18:過去と向き合う時
三年前まで、ずっと慣れ親しんでいた道を進む。
ディヴィットさんに案内されてやって来たのは、魔導技術局の会議室の一つだった。
そこには局員たちが待ち構えていて、私が入ってくるなり視線が集中する。
彼等の瞳に浮かぶ感情は、決して好意的なものではなかった。かといって攻撃的なものとも言い切れない。
恐れ、妬み、後ろめたさ。そんな感情を取り繕えずにいる彼等の中で、例外的に私に強い感情を向けている者が一人。
「よく来てくれた、イルゼ・ティールくん。ユリアティーネ皇女殿下が見込んだ優秀な魔導技師を招くことが出来て嬉しく思うよ」
にこやかに笑みを浮かべながらそう言ったのは、ゲルルフ様だった。
あまりの白々しい態度に私は乾いた笑いが零れそうだった。その笑いを噛み殺して、深々と溜息を吐く。
「……こちらから仕掛けた茶番ですから、演技の質についてはとやかく言いませんけれど。もう十分ですよ? ゲルルフ様。改めてお久しぶりです。皆さんも、息災なようで何よりです」
私がそう言った瞬間、ゲルルフ様の笑みが引き攣った。僅かに身体を震わせたかと思うと、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸している。
取り繕わなくなった私に対して、魔導技術局の皆も感情を表に出すようになった。あまりにも険悪な空気に私は肩を竦めてしまう。
「……やはり、お前だったのか。イルゼ」
「雇い主の意向でしたので、初対面を装いました。その方がゲルルフ様にはご都合がよろしいかと思いまして――」
「そのような事はどうでもいい! 貴様……我々を裏切ったのか!?」
「……はぁ」
何を以て、そんな裏切ったとか言われなければならないのだろうか。そんな唐突なゲルルフ様の言葉に私は呆れ返ることしか出来ない。
「お前の勝手な振る舞いで魔導技術局が傾くことが理解出来ないのか? 今、魔導技術局が傾けば、国が抱える難題を解決することが難しくなる。一体何を考えての行動だ!?」
「そうですね。今、魔導技術局に瓦解されても困るでしょうね」
「それを理解して尚、我々を陥れるような真似をしたのか!?」
「逆に聞きますけど、されないと思ったんですか?」
私の問いかけにゲルルフ様は言葉を詰まらせ、他の局員の皆は私を睨むか、或いは目を逸らすといった反応を見せた。
「三年前、私は追い出されるようにこの魔導技術局から去りました。退職金もなく、次の職のアテもない私が苦しむのは目に見えていたことでしょう。それを恨まずに済ませるとでも思っていたんですか?」
「恩を仇で返すというのか! 貴様がこの魔導技術局を追い出されたのは、貴様の無能故だ! その無能を十三年もの間、育ててやったのは誰だと――」
「――無能? 誰が? 私がですか?」
私は一息吐いてから、目を細めてゲルルフ様を見つめながら言い放つ。
「じゃあ、なんでユリアティーネ皇女殿下は私を見出してくれたのでしょうね?」
「――ッ……!」
「皆さんが私を上回る評価を見せられれば、私如きに先を越されるなんてこともなかったでしょう? 私が無能だと言うなら、皆さんは私以下の無能ということになってしまいますが――」
「――黙れッ!!」
机に強く拳を叩き付けながら、ゲルルフ様は怒声を上げた。
その姿に、私はただ心が冷えていくのを感じた。……あぁ、本当に何も変わってないのだな、と。
「私が黙っても、現実は変わりませんけれど。それでもよろしいのでしょうか? あと、黙る必要があるなら、もう出て行っても良いですか?」
「な……ッ!? イルゼ……! 貴様、私に逆らうのか!?」
「貴方が私に命令する権利は、三年前に失われています。貴方はもう私の上司ではありませんので。それでは、話にならないようなので失礼しますね」
「――待て! ディヴィット、その女を外に出すな!」
