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「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞  応募作品

殺害にいたるお味噌汁

作者: マガミアキ

「これはむごい……」

 警部の焙じ茶はつぶやいた。


 食卓から落下した味噌汁の椀は中身が床にぶちまけられ、周囲に飛び散った具材があちこちに付着している。


「うッ……」

 吐き気をこらえるような様子の部下を、焙じ茶がたしなめた。

「緑茶ァ、いつまで新人のつもりだ。現場荒らすなよ」

「いえ……すみません大丈夫です、課長」

 緑茶は手帳を開いた。


「今朝、八時五分。食卓の端にいた梅干しが第一発見者です。落下音に気付いて見た時には、すでにこの有様だったと……」

「朝食時だな。今朝の献立は?」


 手帳をめくる。

「ええと――白飯、焼き鮭、海苔、豆腐の味噌汁、温泉卵、梅干し、ですね」

「ふむ、朝食としては理想的な組み合わせだな。もめ事が起こるような献立とは思えんが……」

「やはり事故――でしょうか」


「……食卓の主はひとり暮らしだったな?」

「え? ええ。二十七歳、男性。フリーライターです」

「自室が仕事場であれば、ゆっくりと朝食の支度をする余裕もある――ということか」

 焙じ茶は改めて現場を見渡した。


「おい。床に落ちた味噌汁と、献立の味噌汁は別物だぞ」

「ええッ?」



「味噌という共通点につられて、具材に目が向くまで時間がかかりました」

 取調室で焙じ茶が告げた。

「床に散らばった具材にね、豚肉があったんですよ。そう、床に落ちたのは()()。献立にあった豆腐の味噌汁ではない――」

 緑茶は調書から視線を上げる。


「では汁物の椀がふたつあったのか? いや、ひとり暮らしの食卓としてそれはいかにも不自然だ。つまり本来の献立にあったのは豚汁だった。あなた自身がこの場にいることこそ、その何よりの証拠です」


 豆腐の味噌汁は観念したように微笑んだ。

「……昔から、豚汁が嫌いでした。下拵えにかかる手間や具材の多さを鼻にかけ、わたし達のような単なる味噌汁ではない、食卓のメインを張るべき椀だとよく言っていて。それでも豚汁の居場所は昼食や夕食だったので、今までやってこれたんです。けれど今朝は――!」


「朝食に、豚汁が並んだ」


「はい。朝食の献立仲間も、豚汁にはいい感情を持っていませんでした。思わず手を出したわたしをかばって、食卓にわたしが並んでいたかのように口裏を合わせてくれた」


 焙じ茶は深く息をつく。

「献立にはそれぞれ役割と立場があり、そこに敬意を示す。食卓の主にそのような心構えがあったなら、このような悲劇は起きなかっただろうに……残念です」


 豆腐の味噌汁は、静かに揺れた。

なろうラジオ大賞3 応募作品です。

・1,000文字以下

・テーマ:お味噌汁


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