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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter4:

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29/125

Wailing wall (4)


 事前準備マエオキの戦いは警備兵サイドへ混乱を生み、それが解消されるまでに終える速攻である。

《七ツ道具》である自分たちを筆頭に戦闘能力のある組合メンバーが各地で一斉に蜂起し、波が引くようにすぐさま静けさを取り戻す。そういうゲリラ戦だ。


 南古野安全組合《七ツ道具》二番・無天蔵人むてんくらんど古兵ミリタリージャケットの襟を正し、腰のベルトに差した刀の位置を整えた。背にして体重を預けていた地下への入口たる階段ゲートから、両足に重心を移す。接敵に備えている。

 乾いた竹のように節くれだち、乾いた竹のように硬い指を柄にからめながら、蔵人は袴を穿いた下腿をわずかに沈めた。


「あれ。また刀変わってません? 蔵人さん」


 隣接したゲートの陰に身を隠していた、日に焼けた顔の青年が言う。

 ちりちりとうねった髪を伸ばしたままにしており、水泥棒の日だというのに普段着と大差ない白のTシャツにデニムのハーフパンツ。鉄板入りのごつい安全靴だけがシルエットを膨らませているが、これはかつて足に大怪我したことによる反省を生かしているそうだ。

 六番・阿字野譲二あじのじょうじという彼に、蔵人は「んだ」とうなずいてみせる。


「前のぉ刀ァ、血錆が落ちんくってなァ」


 むかし喉を傷めたせいで、いまも蔵人はぎざついた声しか出せない。ただ譲二はそれをさほど問題なく聞き取れるようで、聞き返されたことはほとんどない。呆れたようにフフと笑う。


「相手斬ってそのまま鞘に入れたでしょう……だめですよ、刃物は手入れしないと」

「お前のぉは刃部ゥと呼べる部分付いてねぇだろに」

「失礼だな。刃先はありますよ」


 柄が細くてしなる、彼の肩くらいまでの長さがある二又のもり

 先端に返しのついたそれが、譲二の得物だった。元から漁師をしていた彼は使い慣れたこれを常に長短の二本持ち歩き、戦闘をおこなう。

 同じく二本差しの蔵人とは、こだわりの点が似ていた。歳は一回り下だが、そこを気に入って行動を共にしている。


 男という生きものは、抱く趣味こそが人生のすべてだ。

 蔵人はそう思っていた。


「っと、きますよ。気づいてますか?」


 銛を低く構えて譲二は言う。


「んだ」


 応じて蔵人も刀を抜き、脇構えで周囲の気配を探る。

 大通りを歩いてくる警備兵が、三名の隊二つ分。

 まだこちらに気付いてはいないが、死角の物陰は常に安全確認クリアリングするよう円弧等分の動き(カッティングパイ)を行っている。いずれこちらも気取られるだろう。


 その前に叩く。

 蔵人は息をゆっくりと吐き、譲二に目配せした。彼もうなずいた。

 ほぼ同時に、ほんのわずかに差をつけて、陰から飛び出す。

 警備兵たちはひび割れた交差点のアスファルトを踏みしめ、等間隔に散っていた。

 制式拳銃ドリセキの銃口がこちらを向く。同士討ち(フレンドリファイア)はない。流れるような体捌きだ。

 けれど蔵人の方が速い。


っ」


 と歯の隙間から鋭く呼気を放ち、

 横薙ぎ一閃。

 瞬間的に伸びた刃(・・・・)が十数メートル離れた先の警備兵の首を次々に、しかしほぼ同時にね、四人が動きを止めた。残り二名は回避に入ったため射撃を外し、代わりに命を拾った。

