08:再びの旅の空、別れと出会い
2021/08/02 更新(1/2)
「お姉さん、魔導機の修理してるの?」
「あれ、リナちゃん。どうしたの?」
「お姉さんが修理してるところ見てもいい?」
結界の魔導機の状態を確認して、いざ手入れを始めようとしたところでリナちゃんが顔を見せた。どうやら修理の様子が気になったみたいだ。
「別にいいよ。リナちゃんは魔導機に興味あるの?」
「全然!」
「えぇ……」
「だって難しいこと、私わかんないもん……」
ぷぅ、と頬を膨らませながらも、リナちゃんは私の作業を見ることを止めない。
なんだか面白そうだから見に来た、という訳ではなさそうだった。彼女の目を見て、そうではないと悟るには十分だった。
「……この魔導機がちゃんと動いてたら、お父さんが死ななかったかもしれないから」
ぽつりと、リナちゃんが告げた言葉に私は何も言えなくなってしまった。
村を、そして家族を守るために犠牲になった人がいる。リナちゃんのお父さんもその一人だと聞いたばかりだ。
リナちゃんはまだ幼い子供だ。けれど、私がゲルルフ様に声をかけられて魔導技術局の見習いとして働き始めたのはいつの事だっただろう。
「リナちゃんって、今幾つ?」
「十歳だよ?」
「十歳、か」
グロストラウムでは十五歳が成人と扱われる年齢で、十二歳でも保護者の許可があれば働くことが許される。
私も十二歳の頃から魔導技術局で働き始めた。それまで職場に恥じないようにと必死に勉強をしていたことを思い出す。
「リナちゃん、魔導機の簡単な整備のやり方を教えてあげようか」
「え?」
「魔導機を直せる訳じゃないけど、壊れないように大事にする方法、知りたい?」
「……知りたいっ!」
リナちゃんは元気よく返事をした。その幼い表情には無邪気の色はなく、ただ真摯で必死な思いが込められていた。
子供が大人になってしまうのは、あっという間だ。大人になってしまえば、自分の力で自立することが求められる。
父親を失い、母親であるクレアさんも身体が丈夫ではない。それに魔導技術局が魔導機の整備を本当にしっかりしているのか疑問もある。
(私は、この村に長居するつもりはないから責任は持てない。でも、せめて次の芽を育てるぐらいなら……構わないよね?)
リナちゃんが魔導機の整備が出来るように知識を持てば、村ではちょっとした役目を持つことになるし、いつか将来の道を拓くことも出来るかもしれない。
ほんのささやかなお節介、そして自己満足。そんな思いを胸の奥に隠しながら、私はリナちゃんに魔導機の整備の仕方を教えるのだった。
* * *
――リナちゃんに魔導機の基礎と、整備の仕方を教えるのに七日。
本当に最低限の知識だけど、リナちゃんが真剣に学んでくれたから結界の魔導機が不具合を起こせば、リナちゃんがわかるだろう。
村長ですら壊れてからの判断しか出来ないと言っていたので、リナちゃんは一つの仕事を担えるようになったとも言える。
それを機会に、私はクリア村から離れることを決めた。
「……本当に行っちゃうの?」
出発の朝、リナちゃんが私の服の裾を掴みながら寂しさを含んだ声で言う。
後ろ髪を引かれる思いがあるけれど、私はそんな思いを振り切るようにリナちゃんと視線を合わせるように膝をついた。
「うん、このクリア村以外の近くの村や町の様子を見てくるつもり。もしかしたらクリア村で魔物の目撃例が多くなってる理由がわかるかもしれない。それは旅が出来る私にしか出来ないことで、私のやりたいことだから」
「……うん」
「リナちゃん、これあげる」
私は鞄から一冊の本を取り出した。ボロボロでくたびれた本、それを見たリナちゃんが目を丸くした。
