3話
今回は少し長めです。
あの謎の場所で出会った殿方……彼の言う通り、私は平民の女性へと記憶を保持した状態で転生しました。
名はアンジュと言います。両親は私を産んだ後に何らかの事故で亡くなってしまったので、両親と縁の深かったバージルさんという方に名付けていただいたものです。彼は育て親でもあります。
血の繋がっていないことは転生者なので、親との会話を盗み聞いてすぐに知っていました。
ですが、この方は全く血が繋がっていない私のことを実の子供のように大切に育ててくださいました。
なので、私はこの方を第二……いえ、転生前もあるので第三の両親だと認識しています。
「お父さん、行ってきます」
お父さんというのはバージルさんのこと。最初はバージルさんと呼んでいましたが、今はお父さんと呼んでいます。
バージルさんが悲しむ顔は見たくないもので。彼が望むのなら、私はいくらでもそう呼びます。
「行ってらっしゃい。アンジュ」
「はーい!」
私が今から向かおうとしているのは、王国の中でも特に人気と言われる菓子店です。今までずっと行きたいとは思っていましたが、お父さんの手伝いやお昼寝をしているうちに忘れていたんです。
今は何の予定もありませんし、お金は事前に確認して、必要分持ってきております。問題など塵ほどもありませんわ。
高級な菓子店なので、行くためにおめかしはしていますよ。
生前好きだった絨毯と同じ色である若葉色のワンピース……同色の靴。あと、この国の近辺の森で採取することのできるクローベルという花で作った小さな髪飾りをつけております。
髪飾りを私はニコニコと笑顔でいじりながら、通りを行き交う人の迷惑にならない程度の速さで走っていきます。
もちろん、折角のワンピースが汚れたら困りますので、裾はきちんと押さえております。
「今日は素晴らしい天気ですね」
最近は雨続きだったのですが、久々の晴天。ちょっと眩しすぎる気もしますが、別に構いません。
菓子店を到着する頃には汗でワンピースが濡れていたので、私は軽く体を揺らすと、菓子店の取っ手に手を近づけます。
そこで……
「ひゃっ」
「うわっ」
かわいらしい女性のような顔立ちの殿方と手が触れてしまいます。とてもしなやかで傷一つない綺麗な手……
思わず、掴んでしまいましたが……
一瞬視界に入った彼の顔が紅潮しているのを見て、自身の行いの恥ずかしさに気づき、私は慌てて手を離しました。
「も、申し訳ございません!」
「い……い、いえ! だ、だだ大丈夫ですよ……っ!」
慌ててらっしゃる。私以上ですね。本当に申し訳がありません。
ただ、ここで頭を下げてしまうとこの方は更に慌ててしまうでしょう。それは本意ではありませんので……
「貴方もお菓子を?」
お菓子の話に持っていこうと思います。
「え、あ……はい。そうですけど……」
「やっぱり!!」
「菓子店の扉の取っ手に触れようとしてる奴が菓子目的以外で来ている可能性ってあるか?」
え、誰?
背中の方から違う殿方の声が聞こえてきました。
振り返ると、そこにはムッとした顔でこちらを見つめる強面の殿方がおりました。
「えっと……まあ、はい」
なんて答えればいいのかわからず、私はそうこぼします。普通にあると思います、と答えたら怒られてしまうでしょうし……
「まあ、いい。先に入っていいか?」
「あ、はい」
「はいって言ってばっかだな。早く入った方がいいぜ。早くしないと売り切れるかもしれないからなー」
強面の殿方は私を手で遠ざけて扉の取っ手に手をかけると、店の中に入っていきました。
私はちょっとだけ待ってから入ろうと思い、扉から少し距離を取ります。あの方に何か言われたら怖いなって思って。
同様に怖いと感じているのか、女性のような殿方も私と一緒に扉から距離を置いていました。
「あの……お名前を教えてもらってもよろしいですか?」
「名前……?」
女性のような殿方への言葉です。
「はい? ああっ! もちろん、私などに教えたくないと言うのなら、結構です! 失礼なことを言ってしまいましたね」
「いえ、名前を聞かれると思わず、少し驚いてしまっただけですよ。お気になさらず。僕の名前はヒルデと申します」
ヒルデ様……いえ、さんですか。
「とても良い名前ですね。かわ……かっこいい名前のように感じます。お似合いです!」
「かわ……なんて言おうとしました?」
「いえ……何でもございませんよ!」
殿方はかわいいという褒め言葉を嫌うと聞きます。また会うかはわかりませんが、それでも嫌われてしまいたくはありません。
「そうですか。貴女の名前は……ってあ! 僕も失礼なことを言ってしまいましたね! 嫌なら大丈夫です!」
ふふっ……やはり、かわいらしいですね。
「いえ、失礼なのは私の方です。私の名前はアンジュと言います」
「アンジュさん……ですか。とてもいい名前だ……覚えます!」
いい名前……そう言っていただけるのは、とても嬉しいですね。この名前はお父さん(バージルさん)がつけてくれたものなので。
「ありがとうございます! では、お店に入りましょうか」
「はい!」
すっかり、緊張も霧散されたようです。空の太陽のように笑顔が燦々と輝いておりますよ。
入店時に先程の殿方がいないかちょっと心配しながらも、私は取っ手を引っ張りました。
「わぁ……!」
視界に広がるは宝石を想起させる綺麗な見た目の菓子たち。これらを見ているだけで数時間は時間が潰れる。
そう感じるほどに……綺麗でした。
ヒルデさんも私と同じようにお口を開き、目を輝かせております。彼の瞳の輝きは凄まじく、店内の菓子にも劣っていません。それほどに美しいと感じているということですね。
「お、来たか」
「は、はい……」
「なんかな。どの客も俺ん顔見たら逃げ出すんだよな。悲しいぜ」
それは悲しいですね……
しょんぼりと俯きながらお菓子を見つめている強面の殿方を見て、私はそう思いました。
「綺麗なお顔ですよ」
思わず、そのような言葉が口から漏れ出ていました。私がそのことに気づくのはそれから二秒後。彼の顔も先程のヒルデさんのように紅潮されていたからです。私はまたやってしまいました。
彼のお顔から少し目を逸らしてしまいましたが、無言なので少しだけチラッと視線を向けます。すると、目が合いました。
「おい。お前は俺の顔が本当に綺麗だと思うか?」
「は、はい」
「それは嬉しいな! よっしゃ、気分良くなってきたし、お前らの分の菓子も買ってやるよ! 店員、いくらだ!」
顔がどんどん元の色を取り戻し、それと同時に口角が裂けているのかと思うほどに吊り上がります。綺麗ではあるのですが、それによって少し怖さが増してしまっておりますね……はは。
私は最初、遠慮しましたが……彼はどうしても私とヒルデさんにお菓子を奢りたいと仰ったので選ぶだけ選びました。
そして、殿方がそれらを店員さんのもとへ笑顔で持っていかれたのですが、そこで彼に対して店員さんから無慈悲な一言が。
「……足りません」
「なっ……なん……だと……!?」
「……ですので、足りません」
「いや、たった三つだぞ!? おい!!」
その後に店員さんが口にした金額というのはこの殿方のお財布にあるお金の十倍の金額でした。
殿方は結局、自分のお菓子も買うことができず……トボトボと店の外へ出ていかれてしまいました。
……私とヒルデさんは買えました。
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