 そのときにはすでに刀は尋常の長さを取り戻して、蔵人の二の太刀が構えられている。


「こいつ──《物干し竿》か!」


 蔵人の異名を叫び、低い姿勢のまま二名が引き金を絞る。

 だがそのときには駆け続けていた譲二が間合いに踏み込んでいた。短い銛の端を握り左逆手で投擲する。警備兵は軌道を見切って軽く身を反らしかわした。

 が。

 空中で奇妙なブレ(・・)を見せた銛はあやまたず避けたはずの警備兵の首を貫く。ずれた銃口が空をむなしく撃った。


「あっ、あああ!」


 これを見て取って残る一名はあわてて連射するが、まっすぐ進んでくるように見える(・・・・・・)譲二にまるで当たらない。

 最後には肩を長銛の投擲で貫かれ、うずくまる暇さえなく刃先の返しをこじるようにして引き寄せられた。

 苦痛に身もだえしつつ、警備兵はその不可避の投擲術についた異名をつぶやく。


「お前っ、《妖狐槍よこやり》の、」

「銛だよ、これ」


 腰から抜いたナイフで首を掻き切り、譲二は銛を引き抜いた。


        #


《七ツ道具》四番・織架にとって戦闘は手段であり目的ではない。

 もちろん機構デバイスの稼働レベルや性能試験という意味で模擬戦闘などは楽しめる。けれど実際的な戦闘となると、気乗りしない。

 情報の集積・解析・伝達を得意とする機構運用者であるが故の、他者の行動を決定する指揮官としての立場に重責を感じるためだ。

 その意味で前線にて暴力振るうのだけを楽しみとするこいつは、気楽そうだなぁ……と。深々が出陣して去ったあとのビル一階にて、巡回斥候から戻ってきた彼女と対面しながらそう思った。


「B5ライン、F2ライン、どっちも人のはないわね。ほんとに来るの? あの日和見主義者ども」


 一応、市街地戦であることは意識してくれているのか色合いこそグレーとベージュと色調を抑えたアプリコットで遠目には目立たないものとしているが……派手でふりふりとした、レースだらけのガウンとペチコート、それにストマッカ―と呼ばれる、V字型に胸部から臍のあたりまでを覆う装飾的な胸当て。パニエで存分に膨らましたスカート部は靴も見えない。


 この挑発的なまでに飾り立てたドレス姿で常に南古野を生きる女。

 羽籠宮婁子々《ばろうくろここ》。

 五番である彼女は自分をそう呼ばせていた。


 ハットの下から下がる、一束にして優美に巻いて流した栗色の髪は乾き切った南古野の風に揺れて──地上十五メートルほど、五階相当の高さで雨樋あまどいを無造作につかんでいる左手に、そよそよと当たっている。片足を壁につけているほかは左手だけで身体を支え、彼女は右手をひさしにして、長い睫毛の下にある鳶色の瞳で彼方を眺めていた。


 機構により強化した視野・視力で高所から状況確認をした彼女は、そのまま五指をわちゃわちゃわちゃっ、と節足動物の足を思わせる滑らかさと気味悪さでうごめかし、落ちるような速度で雨樋を伝って降りてきた。

 恐ろしい早さだったというのに手には火傷のひとつもなく、着地した彼女はその長身──ヒールを履いているとはいえ、一七〇センチほどの織架や理逸より頭一つ高い──をのっそりと揺らして不満げな顔をしてみせた。瞳が大きく、厚めの唇が微細な感情まで拾っているため、ご機嫌があまりにも見えやすい顔と言えた。


「ぜーんぜん来そうにないわ。クソ面白くもない」

「なーにもう少しだ。おとなしく待ってろ」


 眼鏡型機構に表示される周辺からの情報を元に織架がそう言えば、婁子々は退屈そうにどこからともなく白い薄膜チップを取り出す。


「だるっ。パキろ」


 切手サイズのそれをベッ、と出した舌に載せるとしばらく目をつぶって腕組みし、やがてぶるっとひとつ大きく震えると、ぎゅっと唾液を飲み込んでからチップを吐き出した。

 白かったチップは青く染まっており、唇嘗める彼女の舌も同じ色に染まっている。

 向精神加速薬アクセラだ。いわば全身の神経を一時的に階路コースに誤認させてしまうという、機構による微機操作の精度速度を飛躍的に高める薬である。


「よし。キマってきた」

「……一応訊くけどさ、婁子々。お前抗精神減圧薬(スロウ)は使ってないだろうなっ?」


 理逸たちからアルコール中毒を疑われた織架だが、そんな彼でも自分より明確にヤバい奴、ぎりぎりのエッジに立っている奴として見ているのが彼女だ。

 超過し過ぎた感覚加速によって知覚範囲が四方八方に散らばり、結果当人の観測は鈍足(スロウ)となる麻薬の一種である──ソレを服用されていた場合、あとから調律チューニングで接する織架も不調を感染うつされる。

