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03:天の理の魔導書

「えぇと、アレはどこにしまったっけか……」


 メルティナさんは私に少し待つように言うと、カウンターの奧に消えていき、何かを物色しているようだった。

 私は待っていろと言われたので、待つことしか出来ない。帰ろうにも帰る場所はないし、道もわからないのだから仕方ない。


(どうしてこうなったの……? 私に見せたいものって何かしら……?)


 そして、立ち尽くすこと数分。ようやくメルティナさんが奧から戻って来た。


「待たせたねぇ、お前さんに見せたい商品はこれだよ」

「……これが?」


 メルティナさんが私に見せたのは――今にもバラバラになってしまいそうな〝本〟だった。

 手を触れるのすら躊躇ってしまいそうな程に風化した本に、私は困惑した表情をメルティナさんに向けてしまう。


「あの、この本って……」

「まずは開いて見てごらん」

「開いてって……あの、バラバラになっても弁償出来ませんけど」

「大丈夫だよ、バラバラになんかなりやしないさ」


 疑うようにメルティナさんを見つめるけれど、メルティナさんはただ楽しそうに私を見つめるだけだ。

 私は一つ、溜息を吐いてからメルティナさんが言うように本を開くことにした。破いてしまわないように、ゆっくりと慎重に開いて……。


「……白紙?」


 そして、本には何も書かれていなかった。古びた紙なのに、そこには何の文字も描かれていない。あまりにも奇妙で、私は眉を寄せてしまう。


「メルティナさん、これは一体……?」

「こいつはね、今で言う魔導機さ」

「この本が……魔導機?」

「そう、魔力を通さないと役目を果たさないという意味ではね。じゃあ、次は魔力を込めてごらん」

「えっ、でも、魔導機のようなものなんですよね? これ。魔力の補充なら出来ますけど……」

「補充はいらないよ、そもそも補充なんて概念はこの本にはない。魔力を通すか、通さないかだけだ。なに、言っただろう? 壊れたりしない、って」


 メルティナさんはただ楽しそうに言うだけ。でも、その瞳に期待するような、ワクワクとした雰囲気を感じる。

 私を嵌めようとしている、とは思えない。正直、私を嵌めたところでメルティナさんが得るものなんか微々たるものだ。どうせ後がないのだから、と私もやけになりながら本に魔力を込めてみた。


「……あれ?」


 目がおかしくなったのかと瞬きをする。それでも見えたものが信じられず、目を擦る。

 それでも私が見たものは何も変わらない。私が見ているのは古びた本などではない。真新しい、文字が刻まれた本であった。


「見えるかい?」

「見えるって……文字がですか? それとも、本が新しくなって……? これは一体……?」

「そうかい、そうかい。これが〝何なのか〟も知らずに開けて、読むことが出来る。本物だねぇ、いっそ拝みたいぐらいだよ」

「あの、メルティナさん? 説明をして欲しいんですけど……」

「ヒッヒッヒッ、ちょいと待ってな。説明すると長話になるだろうしねぇ、茶を淹れてくるよ」


 笑いながら店の奥にメルティナさんを引き留められず、私はまた待ちぼうけを受けることになった。

 その間、私は気になって本を眺める。手に取ってもやはり古びた本とは思えない感触だ。真新しく、しっかりとした本に変わってしまっている。


(幻覚でも見てるの……?)


 そう思いながら目を通す。その文字は、グロストラウム帝国で使われている公用語ではなかった。

 私は、グロストラウム帝国の外に出たことがない。だから公用語以外の文字を学んだことはないのに、その文章を〝読み取れてしまった〟。

 文字を読んで内容を理解しているのではなく、文字を見ることで情報が浸透していくような感覚だ。文を読んだから内容を理解したのではなく、内容を理解したから文章に何が書かれているのかわかる。あまりも奇っ怪で不可思議な話だ。


「〝これを読む者へ。汝は世の法則を知り、空の位階に手をかけしもの。地に刻まれた理を捨て、天の理に身を委ねることとなる。その大いなる責任を自覚し、背負うことを心せよ〟……?」


 その文が、本当にその内容で書かれているのかはわからない。でも、伝えたい内容はこうだと思う。そんな確信がある。

 けれど、その内容がさっぱりだ。世の法則? 空の位階? 地に刻まれた理と、天の理……?


