」

「俺と、俺たち組合と、争う姿勢を見せた。やむなく戦って、俺たちが倒して」

「で、自殺か」


 理逸たちが殺したとは露ほども思っていないらしく、そう結論づけて腕組みした。死に顔をまじまじと眺めて、まあいいさとぼやく。

 安東はくるりと後ろへ向き直ると同時、また言語を切り替えて沟の面々に語り掛ける。


『で? こんなとこで死体遊びして、どういうつもりだったんだテメエら。まさかまだあったけぇ内に抱こうってつもりだったかぁ? イイ趣味してんな。俺も混ぜろよ』


 得物を手にしていた小男は唐突に話を振られ、びくついた。


『ち、ちがっ、』

『違うのか? まあなんにせよ法務執行人の扱う領域だぜ、死体はよ。こんな薄暗ェところでコソコソしてるってのは……どう考えても探られたくないとこあるってことじゃねぇの。やっていいこと悪いこと、区別ついてるか?』


 ドアの縁に手をかけながら、安東は周と辰を見る。

 にこやかだが目が笑っていない例の表情で、ちくちくと沟の不手際を責めるつもりのようだった。

 尾道の事件のときもそうだが、三派閥がはばを利かせる南古野においては犯罪の隠匿などあまりに容易だ。だからこそ、大事につながりそうな案件および遺体は監査役よろしく第三者組織に委ねることとなっている。

 もっとも、「やっていいこと悪いこと」などと口にする安東にしたところで、行方不明と言う体で債務者の臓器をバラしたり人買いに売り払ったりと散々なことをしでかしている。どの口が、というやつだ。

 とはいえ状況が状況で、沟としては面倒なことが露見しかけているタイミングだ。たいして強く反論する様子もない。

 周は紫煙を吐き出し、さも億劫そうに言う。


『同胞の遺体を回収し、状態を整えようとしていたまでだ。くだらん詮索はそこまでとしてもらう』

『くっくく。詮索、詮索ね。結構焦ってたみたいじゃねぇの、ええ? ともあれ、円藤君たちと争ってたコイツの自殺をなんとかして組合責任にしようとしてたワケだ。んでそれを食い止めようと、わざわざ組合は先代も出張ってきてると。俺が海で沈められてる間にずいぶん面白ぇことになってるな。こりゃ薄板型演算機構(monolith)の中身も面白そうだ。ああ、その偽物モックはくれてやるよ』


 小馬鹿にした表情を隠しもせず、安東は言いたい放題だった。辰の苛立った顔が、恐ろしい殺気を放っている。

 ともあれ、目的だった欣怡の遺体は見つかった。理逸と十鱒は部屋に踏み込み、まだ遺体に損壊を加えられていないことを確認する。小男に睨みを利かせ、これ以上危害を加えられないようにしてから、理逸は欣怡の瞼を下ろした。

 十鱒が場を収めるべく、周に声をかける。


『周大人。遺体の状況確認のため第三者、法務執行人か外部の人間を呼んでくれるかい』

『配慮はしよう。これ以上お前たちに暴れられても面倒だ』

『感謝する。だが、児童の連れ去りについてはウチの者がこの楊欣怡の犯行だと確証を得ている。そちらの追及は後日行わせてもらうよ』

『好きにするといい。補償もしよう。が、その件は私の関知する範囲の事柄ではない。その女と麾下きかの者による独断の行いだ』


 冷ややかに言って、周は煙草の火を捻じ消した。

 罪はすべて欣怡に被せ、補償以外は知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。

 憤りを覚える事実だが、ここへ出てくる直前の十鱒の推察を考えるに、この実行に当たっている部署はブロック化されており上下左右とのつながりを切り離されている。

 おそらく欣怡だけが上意を汲んで動く直属だったのだろうが、それも死ねば追及する箇所がない、ということだ。


『わかっているよ。補償以上は求めない』

『結構。では去れ、十鱒。あの娘(深々)にも下手なことは考えるなと伝えておけ』


 不遜な態度で言い、周は理逸たちを追い出した。

 十鱒だけは第三者の到着まで待つとのことで、入口で別れることとなった。

 去り際、十鱒は理逸の肩に手を置く。


「円藤君」

「はい」

「こうした事態、衝突に近い状況は今後増えるだろう。深々への報告と先のプラン立案および会議予定を合わせておいてくれたまえ」

「わかりました」

「あともうひとつ」

「?」

「死に慣れる必要はない」


 端的に言って、手を離した。

 会釈して理逸は場をあとにした。


        #


「ガキどもの誘拐か。俺の傘下じゃ直接の報告は上がってきてねぇけどね」


 戻る方面が途中まで重なるため、理逸とスミレは安東と道を歩んでいた。いまは彼が腰を下ろし、一服しはじめたので足を止めている。

 収穫祭の音も遠く、常と変わらない光景となった南古野のなか、理逸は今回の件について──他派閥に知られて損にならない範囲でだが──話していた。情報交換といきたいところだったのだ。