 ところがこわごわと訊いた織架に、婁子々は鼻で笑って返すのだった。


「いまを駆け抜けたいあたしにノロマを強制するヤクなんて、こっちから願い下げよ」

「そう言うとは思ったけど。ただ、信用ならんとも思ってるのでなっ」


 以前にも「やけどしない火遊び、二日酔いにならない酒、後ろから刺されない恋愛。そんなの生きてる意味ある?」と性根の曲がった発言を放った彼女だ。

 織架のこの非難めいた物言いにも、やはり刹那的過ぎる回答を成す。


「遅いのなんて退屈千万よ欲しいのは速さよ速さ。あたしはギリギリを、自分の反応だけで、駆け抜けるの」


 掌をあてがった首をこきりと鳴らして、婁子々の巻き髪が

 フっと

 浮き

 なびいた。

 疾駆する肉体が躍動し。

 織架の横をレースとフリルを纏う豪風と化して過ぎる。

 振り返ったときには伸ばした彼女の右手が警備兵のメットを真正面から鷲掴みにし、遥か後方の壁に叩きつけていた。低い大きな音と共にぱら、と天井から粉塵が落ちる。


「こんな風にね」


 手を離し警備兵を壁に沿わせて落とす。

 婁子々は織架とは異なり、情報処理ではなく身体強化に振った機構構成デバイスカスタムでそれを突き詰めることに生涯を懸けている。筋力の増幅ブーストと神経加速、五感強化と適宜封印マスキング。人類の感覚の頂点を目指し、日々ギリギリのチューンを繰り返している馬鹿だ……この常夏になった元・日邦のなかであのように古風で肌を晒さない服装を好むのは単なる懐古趣味だけではなく、実際のところは『《焼け憑き》で肌を埋め尽くされているからだ』ということが公然の秘密になっているほどに。


 死の縁まで速さを窮めようとする彼女は、プライアを持たないためその過去になにがあったかようとして知れない……。

 ともあれ。

 ため息をついた織架は辺りを見回し(実際、眼鏡型機構には首をめぐらすことで周囲情報が方角に合わせて落とし込まれる)、不愉快そうに言った。


「うるさい音を立てると敵集めるだろっ。こっちの処理終わってから倒してほしいものさ!」

「背後とられててなにヌかしてんのよ。これだから軍師気取りは──、」

「おいそこで止まれ」


 言われて婁子々が足を止めると、床にガシュ、と矢が突き立った。

 そこは彼女が掴み引きずり叩きつける寸前に警備兵が居た箇所である。

 突き立った角度から婁子々が射出方向を見やると、トラップとして仕掛けられていたらしいボウガンが目に入った。


「……婁子々。背後が、なんだって?」

「いや、あのさぁ。むしろコレあたしが引っかかってたらどうする気だったの」

「お前当たるのか? あんな矢に」

「当ったるわけないでしょ嘗めたことヌかしてんじゃないわよ死なすぞ」

「じゃあいいだろ言うまでもないだろ」


 たたたっ、と空中打鍵を繰り返しながら織架は歩み、婁子々もなにか言いたげにしながらも彼に近づく。

 彼方には警備兵の三人一組スリーマンセルが二組。

 二人は視線を交わした。なんのかんのと言っても《七ツ道具》として付き合いは長い。考えていることは互いよくわかる。

 はずだったのだが。


「オッケ。潰してきたげる」


 ところが織架が指示で口を開く前に婁子々は音もなく飛び出し、身の丈を越える高さの塀を一跳びで越え、突きだし看板を蹴り垂直の壁面を走った。

 真上をとって、彼女は急襲する。警備兵の者たちが突然襲い来た婁子々に慌てふためき、銃声が轟いた。


「馬鹿。アシストを待てってんだっ」


 言いつつ織架も駆け出していき、二対六の戦闘が始ま──いやすでに一人脱落させられていた。


        #


 百々塚朝嶺亜(とどづかあざれあ)は都落ちだ。

 かつては新市街で上級市民として暮らしていた身の上だ。

 あのころの彼女は「自分の一生はこの北遮壁に守られ、安泰なのだ」と無根拠に思い込んでいた。しかしあくる日に着の身着のままですべてを奪われ、壁の向こうのこっち側に放り出された次第である。