「気になるかい?」

「ひゃっ」


 私が首を傾げていると、お茶を淹れてきたメルティナさんが戻って来た。


「まぁ、まずは一息吐きな」

「はぁ……どうも」


 メルティナさんが淹れてくれたお茶を一口飲んで、心を落ち着かせる。そして本を置いてから、改めてメルティナさんと向き直る。


「それで、この本は一体何なのですか? メルティナさん」

「この本はね、魔導書さ」

「魔導書……? えっと、魔導の教科書ってことでいいですか?」

「特定の条件を満たした者が読める、特別な教科書と言えばその通りだね」

「魔力を込めないと文字が読めないんですよね。その条件とは?」

「魔導には基礎となる四大属性があるのは知ってるね?」

「はい。火、水、土、風ですよね?」

「そうさ。それは世界の構成要素でもある、というのが魔導の最初の教えだ。人の魔力も色のように個性があって、相性の良い属性があるのが一般的だ」

「……はい」


 私は、その個性とも言える相性が合う属性も判別出来ないんですけどね。


「そして、この本を読む資格があるのは――〝どの属性にも当て嵌まらない魔力の持ち主〟だよ」

「……どの属性にも当て嵌まらない、ですか?」

「あぁ。まぁ、今の常識じゃ考えられないだろう。人が個性を持つように、何かしら得意な属性、苦手な属性を持つとされている。勿論、どの属性にも優れた天才なんかもいるがね。だが、そんな天才でもこの本を読む資格はない」

「えぇと……じゃあ、どの属性にも当て嵌まらない魔力というのは、どういう魔力なんですか?」

「全ての属性が等しく、そして完全に均等に混ざり合うことで生まれる魔力。それが四大属性と並び、そして歴史から消された属性である〝(から)〟の属性さ」

「〝(から)〟……? 空っぽとか、そういう意味ですか? それに失われた……?」

「無、とも言い換えていいよ。つまり世界を構成する要素と言われる四大属性の〝最も古き最初の姿〟なのさ。属性を持たない魔力、即ち空の魔力。同じ魔力でありながら、四大属性とは大きく隔てられるもの」


 ……あまりにも突飛な話を聞かされて、私は頭が混乱してしまった。けれど、メルティナさんは話を止めない。


「空の魔力は、言うなれば色を持たない魔力。色があることを前提として動く魔導の法則には適用外の魔力なのさ」

「……それって、私が魔導を使おうとすると暴発するのは、まさか!?」

「魔導機でもそうだろう? あまりにも規格の違う魔力を注ぎ込めば不具合が起きる。簡単な話だ。なのに知識が失われてしまえば、誰もそこに疑問を挟まない。そして異端だとして排斥するのさ」

「それは……」


 確かに考えたことはある。どうして私は魔導を発動することが出来ないんだろう、って。でも、誰も原因を考えてくれたことはなかった。

 私は魔力を込めて、整備のチェックと報告書を仕上げてれば良い。そんな扱いをされていた。誰も助けてなんかくれなかった。


「……私は、その空の魔力の持ち主ってことなんですか?」

「そういう事になるね。つまり、アンタは人が生み出した魔導の枠には入れない存在ってことさ。その本、読めたんだろう?」

「えぇ、文字は読めなかったんですけど、内容は何故か理解出来ました。これも魔導書の機能ですか?」

「そうさ、空の魔力を身に纏うことが出来れば読むことが出来る。そして、それは誰のための魔導書だという話をしようかね。お前さんは魔導の始まりについて知っているかい?」

「魔導の始まり……えっと、魔導の起源は祈りである、という話ですか?」

「正解。魔導の始まりは祈りから始まった。そこから人は法則を陣とし、今の魔導へと進化させ続けてきた。人は祈ることを忘れ、魔導は人の業となった。じゃあ、最初は何に対して祈ってたと思う?」

「……神、ですか?」

「その通り。世界を創造した神とは、真に空の魔力を持つもの。そして、神と同じ魔力を持ち、人と神の間に立つ者を人は天の使い――天使と呼んだのさ」

「……天の使い……天使……」

「天から降る者もいれば、天に昇る者もいた。それこそ神話の、祈りが満ちた時代の話だ。しかし、人は魔導の業を身につけた。そして祈りは忘れ去られて、天への門は閉ざされた。神は直接、人に恩恵を授けることはなくなり、神の使いである天使も姿を消した」


 心臓がうるさいほどに鳴っていて、思わず胸を押さえてしまう。

 そんな私に、突きつけるようにメルティナさんは告げた。



「天の理が失われた世界で、天の理を持って生まれた子。地上に住まいながらも、人が定めた地の理による魔導に拒絶される者。そう、名前をつけるとしたら――〝堕天使〟と言ったところかね?」


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