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パーティ【虹の翼】は、この町で1番の冒険者パーティである。

作者: 夜野 織人

カッとなって書きました。

「ケルンを、追い出してくれませんか」


 オーケイ、俺は冷静だ。まず状況を整理しよう。ここは俺たち【虹の翼】が愛用している食堂の個室だ。Bランク以上のパーティじゃないと使えない、防音性能完璧の部屋。だからここで何をしようが、何を話そうが、一切外に漏れることはない。


 そして俺の前で正座して、涙を堪えるように唇を引き結ぶ美少女は、パーティメンバーのリミエラだ。白金の髪を持ち、白と銀を基調に作られた法衣を纏う彼女は、【虹の翼】の守護と回復を一手に担う。彼女抜きで迷宮は攻略できない。


 彼女の追っかけはめちゃくちゃ多い。早く彼氏作ればいいのに。


「……リミエラ。ケルンは俺たちに必要なんだ」


 リミエラを見つめ、真摯に説得する。たしかにケルンは戦闘で貢献しないし、役割は地味だ。だが、彼の働きは俺たちが迷宮に集中するために必要なのだ。パーティの雑事を彼が一手に担うからこそ、俺たちは集中して迷宮攻略に取り組める。彼抜きで迷宮は攻略できない。


「わかってます。でも、それでも、耐えられないんです!」


 俺は深く頷いてみせた。リミエラは治癒の力を使う関係上、前に出て戦う者への信頼が非常に高い。戦闘力がほとんどない彼女が迷宮に潜れるのは、彼女を護る前衛がいるからだ。大怪我をする俺やアレガスを治してきた彼女からすれば、後ろで何をしてるかわからないケルンは受け入れ難いのだろう。


「ケルンは、私の目を見て話さないんです!」

「ん?」


 流れ変わったな。


「声も小さいし、おどおどしてるし、すぐ『どうせ俺なんて……』ってぶつくさ言ってるし、そのくせたまに偉そうにするし、私のこと舐めてるし、人畜無害そうな顔して胸見てるの知ってるし、本当に無理なんです!」


 おおっとぉ?


「いや、これはセクハラじゃないんだが、君の胸は男なら気になってしまうサイズだよ。実を言うとたまに俺も見てる」

「リーダーはいいんです!」


 なんで? もしかして俺のこと好き?


「リーダーは胸見ちゃった後、気まずそうにするじゃないですか! ケルンは『全然君の胸なんて見てないけど?』って態度なんです! 無意識に私のことを見下してます!」


「あ~……」


 俺はアホだ。どのくらいアホかというと、なんで自分がこのパーティのリーダーをやってるのか、思い出せないくらいアホだ。


 だがそんなアホでも知っていることがある。女性の悩みは、解決策が見つからなくたっていいのだ。


「確かにケルンはそういう部分があるかもしれない。彼なりに、戦闘に貢献していない気まずさがあるんだろう。だから自信がないし


「それなら私のことはもっと尊敬すべきですよね!?」


 やはり俺はアホだった。リミエラはもう限界を超えている。


 いや、考えてみれば当たり前か。リミエラはとても真面目で、自分に厳しい。こんな直談判みたいな形でリーダーである俺に願い出てくるほど、ケルンの態度が腹にすえかねたということだ。


 リミエラは呼吸を整えた後、机に手をつき、その美しいエメラルドの瞳を輝かせて俺を睨んだ。


「ケルンを追い出すか、私が出ていくか。10日以内に決めてください」


 んお~……つれぇ……!


 リミエラにこの食堂の個室に呼び出されて、「もしかするともしかするか!?」みたいなことを考えていた1時間前の俺をぶん殴りてぇ。


 何が辛いって、この後も予約があるのだ。しかも張本人と。



 † † † †



「僕をパーティメンバーから外してくれませんか」

「待て待て待て待てちょっと待て」


 俺は思わず額に手を当てて俯いた。思考する時間が欲しい。


 オーケイ、俺は冷静だ。目の前に座って申し訳なさそうに目を伏せるくせ毛の青年は、パーティ【虹の翼】の支援担当のケルンだ。気弱そうな見た目通り気弱だが、細かいことに気が利く性格で、俺たちが安心して迷宮に挑めるのは彼がサポートしてくれているからだ。彼なしで迷宮攻略は成り立たない。


「……なんで辞めたいんだ?」


 とりあえず、口から出たのはそんな言葉だった。リミエラにお願いされているが、それとこれとは話が別。まずは彼を引き留めなければ。


「僕は、戦闘で役に立ちませんから……これ以上深く潜るなら、最低限自分の身を守れる人が必要なはずです……」

「おいおいおいおい嘘をつくな、ケルン。俺とお前の仲じゃねぇか。俺たちは安定して迷宮を攻略できてる。俺たちはもっと強くなれる。お前1人くらい守れるよ」


 男っていうのは面倒な生き物だ。見栄とプライドに邪魔されて、自分の本音だって見えやしねぇ。けど俺は、建前を喋ってる奴のことは見抜ける。


「……それでも、辞めたいんです」

「お前の本音を聞こうじゃねぇか。笑わねぇしバカにしたりしねぇから安心して話せ」


 居住まいを正し、鋭い眼光でケルンを見据える。『嘘は許さない』という俺の気迫を感じ取ったのか。はたまた、一大決心の影響で破れかぶれになったのか。ケルンは両手で顔を覆って、魂の叫びを吐き出した。