この本は、まだ私が魔導技術局に入るよりも前、擦り切れそうになる程まで読み込んだ教科書だ。少し古いけれど、きっとリナちゃんには必要なものだろう。
「これ……ボロボロだね」
「うん。ちょっと古いけど魔導の教科書だよ。私がリナちゃんに教えたのは、本当に最低限のこと。これをあげるから自分で勉強するといいよ」
「いいの?」
「うん。私も、この本で勉強してきたんだ。もう暗記するぐらい読んだから、それはリナちゃんにあげる」
「……ありがと」
ぎゅっと本を胸の前で抱き締めるリナちゃん。涙は浮かんだままだけど、その表情には小さな決意が宿っていた。
そんなリナちゃんの頭を撫でて、クレアさんは私へと頭を下げる。
「イルゼさん、本当にお世話になりました。村長からも改めて御礼を伝えて欲しいと……」
「それは先日、さんざん聞きました。結界の魔導機も以前よりも復調したとは思いますが、無理はさせないようにお伝えしてください。もし、何か伝えるべきことがあったら立ち寄るか、手紙を出しますので」
「……また来てくれる?」
リナちゃんが上目遣いで私を見つめる。そんなリナちゃんの頭を撫でてから、私は頷いた。
「元気で良い子にしてるんだよ。勉強、どれだけ頑張ったか見てあげるから」
「うん……!」
「それじゃあ、またね」
「……またね」
ぽろぽろと涙を流しながら、片手で手を振るリナちゃん。そんなリナちゃんの肩に手を添えながらクレアさんも見送ってくれる。
そんな二人の視線を背に受けながら、私はクリア村を後にした。
* * *
「――そう、私は善行を積んだ筈! なのに、どうして! このような不運な目に!?」
クリア村を出て、早くも数日が経過した。
イルゼ・ティール、再びの絶賛迷子の最中である。おかしい、どうしてこうなったのか?
いくら見渡せど、深い山の森の奥。人里に近づいているのか、遠ざかっているのかすらもわからない。
「慣れてるから良いんだけど、なんで毎回迷子になるかな……」
たまに勘に任せたり、気が向いた方に進むことがあるのが原因な気もするけれど、それにしたって道がまったくわからなくなるような事になる?
「いや、逆に魔物を探して奥地にやってきたということで……」
右を見る。左を見る。前を見る。しゃがんで、地面を見てみる。
「……いや、痕跡がないわ……」
ダメだ、どう考えてもただの迷子になっただけの人になっている。
二十八歳にもなって森の中で迷子なんて、本当に子供じゃないんだから……まだ森の中だったら、最悪木の根なんか囓ることも出来なくはないけど。
「はぁ……」
思わず深く溜息を吐いてしまう。このまま座って休憩でもしようかな。
――そう思った時だった。遠くから、何かの音がかすかに聞こえた。
「この音は……」
私は耳を澄まして、音の方角を確認する。そして勢い良く地を蹴って森を駆け出した。
間違いない。今、私が聞いたのは――何かが争っているような戦闘音だ!
不安定な足場でも走るのには慣れている。時には木を蹴って、枝から枝に飛び移るようにして音の発生源へと距離を詰めて行く。
やがて聞こえてきたのは、腹の底から張りあげるような鼓舞の声と怒りに満ちた魔物の咆哮だった。
「――怯んではダメよ! ここでなんとしても仕留めるのです! 誉れ高きグロストラウム魔導師団の名にかけて!! 負傷者は下がりなさい! 戦線を維持するのです! 空いた穴は私が埋めます!!」
魔物の咆哮に負けず、声を張りあげているのは女の子の声だ。やがて遠目に見えてきたのは、昔見かけたことがある魔導師団の制服を纏った集団だった。
(なんで、こんな辺境に魔導師団が!?)