「んで、児童誘拐。『外』への売却、か。それらを指揮した欣怡。……っても金の動きはどーせ沟に入ってんだろうし、追って追えないわけじゃないと思うぜ」


 児童の売り先が水道局であろうことは伏せているが、金のルートを思案している様子の安東から察するにすでにアタリをつけている可能性は高い。

 それでも極力手札を温存しつつ、理逸は話をつづけた。


「俺もそう思ってるよ。ただまあ、不可解だ」

「なにがだよ、円藤君?」

「子どもが自分で自分を売る。それ自体はべつによくある話だけどさ、『そうしようとした』気配や痕跡がまったくないってのが気にかかる」


 なんといっても子どもなのだ。いくら口減らし目的で身内に尽くそうなどという自己犠牲の精神を持っていたとて、一切気取られず淡々と準備を整え失踪するとは考えづらい。

 攫われる日が迫れば怯えるだろうし、不安定にもなるはずだ。それすら周囲が気づかず見過ごしたとは、理逸にはどうもしっくりこなかった。

 すると安東は、くわえ煙草をくゆらせながら呵呵と笑う。


「そうは言っても円藤君、欣怡は死んだじゃねぇの」

「なんでそこであいつの名前なんだ」

「わかんねぇかな? 沟は家思想が強く、かつ『報い』の文化だぜ」

「ぁめと鞭ですか」

「そういうことだスミレちゃん。相変わらずいい頭してんな」


 口をはさんだスミレの頭を撫でようと手を伸ばしたので、さっと逃げた彼女を理逸は背に庇った。人間を押しつぶしてドアまで破壊する斥力を放つ掌を、易々と子どもに向ける精神性がまったくわからない。

 肩をすくめる安東はからぶった手で煙草をつまみ、細くとろとろと煙を吹き流しながら言う。


「プラスマイナス、どっちの報いもあるってことだ。調子が良けりゃいい暮らしをさせる。悪けりゃ罰を与える。当たり前にどこの組織でもやってることではあるが、それが『文化』で根付いてるとこと単なる価値観でうっすら漂ってるのとじゃまるで、違ェんだよ」

「そういう、ものか?」

「2nADの連中と、価値観で共有できるモンがあっても文化や生活スタイルまでは理解できねぇだろ。同じだよ。沟の内側での報いの文化は、俺たちが絶対に靴履いたままベッドで寝ようとしねぇのと同じく奴らん中じゃ疑いようすらもないモンとして存在してる」


 不測の事態に備えられるし履いたまま寝た方がぜってぇ安全なのにな、と、灰を落としながら安東は言う。

 この言を耳にして、スミレは嘆息を漏らした。


「……失敗したなら死ぬほぅがマシで、生きたぃのなら従うほぅがマシ。そのょうな文化、環境だった、とぃうことですね」

「そうさ。どーせ失敗への報いが死ぬより辛ぇ拷問だったとかじゃねぇの? だから欣怡も死んだんだろ。それを考えりゃ、俺からするとガキが口減らしで死ぬ方がマシって道を自分で選ぶのもあり得なくねぇと思うね」

「でもよ安東さん、攫われた子どもってのは沟だけじゃなく組合うち所属の奴もいたぞ。さっきだって娼婦がひとりいなくなった」

「娼婦は新入りでメンタル不安定な時期だから、それが攫われることに怯えてのことか単にダウナー入ってんのかわかりづれぇ。次にテメエんとこの所属とは言ってもソイツらが住んでるのは港の沟の領域で向こう文化の影響が多分にある。こんなんそもそも、細かい機微を周囲が察すること適う状況かね?」