 悪い夢ではないかと壁を叩いたし、ずいぶん嘆いた。

 それから五年ほど経過し、輝かしい二十代が半ばまで過ぎた現在も。

 こういうときになると『壁』を叩いている。


 半袖の、すっかり着慣れたぼろのようなセメント色のパーカ。そこから伸びる己の細い腕で、ごんごんと叩けば北遮壁詰所に設けられた『扉』が開いていく。すぐに閉じて警報が鳴るが、警備兵しか入れないはずの区画を開いたことで陽動になるわけだ。侵入の可能性があれば、彼らはこちらに兵力を割かざるを得ない。

 そのようなことができる朝嶺亜だが、別段彼女には電子制御エレクトロの知識はなく支配ハック懐柔コンシリエイトもできない。


 これは単なる、正当な市民IDによる権限の行使だ。都落ちかつ、剥奪不可能な投与インストール型の機構を分割して(・・・・)取り込んでいたというイレギュラーがため生じた、掟破り(エラー)に近い手。


「警備兵連中が近づいとるのわかるじゃが。もうよいか、十鱒」


 ベースボールキャップの隙間から突き出る、枝毛だらけになったポニーテールを揺らしつつ朝嶺亜は言って、振り返る。

 自分の目のなかを泳いでいるのだろう微機による青の光が、視界の動きに合わせて横にたなびいた。

 視界の奥に居た壮年の男、十鱒が「ご苦労」と言ってキャップ越しに頭を撫でる。

 その背後、壁沿いに越境などを防ぐため構えていたはずの警備兵たちは、ひとり残らず倒されていた。

 足元には折れたナイフ、解体バラされた拳銃、曲がった警棒が転がる。

 十鱒はシルクのウエストコートにさえ汚れひとつなく、平然と歩いて通り抜けてきた。時折、拳に返り血がつく程度だ。それさえ落とせば出勤前のバーテンダーといった風体。

 と、まだ残っていたひとりが、ジュラルミンの大盾を構えて突っ込んでくる。


「おおおおぉ!」


 叫ぶ彼の盾に、変化は生じない。

《太刀斬り》とあだ名される十鱒は間合いに入ったあらゆる武器を破損させるプライアを持つ。けれど盾は武器の判定に入らない。ゆえに突撃チャージに移るのは有効な手と言えた。


 しかし有効、程度の選択で倒せるほど十鱒は甘くない。

 迫る盾と数十キロの力積を前に、

 半歩踏み出して身を翻す。

 獲物を追う獣を思わせる切り返し(ターン)

 警備兵も盾越しにちゃんと十鱒を見ていただろうに、それでも完全に見失ったのがありありとわかった。歩みに惑いが生じている。


 すれば、

 真横に入りこんでの右ストレート。

 顎先を正確に打ち抜いて意識を途絶させ、倒れるまでに膝への踏み砕きをも叩き込んでいる。

 沈黙のうちにそこまで終わらせた十鱒は、白髪交じりのセンターパートを整えると「行くよ」とだけ告げてまた歩き出した。

 朝嶺亜は引いている。

 彼女はほぼID権限による有用性のみで《七ツ道具》・七番に登用されており、自身に戦闘能力はないのだ。


「ほんとキっショいわぁ……なんで素手で倒せるんじゃ、お前。向こう正規戦闘術マーシャルアーツやっとるがじゃろ」

「鍛えたんだよ。それ以外に強くなる方法があるかい?」

「ズルってのはどこにでも転がっとるもんじゃ」

「どこにでもあるものなら、大した価値はないね。少なくとも僕にとっては」


 十鱒は返しつつ、ふいに視線を上げる。

 すっと朝嶺亜の前に手をかざして制止し、「後ろに飛べ」と短く指示を出した。おとなしく従って後方に転がる。素直にノータイムで現場判断に従うというのが、この五年間朝嶺亜を生かしてきた経験則だ。

