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17:幸せを選ぶということは

「――ゲルルフ本人もだけど、彼に協力していた派閥も揺れているわね」

「はぁ、そうなんだ……」

「えぇ、お兄様が切り崩しにかかってるわ。やっぱり、貴方の結界の魔導機の効果は大きいわね」


 ここは皇城にあるユリアの私室、私はそこでユリアとお茶の時間を過ごしていた。

 そこで聞かされたのは、最近のゲルルフ様の動向と、ゲルルフ様に追随していた派閥の人たちの動きだ。


「ゲルルフは何とか派閥が分解しないように色々と動いてるみたいだけど、利に聡い一部の者たちはお兄様に寝返ってるわ。ゲルルフが今の席に座っていられるのも時間の問題ね、外からも内からも足場を崩されているのだから」

「そう……」

「……さっきから空返事ばかりよ、イルゼ?」

「あっ、その、ごめんなさい……」

「……こういう話は、やはり貴方は好かないかしら?」


 ユリアが私を真っ直ぐに見つめながら問いかけてくる。その問いかけに私は何とも言えずに視線を宙に彷徨わせてしまう。


「……あまり好きじゃないかな。正直な話、もうゲルルフ様に対して何か思うことはないの。確かに酷いことをされたんだな、と今なら思えるようになった、それは私の中では終わってしまった過去だし。ただ、今、私としては終わった話でゲルルフ様が報いを受けてるのは、何だかなぁ、と」

「それは、どういう気持ちなのかしら?」

「……虚しい、かな」


 そう、ただ虚しい。怒ったり、悲しんだり、憎んだり、そういった気力はとうの昔に使い果たしてしまった。

 だから抗いたいなんて気持ちもなくなってしまっていたのに、こうしてゲルルフ様は報いを受け始めている。

 三年前だったら、いや、もっと前に私がこんな訴えを起こしても良かったなら何かが変わったんだろうか。

 そんな想像をする程度にしか、ゲルルフ様の進退には興味を持てなくなってしまっている。


「イルゼ。貴方には権利があったの」

「……権利ですか?」

「そう。ゲルルフの搾取に対して、それは間違っていると訴える権利よ。でも、貴方はその権利を力尽くで奪われていた。無力で、何も知らないまま囲われて、逆らえないようにされて、貴方の権利は奪われた。権利だけじゃないわ。もっと多くの物を貴方はゲルルフに奪われた」


 そう告げるユリアは、とても憤っているように見えた。そして、私に何かが伝わって欲しいと言うように言葉を紡ぐ。


「それは国として認めることが出来ない。国が定めた法律を蔑ろにする行いだもの。一つ許せば、その次に同じ罪に手を染める者が出てくるわ。貴方のような被害者を生み出してしまうし、国の威信も損なってしまう。だから貴方を利用して罪を暴こうとしているのは、貴方の奪われた権利のためでもあるけれど、皇女としては国の安定と国民のためにという視点は外せないわ」

「それは、当然だね」

「だからこそ余計に納得出来ないの。イルゼはもっと多くの称賛と栄誉を手にする筈だった。それを受け取っても良いと、自然と思える人間になれる道があった。正直、イルゼは面倒なのでしょう? こんな陰謀が絡んだ話に巻き込まれるのが」

「……まぁ、正直に言うと」

「だから貴方を巻き込んだことは申し訳ないと思う気持ちもあるわ。でも、貴方がいないとここまで事態を動かすことが出来なかったし、貴方の権利が不当に奪われていたことに貴方自身が怒れなくても――私が納得いかないのよ」


 ユリアは椅子から立ち上がって、私の側まで来ると私の頬を撫でるように触れた。


「嫌だったら言って。私は貴方のために怒ってるつもりなの。貴方のために悲しんでいるつもりなの。貴方が出来なくなってしまったことを、貴方が放り捨てたものを拾い上げたいだけなの。それが貴方の望みでなくても、貴方自身が望めなくても、貴方が許してくれるなら、私はこの憤りをゲルルフに償わせたいの」

「……ユリア」

「……勝手なことを言ってるのはわかってるわ。でも、仕方ないじゃない。私はイルゼの才能に惚れちゃったんだから」

「ほ、惚れたって……」

「魔導師団の皆は強いわ。私もその一員であることに誇りを持ってる。でも、だからって傷つかない訳でもないし、失われる人がいない訳でもないの」


 私は思わずハッとして、ユリアを見てしまった。ユリアが儚げな表情を浮かべているのを見て、尚更言葉を失ってしまう。


「魔導師の皆も国を守るために危険を承知で立ち上がってくれてる。この思いは、そんな彼等への侮辱に繋がるかもしれない。でも、死んでほしくなかった。誰も失われて欲しくなかった。誰の未来だって、健やかなものであって欲しかった」

「……ユリア」

「死んだら、もう笑わないし、悲しまないし、怒ることもない。その人を思うことまで止めてしまったら、それこそ消えてしまいそうな気がするの。だから出来るだけ、私は人の思いを背負って生きたいと思ってる。それが上に立つ者の責務だとも思ってるから」