「まあ……たしかにそうか」


 気づけなくて元々、ということなのだろうか。あるいはそうなりそうな家庭をこそ狙っており、だから共通項がなかなか見いだせなかったのかもしれない。


「子どもは、どうなったんだろう」

「さぁねぇ。しっかし、そうして口減らしの件は納得できるが……ふん。不可解なトコは俺も感じなくもねぇよ」

「どこについてだよ」

「自分で考えな。俺も疲れてんだよ円藤君、モーヴ号に潜水してきたトコなんだぜ」


 言ってちらりとスミレを見やる。スミレは、なんの反応も返さなかったようだが、安東は彼女の目の奥をその後もじいっと見つめつづけた。


「そういや『沈められてた』とか恐ろしいこと言ってたなあんた」

「もともと潜水なんざ好きじゃなかったけどほとほと嫌になったぜ。宝のひとつも見つかりゃいいなと思って行ったってのに、部下はくたばるわサルベージ品は奪われるわで散々だ」

「サルベージ」


 ぼそりと口を開いた、それも自身でも思わずであったのだろう顔付のスミレを見て、安東は二本目の煙草へ火を移しつつにいいと笑った。


「あの船は気になるな。とはいえ、港に見張り(・・・・・)がいるようじゃもう潜ることもできねぇ。知ろうとするのも考え物ってこった」

「そぅですか」

「あぁ残念だがな。ホレ、知る(knowing)(is)終わりの始まり(falling)だ」


 いつぞやスミレの口からも聞いた格言を、安東は引用して見せた。


「知るほかに何もできない環境でない限りは……だがな」


 付け足すように意味深なことを言い、次いで安東は笑みを薄く広げる。

 その視線の先にはスミレがいた。

 先ほど周たちの前にいた時と同じ強張り方をしている。

 これを、見たかったのだろうか。安東はまたひとしきり呵々と笑ってから、煙草を揺らして腰を上げる。


「じゃあ俺は行くぜ。オヤジに報告も上げなきゃなんねぇし。また沟の連中のガキの誘拐の詳細なり、進展あったらうちのシマの奴に言伝でもしといてくれ。時間空けてくからよ」

「気が向いたらな」

「ははは。またな」


 安東が雑踏の向こうに消えていく。

 まだ日は高く、影は短い。

 トジョウに報告に向かってもいいが、この時間では出勤前の睡眠時間だ。先に深々に会いに行き、十鱒に伝えられた通り会議の予定を立てるべきだと思われた。


「……安東さんと笹倉の動き、気になるな。沟に対して優位を取ってた」


 これも会議の議題にあげるべきだろう、との意見へ賛同を得るつもりでスミレの方を見た。

 ところが彼女はまだ上の空といった雰囲気で、理逸の言葉にも「まぁ、ぇえ……」とどちらを向いてるともしれない返事だ。

 らしくもない様子に、理逸はわずかな間考え込み。

 結局は正面から、ここまで問わずにきたことを問う。


「なあ」

「なんでしょぅ」

「お前の乗ってたあの船について、教えてもらえないか」


 直球で問えば、難しい顔をする。言えないことが多いのか。

 当然ではある。安東との会話が正しければあの船舶は統治区ドミニオン同士における企業間航行記録がなく「なぜあそこの海域にいたのか」すら不明なものだ。この内部でなにが起きていたか、知る者はだれもいない。

 ともあれ他人に過去を問うのはこの街では推奨されない。だからいままで詮索せずに来たのだが、ことここに至っては事情やあらましを聞いておかねばならない。


「安東さんはお前のことについても船の乗員だったと、ある程度つかんでた。あの人が興味を持つと厄介だぞ。さっきからお前の様子を見てた」

「さすがに、ぁなたでも気づきますか」

「薄板型演算機構のとき変だったこともな」

「……、」

「あの船で、なにがあった?」


 いまにも嘆息をこぼしそうな顔つきで、けれどスミレはしばし、息を止めたままだった。

 やがて、吐き出しながら「……姑獲鳥にょる、子どもの売り買ぃ」とつぶやく。


「とぃう時点で、嫌な予感はしてぃました」

「どういうことだ」

「シンイさんの言を信じれば、買ってぃるのが水道局。この街の権力層。加えてぁの、船で行ゎれてぃたすべて。船が沈んだ理由。──符合して、繋がる部分は多ぃ」


 矢継ぎ早に並べ立て、最後にスミレは紫紺の瞳で理逸を見上げる。


「ゎたし含め、ぁそこにぃたのは子どもです。ゎたしたちはここへ(・・・)売られるため、彼方から乗せられてきました」



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