02:不思議なアンティークショップ
明日からどうやって生きていくのかもまったく見えない。
それでも人は腹が減る。私は人生で初めて、露天で食べ物を買っていた。
「……美味しい」
寮で食べた食事とは違う、濃くて大雑把な味だ。けれど、逆にそれが美味しいと感じる。
今まで食事の味なんて気にして食べたことがなかった。疲労でくたくたになって、流し込むように食事を食べて終わりだった。
酷い時は非常食用のビスケットを囓って、お茶で流し込んでいた。だから味を気にしながら物を食べるのは本当に久しぶりで、ちょっとだけ口元が緩む。
お腹が満たされると鬱々とした気分も少し晴れてきた。先の見通しはまったく立たないけれど、高い建物から飛び降りたいとか、そういった考えは遠ざかったように思える。
あてもなく街を歩いていると、商店街へと辿り着く。ショーウィンドウには様々な商品が並べられていて、ゆっくり歩くだけでも楽しい。
そんな中で目を引いたのは、生活用品に関わる魔導機を販売している店だった。
「最新型の魔導空調機だ……」
私の住んでいる国、グロストラウム帝国は季節の移り変わりが激しい国だ。それ故に季節ごとに気温差なども激しいので、季節ごとに求められるもの変わってしまう。
そんな季節の変化に対応して、室温を管理してくれるのが魔導空調機だ。魔導技術局でも熱心に開発が繰り返されていたものの一つである。機能が増えて稼働時間が短くなり、頭を抱えていた先輩たちの姿が思い浮かぶ。
「おや、熱心に見ておられますね? 購入予定ですか?」
「えっ、あ、あの」
思い出に浸っていると、店の前で構っていた店員が私へと寄って来た。眩しいまでの営業スマイルに押されて、私は言葉に困ってしまう。
「いえ、その、ただ素晴らしいものだと思っていただけでして……」
「ほう。お目が高いですな、魔導機には興味がおありで?」
「……えぇ、大好きです」
私は魔導機が好きだった。魔導を発動させることが出来ない私でも、自動で動く魔導機なら組み立てたり、チェックをすることが出来る。
どこが壊れていて、どう直せば良くなるのか。内部の仕組みを観察したり、もっと良いものに出来ないか考えるのは好きだった。
ただ、私の意見が通ることは一度もなかった。所詮、魔導も発動も出来ない無能が言うことなどアテにならない、と言われた。
新機能や、新しい構造を発表した時、私が考えた機構そのままだったりするのを見て、皆が思い付くことなんだろうと自分を恥じるようになった。
それから勉強を重ねても、私は誰にも追いつけなかった。魔導を発動出来ない分、魔導についてもっと詳しく知って、事務処理は皆の代わりに出来るようにならないと死ぬ気で頑張ってきた。全て、無駄になったけど。
「良ければ中を見ていかれますか? 私どもの店は生活用の魔導機だけでなく、数多くの魔道具も取り揃えておりますので、魔導機が好きならお客様もきっと気に入って……」
「いえ、すいません。私……魔導を使えないので」
「……あぁ、そうでしたか。それは失礼しました」
――なんだ、〝無能〟かよ。
本当に小さく、そう呟く声が聞こえた。私は浮かべた笑みが消えない内に、軽く会釈をして店の前を後にした。
魔導を操れない無能、魔導機すらも壊してしまう呪い子。私の居場所なんて、最初からどこにもなかった。
気付いたら走っていた。自分がどこにいるのかもわからなくなってしまう。
ここは私が住んでいた街なのに、まったく知らない。ずっと、ずっと、私は仕事に集中して出かけるなんてこともしなかったから。
腹が満たされて浮かれていた気持ちが、一気に溶けてなくなってしまいそうだった。
あぁ、ここに私の居場所がないなら出て行くしかない。でも、出て行ったところで私に未来なんてあるの?