魔導師団とは、グロストラウム帝国の武力の要である。武芸と魔導を両方収めた才能ある者で構成された戦闘集団だ。
本来だったら皇都の守りや、皇族の護衛を務めているようなエリート集団がここにいるのはおかしい。
でも、そのエリート集団も疲弊を隠せない戦況らしい。それも仕方ないと言えば仕方ない。
「ワータウルス……!」
彼等が討伐しようとしている魔物は、人よりも三倍も大きな体躯を持つ牛頭の半獣人。
野牛が汚染によって魔物へと変じて、そのまま汚染が進んだ結果、二足歩行も可能になった凶悪な魔物だ。
雑食であり、何でも食べるのでワータウルスになる前に駆除出来ることが望ましいと言われるほどの強力な魔物だ。知能も強化されているので、一度でも人の味を覚えてしまえば小さな村を狙って襲撃を仕掛けてくる狡猾さを持っている。
「魔導師団なら、アレを見られるのは不味いわね」
私は腰に下げていたアンタレス・ロッドをホルダーから抜いて、柄の底にあるパーツを外して鞄の中に仕舞う。代わりに、別の色をしたパーツを填め込む。
魔力を通して、起動に問題がないことを確認する。それから私は木の上に上り、ワータウルスの頭上を取るように移動する。
「――伏せて! アンタレス・ロッド、ニードルモード!」
私の警告の声に驚く者が数名、ワータウルスの側で戦っていた人たちは素早く後退していた。
アンタレス・ロッドから吐き出されるのは、無数の風の針の弾丸だ。それがワータウルスに降り注ぐ。その分厚い外皮に阻まれて、その奧まで貫通しない。
「ちっ、分厚いわね! なら、これならどう!」
連射して放っていた風の針の弾丸を圧縮して、杭に変更する。
風の杭を弾丸として放つと、今度は突き刺さった。ワータウルスが痛みに怯んだように咆哮を上げる。
「あ、貴方は一体――!?」
現れた私に驚愕の目を向けるのは、深い青色の髪の女の子だった。気品すら感じさせるような雰囲気を纏っている子で、こんな修羅場の真っ最中にお目にかかるべきではないような印象を受ける。
しかし、今は気にしている場合ではないと、私はその子に向けて叫ぶ。さっきまでの声を聞く限り、この集団のリーダーは彼女だ。
「今の内に怪我人がいるなら下がらせて! 前に出るわ!」
「ッ、お互い事情は後で! 負傷者を後退させなさい、急いで!」
切り替えと判断が早い。今はそれが助かる。私は後退しようとする人とは逆にワータウルスへと突撃する。
アンタレス・ロッドを射撃形態から、魔剣形態へと変形させる。風が集い、風の刃が形成されたのを確認してワータウルスの首を狙って一閃する。
「――浅いッ!」
切れ味は抜群なんだけど、風の刃は軽いわね! でも注意は私に向いたから、このまま私に意識を向け続けてもらいましょうか。
「ブルォォォオオッ――ッ!」
怒りの咆哮を上げながらワータウルスが私を叩き潰そうと腕を振るう。その先にある尖った爪は、人の身体を簡単に引き裂くだろう。
腕を振り回して狙って来たかと思えば、身体全体で突進してきて押し潰そうとしてきたり、頭部の角に突き刺そうとしてくる。
それでも私は余裕をもって回避に徹することが出来た。射撃形態と魔剣形態を切り替えて、ひたすらワータウルスの注意を引きながら血を流させ続ける。
「――見知らぬ方、感謝します! トドメは、この私が!!」
すると、あの青髪の少女が剣をワータウルスへと構えているのが見えた。その剣に集まっていくのは水だ。その水は少女の身の丈を越え、大きな剣へと変わっていく。
いや、あれ、剣? もう……柱とかじゃない? 辛うじて剣って言い張れるような形をしてるだけな気がしてきた。彼女は――それを勢い良くワータウルスへと〝振り落とした〟。
「いやいや、ちょっと無茶苦茶じゃない!?」
私は風で自分を包むようにして、その場を勢い良く離れる。次の瞬間、ワータウルスは水の大剣に押し潰された。
受け止めようとしたワータウルスの全身を重量と勢いでへし折り、轟音を立てながら地へと叩き付けた。なんというか、もの凄くエグイ攻撃を目にしてしまった気がする。
形を整える力を失ったのか、水が勢い良く地面へと流れていく。それはワータウルスの血すらも洗い流す程だ。
そして水たまりすらも出来そうな勢いの地面を踏みながら、青髪の少女は私へと視線を向けた。
私の方が身長が高いので見下ろす格好となる。私の視線が下に向けられていることに気付いた青髪の少女は、まるで対抗するように胸を張って睨むように見つめて来た。
「助太刀感謝致します、旅の御方! 私はグロストラウム帝国の〝第二皇女〟にして魔導師団所属――ユリアティーネ・グロストラウムですわ!」
「……なんですと?」
私の耳がおかしくなったのかな。第二皇女って名乗りませんでした? この子。