私をここまで案内してきてくれたディヴィットさんが、感情を押し殺したような表情のまま扉の前に立つ。彼は、決して私と目を合わせようとはしない。
「イルゼ……わかった。黙れといったのは撤回する。今日、ここにお前を呼んだのは交渉のためだ」
「交渉ですか」
「そうだ。お前とて、魔導技術局の重要性は理解しているだろう。しかし、我々は度重なる悲運に見舞われている。そんな不幸な最中、皇族が独自の解決手段を見出そうとしたことは遺憾ではあるが、それも致し方ないというのは十分に理解しているつもりだ」
「……それで?」
「ならば、私とお前たちで手を取り合うべきではないか? 共同開発ということで、手を打とうではないか? それが全てが丸く収まる方法であるとお前も思うだろう? 皇族でも魔導技術局を失うことは恐れている筈だ。ならばこそ、力を一つに束ねるべきであろう!」
ゲルルフ様はそれしかない、というように熱弁をする。それを聞いた私は、もう大きく肩を落とすしかなかった。
「……手を取り合う? ユリアから聞いてますよ、人の成果を盗んで公表しかしてない魔導技術局と手を組んで、どんな利益があると?」
「なっ……!? き、貴様、どこからそんな言いがかりを!」
「私が勤めていた間、その時期に発表された新型魔導機や、魔導機の新技術、それは私が思い付いたアイディアそのものでした。当時、私はそれが誰もが思い付いても当然だと言われてきましたが……私がいなくなってからの三年間、貴方たちは何をしてたんですか?」
ゲルルフ様は歯ぎしりをする程に黙り込み、他の局員たちは一斉に私から目を逸らした。
言いがかりだと言いたいならば言えば良い。でも、私がいなくなってからの三年間で成果を出せなかったのは変えられない事実だ。
「三年。幸運にも恵まれましたが、私が新たな魔導機の技術論を構築するのは十分な時間でした。……私が思い付くことが誰でも思い付けるのなら、貴方たちだって同様の成果を上げられた筈です。そうですよね? 貴方たちは私にずっとそう言い続けてきたんですから」
「それは……開発に手が回らず、整備に追われて……」
「その整備だって不十分だと言われてますよね? 私がいた時までは、そんな事は起きてなかった筈だってユリアから聞いてますよ」
「……何が言いたい!? まさか、自分を追放したことが間違いだったと、お前はそうだと言いたいのか!? そこまで我々に非を認めさせて何がしたい!?」
「別に非を認めろとは言ってませんが、非があると思ってるのでしたらこの態度は人としてどうかと思います」
「き、貴様……ッ!!」
「私は消耗品にしかならない無能なのでしょう? 私を使い潰したことに非をないと思っているなら、堂々としていれば良いのでは? ……何を恐れてるんですか? それを突きつけられたいんですか? ゲルルフ様」
私が問いかけると、ゲルルフ様は顔色を悪くして汗を浮かべ始めた。握り締めた拳が、力を込めすぎて震えている。
「それに、無能だと断じた私と手を取り合うことを求めるなんて……自分から落ちぶれました、なんて言ってることになりませんか? ゲルルフ様。それでいいんですか?」
「イルゼ……!!」
「……私がここに来た理由は、貴方に進言するためです。確かに貴方は私を消耗品として扱って、不要になったからと捨てました。もう貴方に対する情も、魔導技術局に尽くしてきた恩義なんかも微塵もありません。それでも、ここで過ごした十三年間、その下積みを積ませて貰ったということに対して、それを最後の義理として伝えます」
私は息を吸って整える。これから突きつけるのは、ある意味ではゲルルフ様への死刑宣告だ。
「――今の地位を退いて、皇族主導による改革を受け入れてください。地位も名誉もここまでですが、今なら失うものも少なく退くことが出来ます。退くなら今しかないんですよ。ゲルルフ様」