 今日も間違っていなかったらしい。

 ずん、と音を立てて着地する警備兵。

 青の残光を伴い、十鱒の行く手を阻んでいる。


第一種装備デバイスドライバか」


 指の関節を鳴らして十鱒が拳を握り込む。拳闘の構えに移るまでに、警備兵が腰に提げていた警棒がぎぎぎぎぎと捩じれ曲がっていく。

 即座に腰から得物を捨て、警備兵側も拳を握った。青き瞳で十鱒を睨み、呼ぶ。


「《太刀斬り》。お前とは接敵するなと言われている」

「光栄だね」


 世辞を受け流すかのような無感情さで十鱒は切って捨てる。

 だが警備兵に世辞や油断を誘おうとの色はない。


『──《機構運用者》とは戦うな』


 南古野にて語られる常識。

 それと並ぶように、《七ツ道具》・一番こと十鱒の存在は警備兵側で恐れられている。


『《太刀斬り》に会ったら逃げろ』と。


        #


 外の騒がしさに宅島は気づいていた。

 というより、もっと以前から「ここで水泥棒どもが来る」と予測していた。

 断水処置から時間が経過し、南古野住民の体調に問題が出はじめるこの辺りが境目。事前準備の襲撃タイミングだろう……と考えていたのだ。

 ゆえに全体の一割である第一種装備の警備兵も警邏ローテに組み込み、詰所および北遮壁の護りより迎撃に力を割いた構成としている。


 薄暗い室内で、三角巾に吊るした左腕を疎ましく思いながら彼は情報処理をおこなっていた。目の前には拾う帯域を絞って水泥棒たちの通信を傍受する複数台の機器が同時に喋っており、また警備兵が地上通信に使う機器のレシーバーもセットしてあった。

 飛び交う電波。違法に帯域を利用した通信のどれがブラフでどれが本命か。指示出しのパターンはどうなっているか。

 それらを並行して聴き取り情報を割り出し、警備兵側の指示とかち合うかを判断し随時動きを調整していく。

 自身が前線に出られない以上は仕方がない。

 元より身体強化と同等に情報処理にも特化できるよう投与インストール型機構を備えている宅島だ。作戦を立案し駒を動かすことも得意としている。

 まあ、好きではないのだが。


「ふん……鬱陶しい」


 顎と左腕、それに足。怪我の多い身が歯がゆい。

 まだ一ヶ月も経過していない、前回の水泥棒戦にて。

 地下で撃たれ顎を砕かれる失態を演じることとなった宅島は、しかしその戦闘の記憶をまったく残していなかった。手ひどいダメージを負った後遺症と見られたが……彼は自分にその後上層部からお咎めもなにもなかった点から、違和感を抱いた。

 もとよりあの日、彼が単独行動を命じられ本来の警備ルートを外れたのも上層部からの指示だった。ゆえ、上の指示ミスからくるお咎め無しかと最初は思ったが……


俺の負傷が(・・・・・)成果(・・)。……そんな空気を感じる」


 ひとりごちて、痛む顎を押さえた。

 やがて、レシーバーからの指示を聞き、細い爬虫類じみた目を見開く。


「なに?」


 聞き間違いかと判じた。けれど上からの指示は、明確に繰り返される。

 すでに第一種を二十名投入しているというのに。この上まだ、兵力を注げという指示。いかに迎撃に回している状況とはいえ、北遮壁の防御を薄くせよと言わんばかりの暴挙。

 レシーバー越しの指示では納得できない。宅島は指示役を同格の警備隊長に移譲し、部屋をあとにした。廊下に出るとへらへらのんびりと地下から戻ってきたところらしい──あそこはプラントからの排気にまぎれた長波長の電磁波を吸収する性質の粒子ダストがため指示が届かないので仕方ないが──二人組、好古と新田を一瞥だけして上層部へ向かった。

 彼に、投入を指示されたのは。


「《特種装備》を出せ、だと」


 それは六年前、静かなる争乱と呼ばれる南古野全土を巻き込んだ抗争の際──実験的に投入された機構運用者。

 通称、拡張現実順応化試作機マケット

 第一種を越える、機構運用者のことだった。



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