06:苦しい辺境の村事情
2021/08/01 更新(2/3)
「貴方がイルゼさんですか。私はこのクリア村の村長、クリストフ・バーデと申します」
「イルゼ・ティールです」
「貴方にはリナを助けて頂き、本当に感謝しています。あの子は父親を亡くしているので、村の皆で可愛がっていた娘のようなものなのです……」
「そうだったのですか。不幸なことにならずに済んで良かったです」
クレアさんの家で一泊させて貰った後、私は村長であるクリストフさんと挨拶を交わしていた。
クリストフさんは中年の気の良いオジさんといった雰囲気の方だ。のどかな村に似合った純朴そうな人で、リナちゃんを助けたことを何度もお礼してくれた。
「この村も、以前は魔物が現れるということは少なかったんですよ。それに魔導機の結界もありましたから、魔物が現れても村に籠もっていれば安全でした。ですが……」
「最近は違う、と?」
「一年程前のことです。以前よりも魔物の目撃情報が増え、村の側まで魔物が来てしまったのです。このままでは結界を張る魔導機も破壊されてしまう。その時に村の男たちが武器を手に取って抵抗したのです。その時に多くの男たちが犠牲に……リナの父親も、犠牲になった一人です」
悔しさが堪えきれないと、そう言わんばかりにクリストフさんが声を震わせる。それは痛ましい事件だったんだろう、と私も胸を痛めてしまう。
「魔物は魔導機が活発に動いている地域か、或いはその地域から追い立てられた魔物が徘徊したり、繁殖してしまった場合などで被害が出るのが定番ですが……」
「そうですね……村に住まう我々には、原因ははっきりとはわかりませんが……」
はぁ、と溜息を吐いてクリストフさんは頭を抱えている。今回はたまたま私が通りかかったけれど、魔物化してしまった熊がこの村を襲っていた可能性は否定出来ない。
しかし、どうして魔物の出現が増えているんだろう? 私自身、旅をしている中で魔物と遭遇する回数は増えている実感がある。
(原因までは……流石にわからないか。国はどう動いているんだろう?)
辺境でここまでの被害が出てる以上、もっと魔物が出やすい地域はもっと危険な状態なんじゃないだろうか。私は好んで辺境から辺境を渡るように旅をしていたので、詳しくは状況を知らないけれど……。
「国から魔導機の整備の方も派遣されてきてないので、正直不安ではあったのです」
「え? そうなのですか? それって結界の魔導機の定期確認ですよね? 最低でも一年ごとの確認が義務づけられている筈ですが……?」
「はい……丁度、リナの父親たちが亡くなってからすぐお願いしたのですが、定期確認したばかりなので人員が回せないと……壊れていないなら、様子を見てくれとまで言われました」
「はぁ……?」
魔導技術局は一体、何をやってるんだろう? そんなの職務怠慢と言われても仕方ない。結界の魔導機は辺境の村には必需品だ。これが動かなければ村を放棄することだって考えなきゃいけない。
事の重大さを理解していない? まさか、ゲルルフ様や先輩たちが把握してないとは思えない。じゃあ、魔導技術局の手が回らないようなトラブルが起きている?
少し考えてみるけれど、予想がつかない。そもそも、三年前から主要な都市から離れて生活をしているのだから情報が足りなさすぎる。
「……あの、良ければ私が代わりに魔導機を見ましょうか?」
「えっ、本当ですか?」
「はい。自動で動く魔導機であれば整備が出来ますので」
「……もしやイルゼさん、貴方は……」
クリストフさんは何かを言いかけて、でも慌てて口を閉ざした。そんな彼に私は笑みを浮かべて告げる。
「はい、私は魔導を発動させることが出来ません。その代わり、私でも使える魔導機の製作を出来る知識があります。如何でしょうか?」
「まさか、イルゼさんがそこまで知識がある方だったのですか!? しかし、私どもでは何のお礼もすることは出来ませんが……」
「お礼は結構です。同じ大地に生きる人として、助け合って生きましょう。それに美味しい食事も頂きましたので」
「……っ、ありがとうございます、イルゼさん。本当に、ありがとうございます……!」
クリストフさんは私の手を取って、深々と頭を下げながら震える声でお礼を言う。
「あの、まだ見てもいないですから。それに酷い状態だったら、部品がないとどうしようも出来ないかもしれませんし……」
「そ、それもそうですか……それでは、早速で申し訳ないのですが見て頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。出来る限り、力になれればと思います」
* * *
「――うわ、酷っ……」
クリストフさんに案内されて、結界の魔導機の状態を見た私は一目見ただけで唸ってしまった。
これで整備してから約一年ほど? それで見ただけで危ないって思うほどまで損耗するの? 本当にちゃんと整備したのか不安になる状態なんですけど。
「そ、そんなに酷いですか?」
「これ以上、負荷をかけたら壊れてもおかしくない程度には」
もしもの話だけど、私が昨日、ここを通りかからず魔物化した熊を放置していたら、この村に来ていたかもしれない。そして、熊によって魔導機は壊されていたかもしれない。運良くその場は保ったとしても、その次が耐えられるという保証がない。
それを説明すると、クリストフさんは顔を青ざめさせてしまった。
「な、直せそうですか?」
「……流石にこれは部品を交換するか、新しく発注した方が良いです」
「そんな……結界の魔導機は値段が上がり続けているんです。修理はまだしも、買い換えとなると無理です」
クリストフさんは疲れ切った声でそう言った後、声を潜めながら言葉を続けた。
「あと、大きな声では言えないのですが……その、魔導機の質そのものが落ちていると感じてまして……買い換えても状況が本当に改善するかどうか……」
「質が落ちてる?」
「はい……そう感じたのは、二年前からですが。三年前でしたら、一年使ってもここまで酷くなることはありませんでしたし……」
「ここ最近で魔物の目撃情報が多くなっているとしても、ですか?」
「そうですね……私はそう感じます」
街や村を守るための結界の魔導機は、国から支給されるものだ。だから管理責任があるのは当然、魔導技術局だ。
魔導機の質が落ちているとするなら、それは魔導技術局が正常に機能していないという誹謗にも繋がりかねない。
あのゲルルフ様が、そんな魔導技術局の評判を下げるような状態を見過ごしているとは思えない。
(……やっぱり、魔導技術局に何かあったのかな?)
私が抜けたのは三年前だから、私が抜けた後に何か起こったんだろうか。今や古巣となった魔導技術局に未練はないけれど、知ってしまった以上は気になる。
魔導技術局に何か問題が起きていて、魔導機の製作や配備に影響が出ているとしたら国全体の損失だ。それは流石に無視出来ない。
(でも、今はそっちの問題よりこっちの問題だよね……)
装置に触れて、ぱっと見確認してみる。部品は交換出来なくても、整備すれば今より状態を良くすることは出来るだろう。
(最悪、私の力を使って直してしまうという手もあるか。あまり使いたくない手ではあるけれど、背に腹は変えられない)
私は意識を切り替えるように深呼吸をしてから、クリストフさんに向き直る。
「やれるだけやってみますので、任せて貰っても良いですか?」
「はい。どうかよろしくお願いします、イルゼさん」