07:幕間 斜陽の栄光
2021/08/01 更新(3/3)
「――どうなっているのだッ!」
強い力で机を叩き付ける音が響き渡り、その部屋にいた者たちは全員、竦み上がるように肩を縮めた。怒声を張りあげたのは、ゲルルフ・ターベルクであり、彼は竦み上がった全員を睨み付けるように目をギラつかせる。
ここは魔導大国とも呼ばれるグロストラウム帝国の皇帝が住まう皇城、その皇城内にある魔導技術局の執務室。かつては誉れ高き名誉職と言われていた栄光の席も、今となっては斜陽の時を迎えていると言われていた。
「何故、各地で私たちが納品した魔導機に不具合が多発しているという報告がなくならんのだ!? 中には結界の魔導機すらも故障を起こし、村を放棄しなければならなかったと報告に上がっているのだぞ!?」
「そ、それは……」
「貴様等、真面目にやっておるのか!? 三年だ、三年だぞ!? ここ三年で栄誉ある魔導技術局の評価は地の底にまで落ちた! この信頼を取り戻すにはお前たちが死に物狂いで働かなくては取り戻せぬのだ! なのに、逆の結果になっているのはどういうことだ!? 説明をしてみろ、説明を!」
「わ、私どもにもわからぬのです! ただ……三年前よりも円滑に仕事が進んでおらず、一部、引き継ぎも出来ぬまま破棄された資料などもあり、その後処理で人員も割かれておりまして……」
「そのような雑事を何故すぐ片付けられぬのだ!? 人手が足りぬなどと、そのような馬鹿げたことを! 人員なら幾らでも補充したであろう!? まさか、情が湧いて雑な仕事でもさせているのではあるまいな!?」
ゲルルフの怒声に、その場にいた局員たちの反応は暗いものだった。責任から逃れようとするように目を伏せる者、罪悪感に満ちた表情で俯く者、最早全てを諦めきったような表情で黙している者。
様々な反応はあれども、誰も明るい展望を感じさせるような雰囲気はなかった。そんな陰気な雰囲気を感じ取って、ゲルルフは更に怒りに火を注ぐ。
「一体、この三年間、貴様等は何をしてきたのだ!? 我らの仕事は国の威信を誇る魔導機の開発と整備を担うこと! なのにこの三年の間、新開発された魔導機は一つもなく、整備ですら問題が多発する状況! 幾ら魔物の大量出現の傾向があれど、破棄された魔導機の数は年々増えている! おかげで開発に回す予算すらも整備や維持費に回さなければならん始末だ! 不甲斐ないとは思わんのか!?」
ゲルルフの怒声に誰も返事をせず、俯くばかりだ。誰も彼も覇気もなければやる気もない。そんな状態に活を入れようとしたゲルルフの声を遮ったのは、壮年の男性局員だった。
「……そうです、私たちは不甲斐ない。果たすべき仕事も果たせなかった。その仕事を本当に果たしていたのが、誰なのか理解せずに……」
「……なんだと?」
「ゲルルフ局長、私たちの仕事が捗らなくなった理由はただ一つです。――イルゼ・ティールの不在です」
男性局員からそう告げられたゲルルフは目を見開き――そして、表情から一切の感情を消した。
「……君、何と言ったのかな? イルゼ・ティール、一体誰だったかな? そんな局員はいた覚えがないが」
「えぇ、彼女は正式な局員ではなかった。ただの清掃や事務を担当する雑用係、皇城での記録でもそうなっているでしょう。故に彼女は本来、引き受けてはならない仕事を引き受けていた。それも! 我々よりも完璧にこなして!」
男性局員は堪えきれない、と言わんばかりに声を震わせ、拳を握り締めた。
「……それがどうしたと言うのだ」
「我々は認めるべきだったのです! 彼女のアイディアは、我々の発想よりも一歩先に進んでいた! だから〝私たちは彼女のアイディアを自分たちの成果として発表した〟のです! 自分たちの威信を守る、ただそれだけのために!」