「……モテたいんです!! 僕は!!」




 時が止まった。




「………………あー、なんだ。つまり……彼女が欲しいってことか? そんなんお前、俺たちは結構稼ぎもあるし、町娘の1人や2人――」

「違います!!」


 違うの?


「冒険者やって! 同じパーティの女の子とか! ライバルとか! 町の子でもいいんですけど! きゃーきゃー言われたいんです僕は!」


 ……なるほど。


「ぶっちゃけ、気が利くのだってモテるためです! 一生懸命考えてるんです僕は! 冒険者稼業は安定はないけど、トップパーティに入ればモテる! リーダーは優秀だし、【虹の翼】は強い!」


 止まらなくなったケルンの魂の叫びに、俺は押されっぱなしだ。なんか【獣鬼の咆哮】よりよっぽど圧を感じる。


「僕は人気者になりたいんですよ!!」

「…………それでどうして辞めたいんだ?」

「キャラ付けです!」

「キャラ付けェ!?」


 また予想外な答えだ。


「僕は気づいた! 真面目一辺倒で気が利く男はモテない!」

「…………………………諸説あるだろうが、まあ聞こう」


「僕は気づいた! きゃーきゃー言われる人間は、男女関わらず何かしら『背景』がある! 没落貴族の落とし子とか! 剣聖の弟子とか! 亡国の王子とか!」

「生まれは変えられないぞ」

「【虹の翼】をやめることで、僕は新しく生まれるんです! 高ランクパーティをやめて、まだ弱い駆け出しを支援して、それで……強くなった子たちにきゃーきゃー言われるんだ!」


 だから辞めさせてください! お願いします! と言い切って頭を下げるケルン。俺は悩んだ。もうぶっちゃけ辞めさせてもよくね? と思っている。でもこの青年、明らかに考えが浅い。


 冒険者とは、力を貴ぶ職業だ。『支援能力』が十全に力を発揮するのは、迷宮の深い部分に潜る高ランクパーティだからこそ。浅い階層でその日暮らしをする駆け出したちに、腕力のないケルンが居場所を確保できるとは思えなかった。


 あと、【虹の翼】はケルンが抜けると困る。


「とりあえず、10日時間をくれ。お互いに冷静に考える時間が必要だと思う」


 俺のお願いに、ケルンは神妙な顔で頷いた。その顔をしているときは、そんなに変な奴には見えないのに……。


 ケルンが退室したあと、俺は店員を呼んで酒を頼んだ。この後も実はもう1件予約があるのだが、ちょっと飲まないとやってられない。



† † † †


「おう、リーダー。今日はあんがとな」

「いや、大丈夫だアレガス。メンバーの相談に乗るのも、リーダーの努めだ」

「相変わらず真面目だねぇ」


 飄々と嘯いて入ってきたのは、【虹の翼】の頼れる兄貴、アレガスだ。逞しい筋肉、見た目を裏切らないいかつい戦士。彼がいないと、迷宮攻略は成り立たない。



 はっきり言って、俺は警戒していた。リミエラ、ケルンに続いて、アレガスもまた無理難題を言い出すのではないかと。


 だから、普段飄々としているアレガスが真剣な顔つきになったとき、俺は滅茶苦茶身構えた。


「――なあ、リーダー。実は俺、女の子のお店で有り金全部使っちまってよ。次の探索、いつだっけ?」

「帰れ!!!!!!」


 ちょっとホッとしたことは絶対に表に出さないようにしながら、俺はアレガスを追い出した。


 1人で稼げや。


 この日は珍しく、めちゃくちゃ酒を飲んだ。


† † † †


 翌日。


 俺は冒険者ギルドに来ていた。冒険者たちの相談に乗ってくれる窓口があるのだが、俺が沈鬱な表情でそこに声をかけると、あれよあれよという間に奥の応接間に運ばれてしまった。なぜ。


「おい」


 そこで待ち構えていたのは、強面のギルドマスターだ。歴戦の傷跡は、子どもが見れば泣き出すほど迫力がある。正直、俺もちょっと怖い。


「相談があるんだろ? 話してみろ」


 でもちょっと優しいのだ。俺は昨日、リミエラにケルンを追い出せと言われたこと、ケルンが辞めたいと言っていたこと、アレガスが風俗で有り金を溶かしたことを話した。


 百戦錬磨のギルドマスターだ。こういった人間関係のトラブルには慣れているに違いない。何かいいアイディアを聞けるかもしれない、と俺は身を乗り出して返事を待った。


「…………事情はわかった。そして、冒険者ギルドから言えることはひとつだけだ」


 おろ?