(……ダメだ、変なことは考えない。ただ落ち込むだけだ)
走るのを止めて、壁に手をつきながら息を整える。零れた涙は拭って、顔を上げる。
「……どこ、かな。ここ?」
なんというか、少し、空気が悪い。
日当たりが良くなくて、どこかジメジメしているというか、不穏な気配がする。
無我夢中で走ってきてしまったから、戻り方もわからない。
「……あ、何かお店がある。あそこで道を教えてもらおう」
古びた、というか、今にも錆びてしまいそうな店がそこにあった。
閉まっている、という訳ではなさそうだ。店の名前も文字が掠れてしまっていて正しく読めない。
それでも、訳もわからないまま彷徨うよりは良いと、道を尋ねるために私は扉の取っ手を掴んだ。
やけに重い扉を身体全部の力を使って開く。軋むような音を立てながらも、私は店の中へと入る。
中は埃っぽくて、なんとなく古くさい香りがした。店の中を照らす魔導照明も何世代か前の骨董品と呼ぶに相応しい代物だ。
見回してみると、商品棚や床に無造作に置かれている魔導機も、どれも古めかしいものだ。思わず興味を引かれて見渡してしまう。
「おや、お客さんかい」
「ひぁっ」
カウンターの方から声が聞こえて、そちらに視線を向ける。
椅子に腰かけているのは、キセルを咥えた中年の女性だった。思わず見惚れてしまいそうな美貌で、歳を重ねたからこそ身につけられる風格を感じられる。
髪の色は灰色で、喪服のような黒一色のドレスを身に纏っている彼女の雰囲気はあまりにも独特だ。
そして、アメジストのような綺麗な紫色の瞳に見つめられてしまうと、思わず息を呑んでしまった。
「し、失礼しました。あの、お尋ねしたいことがありまして……」
「涙の跡があるねぇ……迷子にでもなったかい? ここは分かりづらい道だからねぇ、ヒッヒッヒッ」
「お、お察しの通りです……あの、ここは一体? 随分と古い魔導機ばかり置いているようですけど……」
「この店が商品として取り扱ってるのはね、要らなくなった〝過去〟だよ」
「……要らなくなった、過去?」
「そうさ」
キセルを吸い、煙を吐息と共に吐き出す女性。見ている側すらも気怠さを感じそうな仕草に私は息を呑む。
「ここにある魔導機は使われ、不要になって捨てられたものさ。まだ動くけれど、やれ効率が悪いだの、新しい物を買ったから要らなくなったとか、そんな理由で捨てられたものばかりさ。つまりは、誰かの過去になっていくものだね。この店にあるものは皆、そうさ。過去になって、忘れられて、誰からも求められなくなっていく」
「……貴方は、どうしてそれを集めているんですか?」
「お仲間だからさ。私も、忘れられて不要とされた存在だからねぇ。歳を重ねるとね、新しいものより古いもので過ごす方が居心地が良いのさ。今のライトは眩しくて、闇をどこまでも照らせそうだろう? だが、目に痛いのさ。これぐらいの明かりだって十分なのにね。人の欲は尽きない。求めて、進み続けて、そして忘れていくのさ、過去に活躍したものなんてね。でも、それは人として実に正しいことさ」
「……でも、これは売り物なんですよね?」
「過去を懐かしみたい、って酔狂な客はたまに来るからねぇ。見るだけでもいいし、手元に置いておきたいなら譲るよ。あくまで、ここにある商品は私にとって茶飲み友達みたいなものさ」
「……その、上手く言えないんですけど……素敵な生活ですね」
本当は捨てられる筈だったもの。けれど、無価値になって忘れ去られても仕方ないものを慈しむ在り方に、私は憧憬を抱いてしまった。
捨てられたばかりだったからなのかもしれない。だから、ここの商品と共にある彼女の在り方に心地好さすら感じた。
すると、キセルを吹かせていた彼女が私へと真っ直ぐに視線を向けた。
「……お客さんは、魔導機が好きかい?」
「え?」
「そんな気配を感じただけだよ。で、どうなんだい?」
「……好き、でしたよ」
「でした?」
「……私がどんなに好きになっても、私は魔導機を使えませんから。きっと、ここにある子たちだって壊してしまいます」
「……壊す」
ぽつりと、彼女は呟いた。それから何を思ったのか、キセルを叩いて煙草を落とす。
「お前さん、魔導に嫌われてるのかい?」
「……はい」
「どんな魔導も使えない?」
「えっと……全部、同じ結果になるので」
「へぇ、同じ結果。どんな結果になるんだい?」
「……暴発してしまいます。魔導機も、自動で動くものじゃなかったら壊してしまいます」
「そうかい、そうかい」
「……あの、そんなの聞いて――」
どうするんですか? と聞こうとした瞬間だった。
「ヒッヒッヒッ! ヒィーーーヒッヒッヒッヒッヒッ! アッハッハッハッハッ! こりゃ驚いたね! この私ですら、驚きの古さだ! しかも天然ものかい? 見る限り新品も同然じゃないか!!」
彼女は、腹を抱えて爆笑していた。涙が浮く程に笑った彼女は、苦しそうに笑いながら息を整える。
唐突に笑いだした彼女にどんな反応をすれば良いかわからず、私はただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「……あの?」
「ひぃ……ひぃ……ひぃ……あー、すまないねぇ。お嬢さん、名前は?」
「……イルゼ・ティールです」
「私はメルティナ、ただのメルティナさ。これも出会いの縁だ、どうだい? 一つ、お前さんに見せたい商品がある」
「は、はぁ……」
メルティナと名乗った彼女の勢いに乗せられるまま、私は彼女の話に耳を傾けた。