正式な局員でもなく、ただの下働きでしかない雑用係が自分たちを超えるなど、そんなことは認められなかった。
しかし、彼女の発想は素晴らしく、それ以上の発想を見出すことが出来なかった。
最初は誰が言い出したのか、最早わからない。それは全員が同じことを思い、そして皆で隠すようにして共謀して罪を犯したのだ。
イルゼの指摘した修正点や、新たな発想、それら全てを自分の成果として挿げ替えてしまおうと。
それを実行したのは、今訴えている男性局員を始めとした局員たち。許可を出したのは他でもないゲルルフだ。
「悟られないように彼女に仕事を押し付け、下働きどころか奴隷のように扱った! これはその報いなのです! 私たちは彼女を、もっと大切にすべきだったのです! そして彼女が去った後、貴方がイルゼの代わりに連れてきたのは、彼女と同じく身寄りをなくして後ろ盾もない、我々に逆らえない不幸な子供たちだった! あの子と同じように、貴方が都合良く利用するためだけに集められたのだ! それを表向きは下働きとして雇い、我々の仕事まで代行させている! これは規律を乱している行いだ!」
「――だから、どうした?」
男性局員の訴えを聞いて、ゲルルフはただ冷ややかに言い放った。
「アレは私が雇ったものだ。それをどう扱おうが、お前に口を出す権限などない」
「っ、貴方には……人の情というものがないのか!?」
「今更、人の情を説くお前はどうだ? あの小娘を虐げたのも貴様も同罪だ。今更、一人で身綺麗になれると思ったか? それに私は、あの身寄りもない愚かで憐れな子供たちに生きていける場を提供してやっているのだ。それの何が悪い?」
「開き直って……! それで何になると言うのですか!? この事実がバレたら、貴方は破滅しますよ!?」
「では、誰が告げ口をする? 誰が罪悪感に満たされ、今更一人楽になりたいと報告する? 正義は為され、それで裁きは下されて終わると思うのか? その後で、自分が真っ当な人生を送れると思っているのか? 今、ここで共に破滅した者の家族や知人が、正当な訴えとやらのために声を上げたお前を憎まないと誰が言える?」
それは訴え、叫んだ男性局員にではなく、その周りで顔を俯かせている局員たちへ告げるようにゲルルフは語りかける。
「もう遅いのだ。お前たちは私と共に歩むしか道はない。私と共に栄光を勝ち取るか、諸共破滅するかだ。もし、この中に裏切り者がいれば、私はこの心を魔へと落とさねばならぬだろうな。真っ先に被害者となるのは誰だと思う? ――何も知らぬ子供たちであろうな?」
「……ッ、貴方は、最低だッ!」
「お前もな。今更、一人で抜けられると思うな。守りたいのなら、その潔白さを捨てろ。泥に塗れてでも進むのだ。子供たちの未来も、お前たちの人生も守りたければな……裏切り者が出れば、お前たちは終わるのだからな」
顔を俯かせていた局員たちが、先程まで訴えていた男性局員にへばり付くような悪意の視線を向ける。
それは追い詰められた獣のような、何をしでかすのかわからない狂気の片鱗すらも覗かせていた。
「……あぁ、忌々しい小娘だった。使い勝手は良かったがな、もっと絞り取るべきだったか。あの小娘が残っていれば、このようにガキ共の数を揃えなくても良かったのだ。あの疫病神め……!」
生きていてもどこかで野垂れ死ぬか、娼婦にでも身を落とすのが関の山だとゲルルフは考え、溜飲を下げた。何せ、あの小娘は魔導に嫌われた無価値の女なのだから。
そして、ゲルルフは一瞬にしてイルゼを取るに足らない者であったと、意識から消し去った。次は、どの子供をあの小娘の代わりに仕立てるのか、その算段を立てながら。