「【虹の翼】の代えはいない。何としてでも引き留めろ」


 ありがたいお言葉だ。冒険者ギルドのギルドマスターがここまで言ってくれるのだ。俺の心は決まった。



† † † †



 10日後。


 完全装備で集まったメンバーを見て、俺は唾を飲み込んだ。もちろん俺も完全装備だ。彼らには「何が起きてもいいように備えてこい」と伝えていた。リミエラとケルンの顔には、緊張が見え隠れしていた。


 それはそうだろう。なにせ、今日人生が変わるかもしれないのだ。緊張しない方がおかしい。


「集まったな」

「おう! 今日はどこまで行くんだ?」

「今日は潜らないんですよ、アレガスさん」

「あ? なんでだ?」


 ケルンは察している。今まで、事前準備や物資の購入はケルンにお願いしていた。それをしていないということは、俺は今日迷宮に潜る気がないという意味になる。そう、今日は重大なお知らせがある日なのだ。


「そうだ、アレガス。今日は迷宮に潜らない。皆の相談を聞いた結論を伝える日なんだ」

「みんな……? あ、そうそう。俺の相談は解決したぜ。意外と勉強になったしな!」


 この10日間、他のパーティの迷宮攻略の手伝いをして報酬を得ていたアレガスは、嬉しそうに告げる。彼なりに得るものが色々あったのだろう。冒険者ギルドから手を回した甲斐があった。


「実はアレガス以外の2人からも、相談を貰っていたんだ」

「なるほど、そういうことか!」


 がははと笑うアレガスだけが、何も知らない。俺はまず、涼しげな表情をしながらも手が震えている少女に向き直る。エメラルドの瞳と目が合い、不安そうに揺れた。


「リミエラ。相談してくれてありがとう。人一倍誠実で気高い君のことだ。自分の限界になるまで我慢してくれていたことはよくわかった」

「い、いえ……その……」


 そっと目を伏せるリミエラから視線を外し、気まずそうに視線を逸らしていたケルンに声をかける。


「ケルン。君の悩みに気づけなくて申し訳ない。役割をこなしてくれている君に報いているつもりだったが、確かに目には見えない『差』があったのだと気づくことができた。ありがとう」

「いや……はい……こちらこそ……」


 頭を下げたあと、目を閉じる。


 脳裏に過ぎるのは、今までの思い出。


 懐かしく、苦しく、それでいて捨てることのできない、輝かしい思い出たち。


 目を開く。目の前にいる3人に向けて、俺は決死の覚悟で口を開いた。


「今日を持って、パーティ【虹の翼】は解散!! 各自、自分の思うがままに生き抜くように!! 以上!!」


 瞬間、俺の元に4本の鎖が飛んできた。剣を鞘ごと振り回し、その鎖を振り払う。ちぃっ、冒険者ギルドめ! やっぱり監視してやがったか!


「【虹の翼】のリーダーをひっとらえろ!」

「あいつがいないとあの問題児どもが野放しになる!」

「うるせぇーッ! もうやってられるか!!」


 ブチぎれた俺は、手に握った鎖を全力で引っ張る。これでも怪力と謳われた男、冒険者ギルド直属の諜報員がなすすべなく宙を舞った。が、奴らは軽い身のこなしで着地すると、一瞬で距離を詰めてくる。放たれる鎖を必死に振り払っていると、接近戦に持ち込んだ諜報員たちが次々と言葉を放つ。


「お前じゃないとダメなんだ! ほかに誰が奴らの世迷言を受けとめられる!? 一晩で有り金溶かされて、アウィディ嬢はあまりの恐怖に失神したんだぞ!?」


「そうだぞ! 迷宮内で会ったパーティに上から目線でアドバイスしていく奴のストッパーになれるのはお前だけだ!」


「人気があるからってなんでも許されるわけじゃないんだぞ! ちゃんと順番を守ってもらわないと困る! お前がいなくなったら、彼女はまた逆戻りだ!」


 後ろにいる【虹の翼】メンバーにギリギリ聞こえない声量でまくし立ててくる冒険者ギルドの諜報員たち。クッソお前ら無駄に連携が……!


「お前のおかげで有給がとれたんだ……! またあいつらがトラブルを起こすかどうか見張る日々には戻りたくねぇ! 頼む!」

「俺の胃が限界なんだよ!」

「俺の有給とお前の健康、どっちが大事なんだよ!?」

「俺の健康に決まってるだろうが!!」

「「「「ぐはあっ!!」」」」


 全力で諜報員たちを吹っ飛ばすと、俺は【虹の翼】のメンバーに向き直り、最高の笑顔で告げた。


「じゃあな、お前ら! 俺は、いち抜けた!」


 そうして、俺は【虹の翼】を解散させた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/12 21:07 退会済み
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