 ユリアが私の両頬を包むように手を添える。私の顔の形を確かめるように触れてから、ユリアは寂しげに言葉を続ける。


「イルゼは、ちゃんと生きてるんだから。悲しんで、怒って、最後には笑って欲しい。貴方の生きている権利を他人に明け渡さなくていいのよ」

「……そんな風に見えてる?」

「誰かが喜んでくれるなら、自分は評価されなくてもいいって見えるわ」

「……外してないわね」


 それが自分に唯一、出来ることだと思ってきたから。そう思わされてきたけれど、そうじゃなかったと気付くには遅すぎた。

 今更、自分のために報いる方法なんて自由に生きて、何にも縛られないことぐらいしか思い付かない。それすらも贅沢だと思えているのだから。


「私が惚れてしまった人が、そんなささやかな人生でいいなんて私は納得出来ないわ」

「……ユリア、その言い方は勘違いさせるよ?」

「あら、才能に惚れたのは勿論だけど、イルゼの優しいところも好きよ?」


 クスクスと笑いながらユリアが私から手を離して、口元に手を添える。


「私はイルゼを幸せにしたいの。貴方が私に未来を見せてくれたから」

「……私は十分、幸せだよ?」

「もっと幸せになりなさい。イルゼにはその権利があるのだから」

「……権利、か。あると迷っちゃうものなんだね」

「えぇ。選ぶということは、迷うということ。でも迷って、悩んだ先にあるものこそ、きっとイルゼにとって宝となるものだと思うの。だから今が十分幸せだから迷わないなんて、そんなの許せないわ」


 許さない、か。

 かつての私は許されないことの方が多かった。

 でも、今は許されてしまうことの方が多くなっている。

 選ばなくて済むことは幸福なのか。選ぶために迷わなければならないのは不幸なのか。


 ……あぁ、確かにユリアの言う通りかもしれない。

 迷って、悩んだ先にあるからこそ、この思いは宝になるのだと。私は、漸く理解することが出来たのかもしれない。


「ユリア」

「ん?」

「ありがとう」

「……えぇ、どういたしまして」


 私の唐突な礼に、それでもユリアは優しく微笑んで返してくれるのだった。

 きっと、こんな些細なやり取りが私にとって――。



   * * *



「――イルゼ・ティール」


 ユリアとのお茶を終えて部屋を出た後、自分に宛がわれた部屋に戻る道の途中で私に声をかけてきたのは、魔導技術局の制服を纏った局員だった。


「はい、何でしょうか?」

「私は君の魔導機を見て強く感銘を受けた者だ。そこで君に話を聞きたいという人も多い、良ければこれから魔導機について、私たちに教授をして頂ければと――」

「――他人行儀なのは止めてくださいよ。えぇと……あぁ、そう。ディヴィットさんですよね?」


 ディヴィット、と呼んだ彼は目を見開いた後、視線を左右に彷徨わせた。

 その顔色は悪く、どこからどう見ても健康そうには見えない。そんな彼の肩をぽんと叩く。


「三年ぶりですね、お勤めご苦労様です。……声をかけてきたのは、ゲルルフ様の指示ですか?」

「ッ、君は……」

「そろそろ黙ってられなくなったかと思いまして。……合ってますか?」


 ディヴィットさんは何も答えない。ただ、顔色を更に悪くして、私に恐怖や憤りの視線を向けてくる。


「……ッ、今更、なんで出てくるんだよ」

「……そうですね。貴方たちからすれば、そう思うのは当然の話だと思います。だからここは乗ってあげますよ、それがせめてもの貴方たちへの義理だと思いますので」

「……意味がわかって言ってるのか? これから自分がどうなると……」

「それはディヴィットさんもでしょう? わかってますよ。あそこは、そういう場所でしたから。……一人で先に逃げて、ごめんなさいね」

「……止めろよ……なんで謝るんだよ、何を察したつもりになってるんだよ……! 頭、おかしいんじゃねぇのか……!?」


 ディヴィットさんは私の肩を掴んで、忌々しいと言わんばかりに私を睨み付ける。でも、その瞳は憤り以外の感情にも満ち溢れていた。

 そんな目を見てしまったから、私もただなかったことになんて出来なくなってしまった。


「ずっと、理解しようとしてきましたよ。魔導機のことも、皆さんのことも。でも、当時は何もわからなかったから。今もわかってるとは言えません。それでも止める理由にはならないというだけです」

「……ッ」

「ゲルルフ様の指示に逆らうとダメなんでしょう? それとも、私の味方になってくれるんですか?」


 ディヴィットさんは歯ぎしりをする程に苦悩する様を見せた後、感情を押し殺したような声で呟いた。


「……付いてきてくれ」

「はい」

「……これから起こるだろうことを想像してるのに、それでも俺に何も思わないのかよ」



「――えぇ。貴方たちに呆れるのに、十三年という時間は十分すぎましたから」 

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