5話
追記:少し台詞を変更しました。
私は体を小動物のようにカタカタと震わせつつも、どうにかできないかと対処法を考えます。
「……怯えるな。お前は俺が死なせない。俺が今から三秒後に飛び出して囮になるから、お前はその間に逃げろ」
「嫌です! 貴方を置いて逃げるなど……それに、ここで逃げたところで私は生きていられるとは……」
「大丈夫だ! 非番ではあったが、こういう時のために閃光弾っつー魔道具を持ってきてんだ。高値だから使いたくなかったが、そうも言ってらんねぇ。投げた瞬間にあの建物の隙間に逃げろ!」
「建物の……隙間?」
どこでしょう。
「わかりにくいが、そこにあるだろ。あそこには暗殺者はいない。殺気を感じないからな。お前は細いから通れるはずだ」
よく見たら、確かに横の建物にとても細い隙間がありました。あそこなら確かに入れると思います。ただ、出るのは難しいのでは……? そのまま出ることができなくて、死ぬまで隙間の中で過ごすことに……という別の恐怖が脳裏をよぎってしまいます。
「……わ、わかり……ました。そうしないと助からな……!?」
私の視界にニヤリと笑ってキラリと光るナイフをガルフさんに突き刺そうとする暗殺者が映りました。危ないと思いましたが、恐怖で硬直している私は何かをすることなどできるはずもなく……
愚かですね、私は……
「ガルフさん! アンジュさん! 大丈夫ですか!?」
「!?」
暗殺者のナイフをそれよりも遥かに刃先が光っていて長いナイフで瞬時にはね飛ばした人がいました。
声のおかげでそれが誰かすぐにわかりました。
「ヒルデさん!? 何故ここに!?」
「実は別れる直前で何かの気配を察知しまして……それで怪しいと思ってナイフと使用人を連れて途中で追いかけてたんです」
「ナイフ……? 使用人……?」
「あ、僕……貴族なんです」
ヒルデさんはそう言った後、向かってきた別の暗殺者三人を一人だというのにナイフ二本でいなしていました。
もう一本は隠し持っていたようで、私との会話時に出していました。手つきから何となくわかります。手練なんでしょう。
「貴族なのになんでこんなことができるのか……? と思いますかね。これでも、幼い頃に元剣士だった父に剣術を指南してもらっていましてね。剣術は得意なんですよ」
「だから、ここまで……凄いのですね」
「お褒めに預かり光栄です。では、僕は使用人と共に戦いますのでアンジュさんはガルフさんと逃げてください!」
私はガルフさんの手を掴んで彼と共に逃げようとしましたが……何故かそれを払って拒否してきます。
力が強く、こちらが何度握ろうとしても無駄でしょうね。
「俺は残るよ。騎士がこんなところで逃げるわけにはいかない。恥だ。だから、アンジュ。お前だけ逃げろ」
「どうするんですか? 何も持ってないんですよね?」
「ヒルデに借りる。じゃあな、アンジュ」
ガルフさんはそう言って私の背中を押そうとするのですが、その手をいつの間にかやってきていたレティシエが止めます。
「させません! そこの女には言っておきたいことが!」
……!? その口振り……やはり、レティシエは私の前世のことを知っているんですね。
顔や声でわかるわけがありません。雰囲気……?
「やはり……」
「え?」
「お姉様と同じ匂いがする」
「匂い……?」
それで私のことを……
「えっと……」
「喋らないで」
ゴミを見るかのような視線……本当に目の前のレティシエの姿をした人物は私が愛した妹だったんでしょうか。生前に愛らしいと思っていた天使のような顔が、今は悪魔のように感じられます。
落ち込み、唇を噛みながら俯く私へ、レティシエは嘲笑いながら懐に隠していたナイフを投げつけようとしますが……
「させるかよ!」
ガルフさんにより、いとも容易く叩き落とされます。
さすが騎士様。剣を持たずとも、お強い……
ガルフさんは落ちたナイフを拾うと、握り潰して粉に変えました。元がナイフだったとは思えませんね。
その粉は風に乗り、空へと飛んでいきます。
これでレティシエは武器を失いました。
その後、ガルフさんは武器を失ったことでショックを受けているレティシエのことを瞬時に拘束。あまりに痛いのか、レティシエは半泣きになりながら膝をついていました。
暗殺者もヒルデさんとその使用人の方々により、拘束が済んでおりました。皆さん、お仕事が早いのですね。
「……レティシエ」
「お前、なんで私の名前を……!?」
「私はもう貴女と会うことはないと思うので、大事なことを一回だけ言っておきます。よく聞いてくださいね」
私はガルフさんに拘束されたままのレティシエの前で彼女と同じ目線までしゃがんで言いたいことを言います。
「貴女はお父様とお母様に愛されたいと……そう言いましたね?」
「何故、そのことを知っている!? もしかして……」
「お父様とお母様に愛されたいのなら! お父様とお母様が悲しむようなことをなさらないでください!」
大声を出しすぎたので、私は軽くケホっと咳きこむと、ガルフさんの方を向いて彼に対して言います。
「彼女のことを殺さないでください」
「殺さなかったら、こいつはまたお前のような者を襲うかもしれないんだぞ。それがきちんとわかっているのか?」
「わかっていますよ。だから……」
私はガルフさんに耳打ちして説明します。
本当は反省しているなどと思っていません。でも、愛していた妹が死んでしまうのは辛い。もう誰も目の前で死んでほしくないから、罰を与えるだけで許してあげたい。そう思ったんです。
私の懇願にガルフさんは軽い迷いを見せた後……
「……うーん、それより……奴隷市場に行かせてアレをやろう」
……静かにそう言いました。
奴隷市場? アレ? どういうことでしょうか。そんなところに行く者など、奴隷を買う者だけ。奴隷を買いたいんですかね。
「奴隷市場に行って何をするのか気になるか? 説明してやる。奴隷を買うわけじゃない。奴隷に言うことを聞かせるための『奴隷刻印』を刻印し、二度とあんなことさせねーようにすんだ」
あ、聞いたことがあります。確かに……それがあれば、何かあっても安心だとは思いますけど……
「非番とはいえ、騎士様なのでしょう? 大丈夫なのですか?」
「心配すんな。俺は大丈夫だよ」
ガルフさんは歯がキラリと光るほどニカッと笑い、こちらに手を振ってきました。
ちょっと心配ですね。本当に奴隷市場でよかったんでしょうか。ガルフさんもレティシエもあまり酷い目にあってほしくない。
『奴隷刻印』は別に何もしなければ痛くありませんし、刻印のやり方次第で日常で他人に見られないようにすることは可能だと聞きます。それでも、どうしても心配になってしまうんですよ。
……そんな考えを私は彼が目の前に何故か戻ってくるまでの間、ずっと持っているのでした。
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